みどり
教授 「……緒方さんの反応ですが、反抗しながらも従属するというもっとも一般的な行動をとっています」
榑林 「まあ、この人は自衛隊員だからな。上官の命令なら何でも聞くんだろう」
緒方 「命令ならば反抗などせずに受け入れます。しかし、自衛隊では『盲従』も戒められています。その命令の目的もわからないまま従ってはならないと。自分がしたことは『盲従』ではないかと反省しています」
榑林 「そんなことはどうでもいい。人を殺す命令に従うことが問題なんだ。自衛隊はそのための組織なんだからな」
緒方 「誤解があるようですが、軍隊が人を殺すのは手段であって目的ではありません。例えば陸上自衛隊は日本本土で戦うことを前提にしています。ならば侵入者を一人残らず無力化することが目的となります。無力化というのは、捕虜にしてもいいし、武装を解除して本国に送り返してもいい。敵を殺すというのはその中のひとつでしかありません」
榑林 「だけど戦闘になったら人が死ぬ可能性は十分にあるだろう」
緒方 「それが目的ではありません」
桃子 「(緒方に)あなた、言い訳は見苦しいわよ」
緒方 「はい。おっしゃる通りです」
桃子 「(教授に)実は、お願いがあるのですが」
緒方 「待ってください!」
桃子 「あのね、私がこちらの先生にお願いするのを止める権利なんかあなたにないはずだし、先生が受け入れるかは先生が決めることで、あなたが口出しできることじゃないわよ!」
緒方 「それはわかります。しかし、もし先生に頼み事をするのなら、我々全員がいるところでお願いします。むろん、碧さんも含めてです」
桃子、黙り込む。
教授 「いいですか? はい。最後に、碧さんですが、泣きながら従属するという行動をしています。若い女性に多い反応です」
碧 「いいえ! 違うんです!」
四場
碧 「わたしはほかの若い女性たちとは違います! わたしは文字通り、殺人者の娘だからです!」
全員が碧を見る。
教授 「あなたの先祖だけではありません。戦争中は多くの日本人が何らかの形で戦争に協力…」
碧 「そんな間接的な意味じゃないんです! 戦争とは関係なく、わたしの父親は殺人を犯し、二十年間を刑務所ですごしました! わたしは父が出所して五十近くなってから産まれた、最晩年の子どもなんです!」
全員何も言えない。しばらくの間。
教授 「…しかし、それとあなたの実験での反応を関連づけることはできません」
碧 「わたしの父親は四十数年前、ある暴力的な新左翼グループにいました。父は、そのグループのリーダーに、裏切り者をナイフで刺せと命じられた。もちろん父は、人殺しなんかしたくなかった。だけど父は人を殺す以上に、グループの人から『日和見主義者』、『敗北主義者』と呼ばれることを恐れた。良心よりもその場の空気と、リーダーの権威に従ったんです! わたしもまた、自分の良心よりも権威に従いました!」
緒方 「しかしあなたは、泣きながらレバーを引きました。お父さんと同じだとは…」
碧 「父は泣きながら縛りつけられている同志の胸に何度も何度もナイフを突き立てました! わたしも泣きながら何度もレバーを引きました!」
桃子、乱暴に碧を突き飛ばす。
桃子 「なにあんた、人殺しの子どもなの! よくわたしたちとおんなじような顔をして座っていられたわね!」
全員、ギョッとする。