竜神シズヤ
「名を名乗れ。ショーの血を継ぐ者よ」
ファーレン村の森の探索をしていたユーリ、ソニア、クレアは霧に包まれた空間で角を生やし、赤い瞳をもつ女性と対面していた。
ユーリ達と女性の霧が薄くなる……。
「!」
とっさにユーリは女性から目をそらした。ちらりと肌が見えたのだ。……女性は服を着ていない。
「……失礼なヤツじゃな」
「ええと、そういうわけじゃなくてね。ユーリ、これ使っていいわよ」
不満そうに呟く女性にソニアが自らの腰につけている帯布を差し出す。
「ん?……ああ、そういうことか。人間の雄相手なら人間の雌の姿のほうが話しやすいからな。この形になるのも久しいからうっかりしとった」
女性は適当に身体に布を巻きつけた。ユーリはようやく女性のほうに顔を向ける。……出るところが出ているのは隠せないし、肌が隙間から覗いていて、15歳の少年には目に毒だ。
ユーリは後ろで自らの手をつまみ、煩悩を払おうとする。さっきよりはマシになった。
「……では、改めまして。ユーリといいます。貴女の仰る通り、ショー=ベルガードの孫にあたります」
「わたしはソニア、この子は娘のクレアです」
「……」
クレアはまだ慣れないようで、ソニアに紹介されたときはお辞儀をするだけだった。
「儂はシズヤ。……ふむ、ユーリに、ソニア、クレア、か。憶えたぞ」
シズヤと名乗る女性は人間ではないようだが、なぜこんなところにいるのだろうか。
「なぜかって?散歩じゃ散歩」
「!?」
「儂は朧げじゃが考えが読めるのじゃ。……ユーリは大分わかりやすいほうじゃな」
商人としてはあまりうれしい評価ではない。
「まあ、儂からすると信用はしやすいから、悪いことばかりではないぞ、ユーリよ。だから、儂のことも話すし、頼み事もできる」
「……頼み事?」
「ここで話すには、ちょっとどころではなく長くなる。場所を変えるぞ」
周囲は濃い霧に包まれたままだったのだが、シズヤがなんらかの言葉をつぶやくと、霧が晴れてくる。……大量の水が落ちる音がする。ユーリ達の目の前に、滝が広がっていた。
「おおっきい……」
クレアはここまで大きな滝は見たことがないようだ。どどどど、という水の落ちる音と響きが伝わって来る……。
「こっちじゃ」
滝から少し離れたほとりに、シズヤが小屋を文字通り「生やした」。木でできた小屋であったが、見たことのない建築様式だ。
「ユーリは良いものを持っておるな?茶は久々じゃ。長い話になるし、用意しとくれ」
小屋の中にはかまどが用意してあり、ポットも用意してあった。新品同然だったが、年式が古いように思えた。
「ショーと茶を飲んだときの儂の記憶から再現してるでの。使うには問題ない」
「シズヤはその、魔女……なのでしょうか?」
「それ以上かもしれんな。そもそも人間ではないし、性別もない。先ほどもいったが、話しやすいからこの形になっているにすぎぬ」
話しながらユーリは準備を進める。せっかくなのでタンポポ茶は炒り直すことにした。香ばしい匂いが漂ってくる。
「ふうん。炒り直したらもっといい感じね」
ソニアは小屋に漂う香りを愉しんでいるようだ。クレアはシズヤのほうを見つめて何かいいたげだ。
「……クレア、だったな?儂に何かしてほしいことはわかるが、言わねば叶わぬぞ」
「……! あ、あの! ミルクが欲しいです!タンポポ茶とミルクがとてもおいしいって聞いてから、すごく飲んでみたいんです!」
クレアのはっきりとした要求は聞いたことがなかったので、ユーリは少し驚いていた。シズヤはうんうん、と微笑みながら頷く。
ぱん、と軽くシズヤは手を叩いた。小屋の外からヤギの鳴き声がする……。
「いつの間に?!」
湯沸かしをソニアに頼み、ユーリとクレアは器を持って外に出た。見た目は本物のヤギだ。撫でたときの感触や体温も本物のヤギだ。張っていた乳房を絞るとミルクが出てくる。これも本物のミルクだ。
「確かに……、魔女よりすごいな」
シズヤは頼みごとがある、と言った。ここまでの現象を起こせる者が、どんな頼みごとをするというのか。ユーリは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
小屋のほうを振り返る。顔をヤギのほうに戻した時、ヤギは消えていた。
(これは、機嫌を損ねたら大変なことになるんじゃ)
小屋に戻る。シズヤはソニアからタンポポ茶を受け取っていた。口につけ、ゆっくりと味わっている。この小屋の床は腰くらいの高さになっており、靴を脱いで上がるようだ。その代わり、机は低く、床に座らなければならない。
「ふむ、ショーが持ってきたものとはまた趣が異なるな。香りはこちらのほうが好みじゃ。ミルクを持ってきたな。次はそれを入れよう。……あと、ユーリ」
シズヤは片目だけをユーリに向ける。
「今は、捕って食おうとは思わん。人間を食っても腹の足しにはならんよ」
「ありがたいけど、こっちは気が気でありません」
どうせ隠せないのなら、口に出しても一緒だろうとユーリは思うところを吐き出すことにする。
「あんまり考えすぎよ、ユーリ。なるようになるわ。とりあえず私もミルク入りは飲んでみたいから、それちょうだい」
ソニアはすごいなぁ、と思いながらユーリは全員分のカップにミルクを足した。
「……ほう。確かに、いいな」
シズヤも含め女性陣はミルク入りのタンポポ茶を大変気に入ったようだ。クレアははちみつも少し足した。
「はちみつも良さそうじゃな……。いや、そろそろ本題に入ろう。まず、儂はおぬし等人間が竜と呼ぶ者じゃ」
「!?」
竜などお伽噺でしか聞かない存在だ。得体の知れない魔法のような現象を起こすシズヤは確かに共通する部分はある。初めて会ったときは巨体ではあったし。
「ユーリ達が思い浮かべる竜は一部でしかない。もっといろいろなことができる。……が、あまり器用ではないのだ。こうして人間を見つけて、悪い者でなければ料理やら茶やらを作らせるしな」
なんでもできるように見えて、できないことがあるものだなとユーリは思う。
「頼みというのはだな。定期的にこうしておぬし等が作った美味いものを儂のところに持ってきてほしい、ということじゃ。商人ならば、やってくれるな?」
「……お代はおいくらで?」
「儂に持ってきたものに応じてこの山脈の資源を安全に持ち帰らせてやろう。そもそもユーリ達は何かいいものがないか探しに森に入ったのではないのか?」
「それは、確かに……」
ユーリは頷く。しかし、まだ確認しなければならないことはある。
「しかし、相場がわかりません。例えば、このタンポポ茶ではどのようなものを持ち帰れますか?」
「ふむ、ならば……」
シズヤが目を瞑り、思案をするように小さく息をもらす。
「これは味わったことのないものだし、なかなか楽しめた。岩塩のある場所を教える。今回は持てるだけ持ち帰るがよい。次からは収めた体積と同じ量とするがな」
「……相場はシズヤの好みと機嫌次第、ということでしょうか」
「そうかもしれんな。そして、岩塩を渡す意味は分かるな?」
「岩塩で何かを作れ、と」
「正解じゃ。楽しみにしておるぞ」
その後、お茶をしながら確認事項を積み上げていく。なんだかんだで、竜であるシズヤの御用聞きをすることになった。
「これも渡しておこう」
シズヤは掌くらいの大きさの瑠璃色の透明な器をユーリ達の目の前に置いた、というより出現させた。
ちりん
と、涼しげな音が鳴る。取っ手のないガラスのハンドベルのようだ。タウンクライヤーのように振っていたら割れてしまいそうだ。
「割れんぞ。これは儂の竜血琥珀でつくった特製の鈴じゃ。ショーが持ってきたガラスのふーりん?とやらを参考に作った。奴が持ってきたものは誤って割ってしまってな」
「竜血の琥珀は、やっぱり竜が由来なの?」
ソニアがシズヤに尋ねる。ユーリとしても、竜を名乗り摩訶不思議な現象を起こす者が目の前にいれば、そう考えざるを得ない。
「そうじゃよ。ショーが竜石と呼ぶのは味気ない、と竜血の琥珀と呼んでから、それを気に入っておる」
ユーリの祖父であるショーはシズヤに結構気に入られていたようだ。
「これを鳴らせば、この付近で獣に襲われることはなかろう。狩りに来たというならば別じゃがな。儂はどうこうせんが、本来はかなり凶暴な獣どもじゃぞ」
安全に持ち帰らせる、とはこういうことらしい。確かに獣に襲われることがなければ運搬もできるだろうが……。
「……きれい」
クレアが思わず漏らしたように、この鈴自体が非常に価値が高そうだ。手放したら激しい怒りを買うだろうからそんなことはしないが。
「ありがたく、いただいておきます」
ユーリは紐を取出し、都合よく存在していた穴に通して、自分の首に掛けた。
「その鈴は道しるべでもある。岩塩のある場所にそなたらを返すが、帰りはその鈴に従うがよい」
いつの間にか茶器は消えていた。帰る準備をしろ、ということか。
「また、会おうぞ」
ユーリ達の確認もせずに、シズヤは手を振る。
「!」
再びユーリ達は霧に包まれ……、森の中に立っていた。傍には岩塩が露出している場所がある。
「ひ……!」
クレアが短い悲鳴を上げる。ユーリ達の目の前にはこの岩塩を舐めに来ていた獣たちがいる。ユーリの三、四倍は大きい獣も複数いる。どの双眸も、警戒や殺気を感じさせる光を放っている……!
「クレア、落ち着いて」
ユーリも心臓が破裂しそうなほど驚いていたが、シズヤの言葉を信じるならば、この鈴を鳴らせばいいはずだ。
――― ちりん
「……すごいわね」
ソニアは獣たちのユーリ達への警戒が解かれる気配を感じ取り、感心した。
「ここの獣たちにとっても、大切なところみたいだから、あまり採りすぎないようにしよう……」
ユーリは剣でいくつか岩塩の欠片を削り取り、荷物に収める。その場を離れる前にもう一度鈴を鳴らす。……無事にその場を離れることができた。
「しかし、ここからどうやって帰れば……。鈴が導いてくれると言っていたが」
すると瑠璃色の鈴の中で光の矢印が浮かんだ。暗くなるには早い時間だが、はっきり見える。
「本当にすごいわね……」
ソニアの呟きに同意しながら、ユーリ達はファーレン村に急ぐのであった。
ユーリ達がファーレン村に帰るのを見届けたシズヤは、自分でタンポポ茶を入れる準備を始めた。
(ユーリは今、運命のうねりの中心におる)
お湯を沸かす。はちみつとミルクをどこからともなく出現させる。
(ユーリと出会わなければ、あの母娘は死んでいた)
タンポポ茶を慎重に炒り直す。このような細かい所作はやはり苦手だ。
(ユーリの友人となった木こりも、ファーレン村も、本来はもうこの世には存在していなかったはずじゃ)
茶を入れ、はちみつとミルクを加える。……やはり自分ではあまりうまくできなかった。
(ユーリが出会い、救い、繋ぐ運命のうねりが、ユーリ自身とこの星を助けるじゃろう)
シズヤが思い浮かべたのは、一人の人間と、40年前の自らの失態である。
(あの男……、ウォーゲイルは止めなければならぬ)
少々焦げ臭い飲み物を、シズヤはぐい、と一息に飲み干した。




