警備隊の人々
馬に乗っているとはいえ、あっという間にセレストに到着するわけでもない。
ユーリは今までのことをグレットとヘンダールに話し、彼らからセレスト周辺の状況を聞き出す。
「フリント商会から出発して三日間、毎日山賊と遭遇し、戦闘していたのですか。かなりのやり手のようですね、ユーリ殿」
「言われてみれば、賊と出くわしてばかりでしたね。……兄が二人いましたから、私は武芸を仕込まれたのです」
(父や兄は私を王城兵にして、コネを太くするつもりだったのだろう)
それがこうして役立ったのだから、わからないものだ。
「ホースリーのほうに巡回に出ているカルネという女性の隊員がいますが、これはと思う人物と手合わせをする人なんです。ユーリ殿も声をかけられるでしょうね」
「買いかぶりすぎですよ」
ホースリーはセレストの周辺の食料生産地がいつの間にか村になったところだ。ファーレン村とは方角は異なるが、セレストから馬車で一日。平原に畑が広がり、賊が出にくいところだ。
(あのときジンと会わなければ、私たちもホースリーに向かっていただろう)
ホースリーとファーレン村の間には鉱山の麓に造られた村、グランセンがある。こちらもセレストから馬車で一日だ。鉄鉱石が産出され、セレストに運ばれている。鉄鉱石と比べればわずかだが、竜石も出てくるらしい。
ファーレン村で伐られた木材はその精錬のための薪にされている。
(……ダグラムスとイートリアが本格的に戦争となれば鉄鉱石の製錬される量は増える。燃料となる薪も必要になるだろう。しかし)
伐った木はすぐに生えてくるわけではない。いずれ枯渇してしまう。
「……」
「考え事ですかな、ユーリ殿」
「あ、すみません、ヘンダール殿。……ファーレン村を拠点に商売を始めるのはいいのですが、考えなければならないことが多くて」
「いえいえ、……もうすぐセレストに到着します。我々は詰所に向かいますが、どうしますか」
「もちろん、ご一緒させてください」
思ったより早くセレストに到着し、まだ日は落ちていなかった。ユーリはグレット、ヘンダールとともに警備隊の詰所に向かう。
昼番と夜番の入れ替わりのときのようで、隊員たちが出入りしていた。
「グレット部隊長、お戻りですか。そちらの方はお客様でしょうか」
出入りしていた隊員の一人がこちらに気付き、声をかけてくる。
「ああ、ファーレン村の防衛の功労者だ。報告する分の話は聞きだしたところだが、こちらに用があるそうなので連れてきた。商人として修業をしている」
「……ユーリと言います」
功労者と言われると面映ゆさと、悔しさが湧いてくる……。
「え?ファーレン村は無事だったのですか」
「それについては今から報告する。バルク隊長はおられるか、マール」
「いらっしゃいますよ」
「そうか。……マールはこれで今日は終わりか?」
「ええ、これからいつものところで夕食ですよ。はあ、嫁さん欲しい……」
苦笑を隠しながら、マールと別れ、詰所のほうに入場する。石壁には武器が整然と掛けられており、簡単に整備するための道具と作業台もある。
六人掛けのテーブルが三つあり、そのうち一つは打ち合わせのために使われていた。使い込まれた簡単な地図が広げられており、賊や大型の野生動物の出没状況などが話題となっていた。
(仕事熱心だな。開拓地の前線を支えているという心意気がそうさせるのか)
ユーリはベレトスの多少緩んだ雰囲気の警備隊の様子を思い浮かべた。
ユーリの視線に気づいた隊員の一人がこちらに目を向ける。……切れ長の勝気な目つきと後ろにまとめた金髪が印象的な女性だ。
「……見ない顔だね。入団希望者なの?ヘンダール」
「グレット部隊長が報告に上げると思うけど、ファーレン村の防衛の功労者だよ」
「防衛の功労者?生き残りじゃなくって?」
「十五人の賊を腕一本で痛めつけた策士さ」
「ヘンダール殿。言い方に齟齬があります」
確かに竜石と小石でつくった手製の炸裂弾で賊たちを攻撃したが、その言い方では
「……面白いね。あたしはカルネ。第三部隊の隊員。あなたの名前は?」
「ユーリと言います……」
「ユーリ、手合わせしない?」
こうして食いつかれるのは目に見えているじゃないか。ヘンダールのほうを睨むが、彼はどこ吹く風だ。
「グレット殿」
とりなしてくれないかとユーリはグレットのほうを見る。
「私もユーリの実力には興味があってね。カルネ、報告が終わるまで手合わせは待ってもらいたいのだが」
「部隊長、了解です!準備運動はしますけど、なるはやでお願いします。もうすぐ日が落ちますからね」
(ええ……)
こうしてユーリはあれよあれよとカルネと手合わせをすることになってしまった。
(……こうなってしまっては仕方がない。考え方を変えよう)
商人はお客様を満足させなければ。そして、転んでもタダで起きるわけにはいかない。
訓練場に案内される。幻獣山脈の稜線にそろそろ陽がかかろうとしているころだ。ヘンダールをはじめとした見物人も数名付いてくる。
(さて……)
渡された訓練用の剣の感触を確かめながら、ユーリはカルネの様子を伺う。……勝つためというよりは、カルネの背後に誰がいるのか、という考察だ。
(彼女くらいの年齢ならば、嫁に出されているのが普通だ。なのにこうして警備隊員として働いている。騎士階級の子息のモラトリアム、というものだろうか)
どちらにしろ、一般の女性ではないだろう。
(ならば、これはコネをつくる機会だととらえるべきだ。その場合、彼女の機嫌を損ねるようなことはしてはならない)
身体を動かすカルネの動きには冗長なものは見られない。戦士である、とユーリは思った。
(……手加減など以ての外だな。結果はどうなるにせよ、全力でいかねば)
訓練場の扉が開いた。グレットと、もう一人初老の人物が出て来る。
「待たせたかな? ああ、ユーリ、彼はセレスト警備隊の隊長のバルクだ。君に興味を持ったみたいでね」
グレットに紹介されたバルクが右手を差し出した。
「隊長のバルクだ。よろしく。……いきなりの手合わせで災難だったかもしれんが、顔を売る機会だと考えてくれい」
「ユーリといいます。はい、胸を借りるつもりで頑張ります」
ユーリも右手を差し出し、握手する。固い手豆の感触と力強さが印象に残った。
(バルク隊長ならあの大男のことを知っているだろうか……)
とはいえ、今からカルネと手合わせだ。顔を売るつもりならば醜態はさらせない。
「隊長もいらしたのね。―――こっちはいつでもいいわよ!」
カルネの声はよく通る。
「準備できました」
ユーリの声を聞いたグレットが手合わせをする二人の間に進み出る。審判を担当するようだ。
「盾を剣で叩いたら開始だ。時間は日が沈むまで。では、両者、構えよ」
グレットが盾と剣を持った両腕を広げた。
がん!!
キィン!!
盾を剣の腹で打った瞬間に、訓練用の剣のぶつかり合う音が響く。
躊躇なく切り込んできたカルネの剣をユーリがきちんと受けた格好だ。
(やるじゃない、次は)
―――キィン!
カルネはユーリの憶測の通り、騎士の家の出である。当然、その剣の型は騎士のものを基にしている。実戦のなかで変化している部分も当然、あるのだが。
―――キン、キン
(ユーリ、あなたからは来ないのかしら)
そしてユーリは父兄の差し金で王城兵として鍛えられた身である。当然―――、
バキィン!
「!」
騎士の剣の型と、それへの対応を知っていた。
(―――打ち払われた!やられる!)
カルネの首に、ユーリの剣が襲い掛かる!……が、寸前で止められた。
「それまでっ!」
グレットが手合わせを止めた。日は半分ほど沈み、辺りは薄暗くなっていた。
「なかなか、やりおるなぁ。そうでなければ、ファーレンは守れんか!」
はっはっは、とバルクが笑いだす。
「ああ~、悔しい。あたしから絡んだのに」
カルネは薄暗い空を見上げ、左手で顔を覆っていた。機嫌を損ねてはいないようだ。
「……ふぅ」
カルネは一息吐き出し、ユーリに向き直る。
「また手合わせしましょう。あたしは明日でもいいんだけど、いつまでいるの?」
「明後日の朝にファーレンに向けて発ちます。しかし、用事があってセレストに参りましたので」
「……そう。用事って?」
「商売を始めようと思うので、何が売れるのか、という調査をするつもりです」
「ユーリって商人なんだ。……ねぇ、明日、あたしの家に来ない?」
「……えっと」
「こういうのもなんだけど、あたしの家この町では裕福な方だよ。顔を知ってもらうのも良くない?」
「そういう話なら、ぜひお受けします。でも、条件があるのでしょう」
ユーリでなくても簡単に想像はつくだろう。
「さすがだね~。あたしの家で手合わせしよう!今度はたっぷりできるよ!」
(やっぱりな)
「顔を売るつもりで、とは言ったが、なかなかやるもんだな、ユーリ殿。若いっていうのはいいのう」
バルクが笑顔でユーリとカルネに近づいて来る。そして、ユーリに耳打ちする。
「……出発前に、ここに寄ってくれ。件の大男かもしれん人物に何名か心当たりがある。それまでに記録を洗っておこう」
「!! ……わかりました。ありがとうございます」
ユーリの顔の変化を見て、真剣な表情でバルクは頷いた。
「ユーリ、明日の昼前に詰所の前に集合ね。いい?」
カルネと明日の集合時間を確認したユーリは、グレット達につれられ、酒場に行くことになった。詰所に入る前に会った、マールという隊員が向かったところだ。隊員たちのいきつけらしい。
カルネは門限が定められているらしく、迎えの者が来て彼女を連れて行った。
「……残念でしたね、色男」
「ヘンダール殿、そんなんじゃありませんよ……」
夜の市場の調査はできなかったが、隊員たちからたくさんの儲け話となる情報を引き出せそうだと、ユーリは気合を入れるのであった。




