罠の正体
二場
大学の研究室。
碧、桃子、近藤、榑林、小坂、左右田、佐倉井、緒方板付き。
上手の端にずいぶん古い型のパソコン。本棚があり、最新版の「現代用語の基礎知識」がいちばん取り出しやすそうなところに置かれている。
上手の一番端に碧が暗い顔をして座っている。碧によりそうように桃子が立っている。そのそばに緒方が立っている。緒方は陸上自衛隊の常装制服姿。下手側にソファーがあり、左右田が寝転がっている。近藤と榑林が舞台の中央にいる。他の者はそれぞれ散らばって立っている。
近藤 「(榑林に)言っておくけれど、おれとあんたは違うからな!」
榑林 「何言ってるんだ、おなじ穴の狢だよ…。やったことには変わりはない!」
近藤 「気持ちの問題なんだ! それがやったことにあらわれている! おれはおまえらとは違う!」
碧 「そうですね…。あたしもみなさんとは違いますよね…」
緒方、あわてて碧の方を見る。
桃子 「(榑林と近藤をにらんで)ちょっと、あんたたち!」
小坂 「すいません! すいません! すいません!」
近藤 「なんであんたが謝るんだ…。理屈に合わないだろう」
小坂 「ぼくが頭を下げてすむならそれでいいかと…」
大谷 「(碧に)ねえ、ぼくとデートしない? いやなことなんかみんな忘れられると思うよ!」
桃子 「あなた! ちょっとは空気を読みなさい!」
下手から、教授登場。舞台の中央まで進む。
教授 「みなさん、遠い所までご足労ありがとうございました」
全員教授を見るが、碧だけは思い詰めたような顔をして前を見ている。
教授 「今日みなさんにここまで来て頂いたのは、まずは謝罪をしたかったからです」
榑林 「そうか。だったら謝れ」
教授 「すみませんでした」
榑林 「心から謝れ!」
佐倉井「謝罪したにもかかわらず、心からの謝罪がないとかいうのは、どこかの国みたいですよ。プーさんも言っていました。『謝罪は一回すれば十分だ』」
榑林 「どこかの国ってどこのことだよ」
佐倉井「だから、どこかの国ですよ」
榑林 「おまえ、ネトウヨか?」
佐倉井「ネットはよく見ますけどね、別に右翼というワケではないです」
榑林 「最近のネットにはヘイトスピーチばっかりのサイトがあるな。あんなもの見てるとロクな人間にならんぞ」
左右田「(寝たまま)めんどくせえなあ。さっさと進めてくれ」
教授 「よろしいですか」
緒方 「ちょっと待ってください。謝罪を重ねる必要はないですが、何について謝罪したのかだけは教えてください」
教授 「まず、みなさんを騙したことです。そして、みなさんにたいへん大きなストレスを与えてしまったことです。そしてみなさんが、けっして残酷な人間だというわけではないということを説明したかったからです」
緒方 「ということは、途中でやめた人に対してはどうおっしゃるわけですか」
教授 「今日は、途中でやめた人は参加しません。ここにいるみなさんはすべて、最後の460ボルトと書かれたレバーを引いた方々です」
緒方 「わかりました。続きをどうぞ」
教授 「実験が終わったあと、おひとりおひとりに実は被験者に電流など流していないことをお話ししましたが、今日はもう少しくわしい説明をしたいと思います」
左右田「さっさとやれ」
教授、机の上にCDデッキを置く。
教授 「まず、被験者はサクラです。わたしの助手なのですが、あらかじめ彼の声を録音してありました」
教授、デッキのボタンを押す。
再生 「『あいたっ!』『うわあっ!』『いたっ! ふう…。これは本当に痛いな』『うわっ! 痛いじゃないか!』『いたっ! 畜生! もういい。やめます』『先生! ここから出して! もうこれ以上実験はやりたくない! もう嫌だ! おれは心臓が弱いと言っただろう!』『いたっ! もうたくさんだ。いいですか、冗談を言ってるんじゃないんです!』『うわっ! もう本当にだめだ。聞こえてるんでしょう? ちゃんとわかってます! やめさせてください!』『わあっ! 馬鹿なことはやめてくれ! ここから出してくれ! 出してくれ!』『わあっ! ここから出してくれ! お願いだから出してくれ! こんなところに閉じこめる権利はないでしょう! 出してくれ! 聞いてますか? 出してくれ、畜生!』『教授! 教授はどこです! もうやりたくないんだ! ここから出してください! 出してください!』『ううっ…。やめてくれ。言ったでしょう。もうムリなんだ。お願いします…』『ああうっ…。もうやめる。もう答えるのをやめる! ここから出してくれ! こんなところに閉じこめる権利はないだろう!』『ああうっ! もう答えたくないって言ったでしょう! もうこんな実験はいやだ! 出してくれ…。出してくれ…。出してくれ!』『出してくれ! 出してくれ! 出してくれ! 出してくれ! 出してくれ! 出してくれ!』」
碧はこれを、暗い顔をして聞いている。
教授 「これらを、すべての被験者が同じタイミングで聞くように、あらかじめ決められたボルト数のレバーを引いた時に、それぞれの音声を再生しました」
榑林 「被験者?」
左右田「おれたちのことだよ」
榑林 「おれたちはモルモットか?」
左右田「そんなにカワイイもんかよ…」
大谷 「モルモットって、けっこうデカいですよ」
左右田「このおっさんよりはカワイイだろ…」
佐倉井「(教授に)別室の中に電流を流されている人などいなかったわけですね」
教授 「はい」
佐倉井「中の人などいなかったわけですね」
教授 「はい」
佐倉井「その部屋を開けたらこう言えたわけですね。『中にだれもいませんよ…』」
教授 「(首を傾げながら)はい」
佐倉井「中の人が『伊藤誠』ならばだれもストレスを受けなかったと思いますよ」
教授 「あの、おっしゃる意味が…」
佐倉井「スクイズってアニメを知ってますか?」
教授 「野球アニメですか?」
大谷 「違いますよ。ちょっとパソコン借りますね」
教授 「ちょっと!」
大谷、上手に行ってパソコンのそばにあるマウスを勝手に操作する。
教授 「勝手にさわらないで!」
大谷 「まあまあ…。あれ? ネットにつながってない…」
近藤 「勝手にさわるなって言われただろうが…」
大谷 「いや、エッチページを見ていたのがばれるから焦ってるのかと…」
近藤 「おまえとは違うんだよ」
教授 「中には貴重なデータが詰まってるんです。散逸したらどうするんですか!」
大谷、そっぽを向いて舌を出す。
榑林 「(教授に)おまえに、おれたちを説教できる権利があると思ってるのか?」
教授 「説教ではありません。お願いしているのです!」
小坂 「すみません! すみません! すみません!」
近藤 「だから、なんであんたが謝るんだ!」
緒方 「(教授に)普段、インターネットは使われないんですか? この実験の被験者はネットで募集していましたが」
教授 「あれは、助手にアップさせました。ほとんどネットを使うことはありません」