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竜血琥珀と鐘守の商会  作者: ワタリヤ
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ファーレンの森の探索

 ファーレン村と開拓都市セレストの間を以前より安全に通行できるようになったので、ファーレン村では以前のような活気が戻ってきた。セレストに避難した村人も戻り、新たに家も建て直されている。


(さて、賊に襲われる以前くらいには戻った、かな)


 ユーリはファーレン周辺の、とくに幻獣山脈の方面を探索したかったのでこの状況を歓迎している。そういうわけで荷物の整理と確認をしていた。


「北向きの磁石、……異常なし。天球観測儀アストロラーベはカルネに売ってしまったからな」


 おかげで毎日卵を食べられるようになり、リーナは目に見えて元気になった。最近はジンの仕事をしている傍で香草を採取するようになったらしい。ジンが嬉しそうに話していた。


「水袋、異常なし。タンポポ茶、……持っていこう。チーズ、まだ食える」


 剣と弓の確認もする。今回は獣を相手にすることもあるだろう。


「ユーリ、おはよう。……何してるの?」


「ソニア、おはよう。そろそろ落ち着いてきたから、この辺の探索をしようと思ってね。川に沿って上流を見てみるつもり」


「へえ、でも川の上流って幻獣山脈のほうじゃない。大丈夫?」


 ソニアもさすがに少し心配そうだ。


「野宿するつもりはないし、大丈夫だよ。準備だけはするけど」


「……ねえ、それなら私とクレアもついていくわ」


「え?」


「それならユーリも野宿する気にならないでしょ。今の言葉だと何日か帰らなそうだしね」


(……バレたか。でも、ソニアの装備ならはちみつを安全に取れるだろうし、いいかな。木箱も持っていこう。香草の説明もしやすいし)


 予定は少し変わるが、ユーリは前向きに考えていくことにした。


(本当はクレアと二人きりで森に行かせたいけど流石に心配だからね……。早くあの子にも剣の扱いを教えなきゃ)


 ソニアはカルネの存在に少し危機感を感じていた。当の本人であるクレアにとって、カルネは年の近い、仲良くしてくれるお姉さんであるのだが。


「クレア。ユーリが香草の説明するから着いて来てって。一緒に行きましょう」


「うん」


(……ぬけぬけと。まあ、いいか)


 ユーリだってクレアのことは可愛いと思っているのだ。




 それぞれの準備を終え、ジョセフ村長とジンに川に沿って上流のほうを探索することを伝えた。ジョセフのほうはソニアと同じように幻獣山脈に近づくことを気にしていた。ジョセフが言うには幻獣山脈の名のとおりこの世のものとは思えない生物がいるという。


「でも村長、見たことはないんだろ」


「……そうだが。ジンよ、わざわざ危険を冒すことはないと思わんか?」


「このままだと、次に賊が来たときに潰されるかもしれません。ファーレンだけで自警団を組織できるくらい発展できれば、その心配はありません。そうでなくても、重要なところだとセレストの為政者に思ってもらえればいいのです」


 ユーリの最もらしい意見にジョセフは少し下を向き、溜息をついた。


「……若さ、というものだろうな。無事で帰ってきてくれよ。君たちは村の恩人で、無くてはならない人物だ」


「はい、お土産を楽しみにしていてください」


「おう、俺にもよろしくな!じゃあ、俺も行って来るぜ」


 今日もジンは村の若者とセレストに木材を卸しに行く予定だ。ユーリ達も川沿いにファーレン村を出発する。


「天気がよくて良かったわ。しばらく空を気にする余裕もなかったから……」


 クレアによれば半年前に持てるだけの路銀を持って旅に出て、そして今に至る。母娘での旅は常に神経を研ぎ澄ませていなければならなかったのだろう。


(彼女らの旅の終わりはどこになるのだろう?)


 ソニアの思うところを知らないユーリはなんとなく考えるのであった。


 水汲みなど生活に利用するスペースから少し歩けばもう森だ。一応、木を伐るときに使われる道はあるのだが、獣道よりはマシといった程度だ。


(以前は賊を見つけることが目的だったから、今回はじっくり見ることができるぞ)


 川沿いを行くので日当たりはよいのだが、川を離れると木漏れ日も頼りなく揺らめくだけとなる。日当たりの良い場所に生えている香草をクレアとソニアに解説し、摘み取りながら川を登っていく。


「魚捕りの罠でも持ってくるんだったな」


「その木箱は違うの?」


「……ソニアにはちみつ取ってもらおうと思って」


「だから鎧着てきてって言ったのね……」


「わたし、またタンポポ茶をはちみつで飲みたい」


 クレアはジンから聞いたはちみつとミルク入りのタンポポ茶の話を聞いて悔しそうにしていた。めずらしいと思ったので印象に残っている。


「わかったわよ。でも、大きいのは怖いからイヤよ」


「木箱だって大きくないし、無茶はしないよ」


「……あ、ハチ」


 どうしても飲みたかったのか、クレアは目ざとく蜂を見つけた。ユーリの見立てなら、あれはミツバチだ。


「もう一匹いる」


 複数いるなら多分近くに巣があるのだろう。


「……仕方ないわね」


 ソニアが兜をかぶり直し、隙間をなるだけ少なくする。ユーリは巣を見つけた。少し離れたところで火を起こし、松明をつくる。木箱をソニアに渡す。ユーリも皮でなめされた袋をかぶる。


「煙でいぶしたら、蜂が逃げるから、巣を木箱に落として蓋をしてくれ」


「わかったわ」


「……!」


 はちみつの捕り方で蜂を追い出すことにクレアは少し罪悪感を感じているようだ。


「クレアは優しいな。けれど、食べるためには仕方のないことなんだ」


 食べるために獣を殺し、実を摘み取り、茎を刈り取る。文字通り命を戴いているのだ。

 ユーリとソニアははちみつを手筈通りに手に入れた。クレアのほうは何か言いたげな表情だったが、あきらめも浮かんでいた。


「これも学ばなければならないことよ」


 ソニアが兜を緩めながらクレアを見つめていた。


「前のように部屋にこもる生活とは違うんだから」


 ソニアは役人の夫を持ち、クレアはその二人の娘だった。旅に出なければならないほどの厄介ごとがなければ、今頃嫁入りのための教育を仕込まれていたのだろう。

 木箱はしっかりと蓋を閉めた。再び上流を目指して川沿いを歩いていく。太陽も高くなり、結構歩いたかな、と感じたころ、水が叩きつけられる音が聞こえてくる。滝でもあるのだろうか。川の流れも先ほどより速くなっている。


「魚は居そうだけど、罠を仕掛けにくいし、流されてしまうな」


「そうね。……そろそろ昼よ。少し食べて、帰らない?」


「……おなかすいた」


 もう少し先を、せめて滝を見てみたかったユーリではあったが、今日は野宿をする予定はない。


「チーズと干しブドウとはちみつ入りのタンポポ茶でいいかな?」


「火を起こすわね」


「……」


 クレアには先ほどのはちみつの一件が引っかかっているのだろう。


「クレア。私たちが口にするものはほとんど命を奪うことでしか手に入らない。私たちができることは感謝をもっていただくことだよ」


「うん……」


「私は食べ物を粗末にするな、と言われながら育ってきた。食べ物を粗末にすることは命を粗末にすることなんだってそれから気づいたんだ。せめて、残さず美味しくいただこう」


 タンポポ茶にはちみつを入れたコップをクレアに渡す。クレアはその揺れる液面を見つめ、くい、と口をつける。ゆっくりと転がすように味わい、喉を鳴らして飲みこんだ。


「どう?やっぱりミルクが要る?」


「……あればいいけど、はちみつだけで大分飲みやすいよ。ユーリさんとお母さんが頑張って取ったんだもん。おいしくないなんて言えないし」


「そういうことじゃないんだけどなぁ」


「えっとね、どこから、どうやって来たのかってわかると、いいものに見えるの」


「ああ、そういうことか」


 背景が思い浮かべられれば、同じような物でも感情を抱くこともあるだろう。良い背景ならいい感情、悪い背景ならば悪い感情を抱く。クレアがそう言いたいのなら、今日連れてきた甲斐はある。


(連れてきてよかったわね。ホント)


 タンポポ茶をすすりながらソニアも同様のことを思うのであった。




 火の始末をし、荷物の整理をして帰る準備をする。太陽は高くなっていたのだが、雲が空を覆い始めており、日向だったところが暗くなり始めていた。


「天気が悪くなりそうな感じはしなかったのに……」


 ソニアの呟きにユーリも同意する。気のせいか寒気もする。上流のほうの空を見ると、こちらより雲が分厚く暗く見える。


「上流の、幻獣山脈のほうは雨が降っているかもしれないな。急に川の水が増えるかもしれないから、気をつけて」


 ユーリたちの上空も急速に暗くなってくる。雨こそ降ってはこないが、なぜか霧が出てきた。


「……嫌な感じするわね」


 これにもユーリは同意した。


「……ひっ」


 クレアの短い悲鳴が聞こえる。ユーリとソニアにも悪寒が走った。



 みしり、



           みしり、

      みしり、


 と持ち主の大きさを想像させる足音が響く。濃くなった霧の中でも巨大な影ははっきりと形を描き、光る眼がこちらを見据えていた。


「……人間、か」


 三人のものではない声だ。


(……しゃ、喋った?)


 ソニアとクレアも声は出ないが、同じようなことを思ったのだろうか。目の前の生物はジョセフたちの言っていた幻獣なのだろうか。


「……何用で、ここに、来た」


「……!」


 答えを間違えれば有無を言わさず帰れなくなりそうな雰囲気だ。しかし、嘘をついたところで見透かされそうな気もする。


(……ここは、正直に話すか)


 ユーリは近くにあるファーレン村から来たこと、香草を摘んだこと、はちみつを採ったことを話した。光る眼がゆっくりとユーリの顔に近づいて来る……。


「嘘は、言っては、おらんな……。……ん?」


 ユーリは目を逸らしたいが逸らしてはならないと自分に言い聞かせていたが、刺々しい雰囲気を感じなくなり、重圧も少なくなった。


「お前、ショー……か?」


(なぜ、ここで私の祖父の名前が出てくるんだ?)


「いや、人間は年を取るから……。子か?孫か?」


 光る眼が小さくなり、幻獣を思わせる影も小さくなり、ユーリと同じような背の女性が現れる……。


「……名を名乗れ。ショーの血を継ぐ者よ」


 女性は額から角を生やし、燃えるような赤色の瞳を輝かせて、ユーリにそう問いただした。

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