悪鬼ども
碧のみ、突き飛ばされたまま下を向く。
教授 「ちょっと…」
桃子 「さっき自衛隊は人を殺す組織だとか話に出ていたけど、実際にはだれ一人殺していない! だけどあんたの父親は本当に人を殺したんだ!」
緒方 「たしかにそうですね。幸いなことに我々は人殺しをしていません。しかしその団体は、十数人の同志と、さらに警官を殺しています。武装した公務員だから殺していいという理屈には同調できません」
教授 「それは父親のことでしょう。碧さんがやったことではありません!」
佐倉井「さっき言ったでしょう。子どもは必ず親と同じことをするって!」
緒方 「危険だ。こういう先祖を持った人物は隔離した方がいい」
教授 「あなた! 自分が何を言っているかわかってるんですか!」
近藤 「この子は殺人者の直系の子孫だ。あんたのいう『殺人遺伝子』を色濃く受け継いでいる!」
教授 「待ってください! 『殺人遺伝子』なんて言ってません!」
近藤 「なら『従属遺伝子』か? 下らない言葉遊びをしやがって!」
教授 「そんなものは実証されていません! わたしはただ文化的に…」
榑林 「ならば殺人文化の継承者でもいい。この子を社会に出す前に、どこか収容所にでも入れて体罰を含んだスパルタ教育を施すべきだ」
教授 「あなた方! あなたがたの先祖も戦争に協力…」
緒方 「殺人に協力したといいたいようですが、彼女は協力者どころか殺人者を一親等の近親に持っている。良心よりも権威に従属するという文化を、我々よりもはるかに色濃く受け継いでいる!」
大谷 「さんざん誘ったけれど、やっぱり殺人者の娘とデートっていうのは無理ゲーだわ」
小坂 「自分に冤罪を被せようとした女の父親は、社会から制裁を受けた。彼女も責任を取るべきだ」
教授 「子どもの責任を親が取るならともかく、その逆などあり得ません!」
佐倉井「あなたの、日本軍が戦争中ひどいことをしたから今の日本人もひどいことをするっていう理屈も同じことなんですよ!」
教授 「あなたがた、自分が何を言ってるのかわかりますか! 何の罪も犯していない人を隔離したり収容したりするなんて、どう考えても人権蹂り」
近藤 「ひとをワケのわからない所に連れてきて、人が死にそうな電流を流せとか言ってる奴に、人権を語る資格なんかあるか!」
教授 「お帰り下さい! これ以上あなた方と話すことなどありません!」
榑林 「はあ? 電流を流せから始まって、さっきのはウソだった、次は集まってくれ、しまいには帰れだと! そんなものが世間に通用するか!」
近藤 「彼女が危険人物だと認めろ! それができないんだったら、今までの『日本人は良心よりも権威や場の空気に支配されやすい』っていう前提で書いた論文をすべて撤回しろ! 自費ですべての新聞に広告を出せ!」
教授 「そんなこと、できるわけが…」
榑林 「できないんだったら認めろ!」
近藤 「認めろ!」
緒方 「認めてください!」
桃子 「認めてください!」
佐倉井「認めてください!」
小坂 「認めてください!」
左右田「おいっ!」
全員静まり、左右田の方を向く。
左右田「(横になったまま)あんたが認めない限り、おれたちは帰れないんだ! めんどくせえから、さっさと認めろ!」
榑林 「認めたって言え!」
近藤 「言え!」
緒方 「言ってください!」
桃子 「言ってください!」
佐倉井「言ってください!」
小坂 「言ってください!」
教授 「そんなことは!」
左右田「言えよ…」
榑林 「言え!」
近藤 「言え!」
緒方 「言ってください!」
桃子 「言ってください!」
佐倉井「言ってください!」
小坂 「言ってください!」
碧 「わたしのことならかまいません…。このままではわたしも帰れない…。絶対にわたしたちはこのことを広言したりしませんし、わたしがあなたを恨むこともありません。どうか、言ってください!」
教授 「……わかりました。あなたがそう言うなら言いましょう。なんと言えばいいのですか?」
碧 「『篠原碧は殺人犯の娘であるから、殺人を犯すおそれがある』」
教授 「そんな、思ってもいないことを言えません!」
近藤 「あんたが何を考えているかなんてどうでもいい!」
榑林 「言葉に出して言うことが必要なんだ!」
教授、苦しげ。
緒方 「言ってください!」
桃子 「言ってください!」
佐倉井「言ってください!」
小坂 「言ってください!」
教授 「待ってください!」
榑林 「さあ!」
近藤 「さあ!」
緒方 「さあ!」
桃子 「さあ!」
佐倉井「さあ!」
小坂 「さあ!」
碧 「お願いします!」
教授 「(苦しげに言う)『篠原碧は殺人犯の娘であるから、殺人を犯すおそれがある…』」