開拓地の木こり
ユーリは家出をしたその日に出会った母娘と宿の部屋を一緒に取ることになった。
(おい母親、どうしてこうなった)
宿を手配した張本人である母親のソニアは
「晩御飯は買ってくるわね。どうぞ、ごゆっくり♪」
なんて言って、出て行ってしまった。娘のクレアと残されたユーリはどうしようもない。気分的には店じまいなのだったのだ。
「……」
クレアも居心地悪そうに黙ったままだ。
(いや、商人としてなにか笑顔になれるような話題はなにか……)
ユーリの脳内で手持ちの商品と会話の想定がぐるぐると回っている。
(とっておきのブローチと星を絡めて話をしようかな……)
方針が決まったので鞄からブローチの入った袋を取出し、窓を開ける。澄んだ夜空で、よく星が見えた。
「きれい……」
クレアが呟く。とりあえず一言喋ってくれたことにユーリは安心する。
(ブローチの出番はないかな?)
「クレア、星座は知ってるかい?」
「うん、少しだけど……」
「好きな星座は何?」
「えっとね―――」
それから二人でしばらく星の話をしていたのだが、近くで喧騒が聞こえた。
「頼むぜ。多く持ってきた分も買ってくれ!」
「何言ってんだこんな時間に。決まった分以外は買わんぞ。持って帰れ」
「そこをなんとかさ!」
取引のいざこざか。その時ちょうどソニアが帰ってきた。
「お待たせ!ご飯にしよっか」
「ソニア、ちょっと出かけてくる」
「え?」
「すぐ戻るよ。クレア、また後で話そう」
「うん」
「お?」
二人の返事を後目にユーリは喧騒の下へと向かっていくのであった。
どうやら木こりが木材を売りに来たのだが、決まった分より多い量を持ってきていて、それを全部買い取ってほしい、ということみたいだ。
「ロバと一緒に一日歩いてきたんだ。持って帰るのはしんどいんだよ」
木こりはユーリと同じくらいの年齢だろうか。ただし頭一つは背が高く、がっしりとした体つきだ。背中に斧を背負っている。
「だからってなぁ」
木こりの交渉相手である店員はなかなか手強そうだが、ユーリには交渉材料となる情報があった。
ユーリは二人の下に歩み寄っていく。
「店員さん、店員さん。私は今日この町の周辺で賊に襲われたんだ。もしもに備えて多めに買っといてもよくないか?」
「……本当か?」
「私もこのあたりで賊がでたという話は聞いてなかったんだが、シュミットという方の馬車に乗っていたところを襲われてね」
「シュミットの知り合いか。……ふむ、なら」
店員が木こりのほうに向き直る。
「ジン、今回は買ってやる。ただし、余計に持ってきた分は三割引きだ」
「本当か!助かるぜ」
ジンと呼ばれた木こりは大喜びだ。
「アンタも、ありがとな!」
ユーリの手を握って千切れんばかりに上下させた。見た目通り力が強い。
「お代を受け取ってからにしたほうがいいんじゃないか?」
「お、そうだな」
ジンが代金を数えて懐にしまった。
「ほんとにありがとな!なにかお礼しないと」
心配になるくらい人の好さそうな笑顔だ。危なっかしくてむしろ興味が湧いてくる。
「私は何回かこの町に来てはいるんだが、あなたのお気に入りの店を教えて欲しい。……ああ、挨拶がまだだった。私はユーリ、という」
「俺はジン。……店か。薬屋に行ってから、余った金で適当に安い食い物買ってるから、知らないんだよな。すまん」
「薬屋?」
「ああ、身内が病気でな」
「そうか、それは……」
「いいって!ユーリのおかげで今回は多めに薬買えるしな!」
「……ジンは、今日はこの町に泊まるのか?」
「泊まることは泊まるが、いつも馬小屋なんだよな」
(ああ、やっぱり)
ジンはぎりぎりまで切り詰めて薬代を捻出している。こういう話を聞くと何か助けたくなるのがユーリという人間であった。そして、打算もあった。
「ジン、ちょっとついてきてくれ」
ユーリはジンを連れて宿屋に戻るのであった。
「おかえり、ユーリ……って、お客さん?」
宿の部屋で出迎えたソニアとクレアはジンを見て目を白黒させている。
「さっき知り合ったジンだ。今晩はここに泊めてやりたい」
「「「えっ」」」
ユーリの言葉にユーリ以外の三人は異口同音に驚いた。当然だ。さらにユーリは捲し立てる。
「さぁ、聴くも涙、語るも涙のジンの物語ぃ―――」
「い、いやいや、ユーリ!そんなふうに語らなくていいから!」
ジンが慌てて止めに入る。
「まぁ、ジンは病気の身内のために生活を切り詰めている男だから泊めてやりたいと思ったんだ。ソニア、クレア、ダメかい?」
「……ユーリがそういうなら、まあ、いいよ」
ソニアが折れたようだ。クレアも何も言わない。また少し気まずくなったなぁ、とユーリは思ったが、
(私とソニアとクレアが同じ部屋に泊まる状況に、言いようのない悪寒を感じたんだよ)
ユーリの予感は当たっていたと言わざるを得ない。ソニアは心の内で舌打ちをしていた。
(……今夜で一気に決めるつもりだったけど、感づかれたかしら?)
「結局、俺はユーリに借りを作ってばかりだな。いいのか?」
ジンが呟く。
「明日は薬屋に行ったら、ジンの村に行こうと思う。道案内してくれよ。賊が出るのは本当だし、一緒に来てほしい」
「そういうことなら、任された。今日はほんとにありがとな」
同時に、ぐぅ、という小さくないお腹の鳴る音がジンからする。クレアが下を向き、笑うのをこらえている。
「……とりあえず、今晩は一緒に過ごすことになったんだし、ご飯にしましょ!」
毒気を抜かれたソニアが食べ物を並べる。ソニアは強い酒をたしなむんだな、とユーリは思ったが、ソニアが酒に手をつけることはなかった。
(まあ、チャンスはまた巡ってくるわ……)
ソニアは考えを巡らせながら寝床に着くのであった。




