お泊り会とお茶会
一人より二人で歩いたほうがやはり疲労や時間の感じ方は違うものだ。夜になると思われた到着は多少早まり、太陽が半ば沈んだ頃となった。
「ユーリか。セレストではどうだったよ!ってまた見回りが来たのかよ」
出迎えたのはジンだ。
「ただいま、ジン。彼女も警備隊の一員だ。カルネという。出発前の用事はうまくいったかい?」
「ああ、問題ないぜ。明日出発できるようにはなってる。しっかし、警備隊って女もいるんだな」
「……何か問題でも?」
カルネの表情はほんの少しだけ不機嫌だと主張していた。
「……いや、珍しいなって思ってさ。それで、ユーリが持ってる木箱は何が入ってるんだ」
ジンは話題を変えようとユーリに話を振る。
「卵が食べられるように、雌鶏を買ってきたんだ。給金を出すとはいっても、ファーレンじゃ使い道はまだないから、申し訳ないが現物払いだ」
「いや、ユーリよ。その方がいいぜ!卵かぁ、久しぶりだな。森の中で鳥の巣を見つけたときは食えたんだが、最近さっぱりだったからな!」
「というわけで、この雌鶏のための囲いと小屋を作ってくれ。次に木を売った帰りに、つがいを何組か買って鶏を増やしていこう」
「おお、いいなそれ!毎日卵が食えりゃおふくろも元気になるにちげぇねぇ」
ジンは早速作業に取り掛かる。遅いので簡単な囲いを作って、本格的に仕上げるのは明日だ。
(彼が報告書にあった犠牲者の息子か……。ユーリは彼のためにここで商会を立ち上げた)
カルネはジンの背中を見つめて、それから暗くなってきた村を見回す。
(ファーレン村。村というよりは営林所の延長と言った方が正しいけど……。人口は50人程。木こりとその家族がほとんどで、ジョセフ村長はセレストから派遣された役人だけど、この村への愛着が湧いているようね)
報告書とグレットやバルクから聞いたファーレン村の情報をカルネは反芻する。
(ユーリの見立てでは、開拓されていない川の上流のほうは宝の山らしい。珍しい香草やセレストではなかなか見ない川魚や貝の加工品を売るつもりのようね)
カルネは視線を上げた。太陽は幻獣山脈の稜線に姿を隠そうとしているところだった。
(そして幻獣山脈の麓に近い。もし、父上の言う通り竜石がここでも発掘されればファーレン村は急速に発展する)
「……カルネ?山のほうを見つめてどうかしたのか」
ユーリがカルネに声をかける。
「ああ、思ったより幻獣山脈に近いなって」
「……いずれはあの山に入っていかないと。どんな生き物がいるかわからないけど」
ユーリも暗くなった幻獣山脈を見つめる。
「カルネ、今日はもう暗いし、泊まっていくだろう?村長の家に案内するよ」
「うん、よろしく」
ジンもちょうど作業を終えた。続きは明日だ。雌鶏の入った木箱を抱えて、ユーリ達は煙の立ち上る村長の家に向かう。
「ジン、ユーリ、おかえり!……あら、警備隊の方かしら?」
ソニアがユーリ達を迎える。
「どうも、セレスト警備隊のカルネと言います。今日からファーレン村とセレスト間の見回りに加わりました。よろしくお願いします!」
「カルネちゃんね。よろしく。ソニアと言います。もしかしてユーリと一緒に来たのかしら」
「彼が賊に絡まれている所に合流しました。賊はあたしを見たとたん、逃げてしまいました……」
「ヘンダールさんが昼にこちらに来たときは異常はないって言ってたんだけど……。気をつけないといけないわね」
(この人がソニアさんか。クレアちゃんと母娘で旅をしていて、ユーリと知り合って一緒にファーレン村に来た、と聞いたけど)
カルネはソニアと握手をしながら、一番顔を見たい人物を目だけで探していた。ユーリはそれに気づかず、ソニアに声をかける。
「ソニア、出発前に頼んだ用事はどうだった?」
「ああ~、アレ。言われた通りにはしたけど、何するの」
「明日わかるよ。カルネ、ジョセフ村長にも挨拶しておこう。ここに泊まることになるだろうし」
「ああ」
「ソニア、晩飯なに?」
「クレアに聞きなさいよ、ジン。リーナさんも一緒にいるわよ」
おう、と返事もそこそこにジンは食卓へと向かっていった。カルネはその背中を見つめながらユーリについて行く。
(クレアちゃんの顔を見てみたかったけど。まあ、後でも見れるか)
カルネとジョセフがそれぞれ挨拶を済ませる。カルネからセレストの様子を聞いた後、ジョセフは随分はなやかになったなぁ、と呟いた。
その後は家の皆で集まって夕食となった。そして、カルネは目的の人物と相まみえる。
「クレア、です……。よろしく、おねがいします……」
「ごめんね、カルネちゃん。この子人見知りでね」
クレアはソニアの隣、というよりは若干後ろでカルネに挨拶をした。
「カルネだよ。あなたがクレアちゃんね」
カルネがクレアの目線に合わせて膝を少し曲げて右手を差し出す。クレアもおずおずとそれに応じる。
(ユーリよりすこし年下のコね。三年経ったら美人だわこのコ。手ぇやわらか。ふにふにしてるだろうなぁ。なんというか、子猫を愛でる錯覚を覚えるというか……。
とにかく、可愛いわ!!)
などということをカルネは考えていたがもちろん声に出すことはない。カルネとしては気になる男子の傍にいる女子を検分するつもりで来たのだが、クレアに対して予想外の感情が湧き上がってしまった。
「あ、あの……?」
挨拶の握手にしては長い気がしたクレアが上目遣いでカルネを見つめる。
「―――あ、ごめんね。なんでもないからね」
我を取り戻したカルネが手を放す。少し慌てて席についたからか、がたっと音を立ててしまった。恥ずかしそうにカルネは食事前の祈りを行う。
ようやく夕食にありつくことができた。
「なんだ?この葉っぱ。タンポポか?」
ジンがスープの中の葉っぱをつつく。
「身体にいいのよ。ユーリが根っこを掘り出して、乾燥させといてって言ってたから、葉っぱは料理に使うことにしたの」
「……頑張ったけど、苦みに負けちゃってる……」
夕飯はクレアが作ったのだろう。少し肩を落としている。
「クレア、十分だよ。もう少ししたら、調味料もそろうと思うし」
ユーリの感想に、クレアは眉毛をハの字にして微笑む。
「で、ユーリ。言われた通りにしたけど、タンポポの根っこをどうするの?」
「……明日、出発前にお茶会をしよう。お客様もいるし」
ユーリはカルネのほうを見た。カルネは首をかしげている。
「……お茶会って、タンポポで?」
「まあ、明日を楽しみにしててよ。お菓子はないけど」
夕食を終え、床に就くことになる。現在の部屋割りはこうだ。ジョセフの部屋、ジンとリーナの部屋、クレアとソニアの部屋と村人の部屋がいくつかだ。客人を止める機能をもつ村長宅だが、賊の襲撃で家を失った村人を泊めているので部屋は余裕がなかった。……ユーリの泊まる部屋については、
(私の部屋はないんだよなぁ。最初に案内された家は燃やされて、次はジンとリーナさんの部屋に泊まって、それからはセレストに行って、帰ってきたところだし)
つまり、ユーリに泊まる部屋はないのだ。そして、カルネの泊まる部屋もない。
(私がジンとリーナさんの部屋、カルネにはソニアとクレアの部屋に泊まってもらおうかな……)
ユーリの案に異論は挟まれなかった。ジンに訊かねばならないこともある。ちょうどいいので、ユーリはリーナの体調をについて本人とジンに訊いてみた。
「何となくですけど、調子はいいように思います。皆さん優しくしてくださいますので……」
「俺もおふくろの顔色はいいと思うぜ。本当に薬がいらなくなるかもな!」
ユーリもジンと同じ感想を持った。
「一応、次も薬は買っておきましょう。私も少し味見をしてみます。何かわかるかもしれないし」
薬と、鶏のつがいと、買うものはまだまだ追加されるだろう。
そして、ユーリは本題に入る。セレストでバルク隊長から買い上げた三枚の手配書をジンに見せる。
「ジン、この中にあいつの顔はないか?似たように思う顔、でも構わない」
「……! じっくり見せてくれ!」
彼らが眠りにつくのは、もう少し後になりそうだ。
ソニアとクレアの部屋に泊まることになったカルネは、改めてお互いの自己紹介をしていた。女性が三人集まるとお喋りが止まらなくなるというが、話題は一人の人物に移った。
「……それで、カルネちゃんはユーリについてどう思ってるの?もしかして、ユーリを追っかけて配属を変えてもらったんじゃないの~?」
「……そんなことないですよ~。確かにユーリの話を聞いてこっちに配属を変えてもらったけど」
「……」
ほとんど二人が喋っており、クレアは相槌や返事を小さくするだけだ。
「そっかそっか、それならクレアとユーリの仲を良くするのに手伝ってほしいの~」
「……!」
クレアは下を向いてしまった。
「クレアちゃん恥ずかしがってるじゃないですか~。それに、まだ二人とも未成年ですよ」
「ユーリは稼げる男になるわ!早めに唾つけとくのよ」
「……お互いの気持ちもありますし~」
「……」
「……」
沈黙が訪れる。
「……お母さん……」
クレアが沈黙を破った。
「……よろしく、ね」
「はい、仲良くしましょう。クレアちゃんのことは好きですし」
「ふふ、それじゃ、今日は川の字で寝ましょうか」
「こんな感じはすごく久しぶりなので、うれしいです。クレアちゃん真ん中ね!」
「……うん!」
クレアは口数は少ない。しかし行動で示す部分が多いのだ。クレアはソニアとカルネの手を握って眠りについた。手を握られた二人は「やりすぎた」と省みるのであった。
朝を迎えた。ユーリは「お茶会」の準備があるので早めに起きた。眠い目を擦る。結局、手配書の中にはこれは、と思う人物はいなかった。
(生死問わず、賞金はでるから、手配書を買ったことは無意味ではない。それに、手配書に載るような危険人物は把握しておくべきだ)
昨晩ジンともそう話した。ジンの覚えていることは、左の頬に大きな傷があることと、左手の指に指輪があったこと、だ。ジンが斧を止められたときにそれが見えたと言っていた。
(奴は背が高かったし、それだけでも目立つ。傷が有ればさらに絞れるはず)
ユーリは昨日、ソニア達が洗って干しておいたタンポポの根を刻む。それから鉄鍋を火にかけ、刻んだタンポポの根を炒っていく。香ばしい匂いが漂ってくる……。
「おはよう、ユーリ。……酒場で出てくる炒り豆みたいな匂いねぇ」
匂いに惹かれたのか、ソニア達が調理場へやって来る。タンポポの根をいるのに結構時間と神経を使っていたようだ。朝食の準備ができていない。
「ソニア、あと少し時間が掛かると思う。すまない」
「昨日の残りのスープに芋を入れるだけにするから、気にしなくていいわよ」
「芋は私が切るね。ユーリさん。……本当にいい香り」
クレアがユーリの傍に立って芋の皮をむき始めた。
(……むう)
面白くない。カルネはそう思った。二人が調理場に並んでいるのを見ると微笑ましく思う。カルネは二人のことはそれぞれ好ましく思っている。しかし、自分もそこに入れてほしいのだ。
「あたしは何をしようか、ユーリ」
「それじゃ、レベッカさんから卵もらってきて」
「……レベッカさん?」
「昨日買ってきた雌鶏。あまりにもふてぶてしいものだから名前をつけた。この村にはレベッカという人はいないから、大丈夫だと思うけど。
もしかして、カルネの知り合いにいる?レベッカ」
「いないよ。大丈夫。取って来るね!」
カルネは卵を取りに行くとき、ソニアの顔が視界に入った。ニヤニヤしていた。
「お~、ユーリ、いい香りするなぁ」
しばらくしてジンも起きてきた。リーナさんも来ている。体調がいいらしい。
「おはよう、ジン。いまできたから、今から淹れよう」
お湯を沸かし、茶器に行ったタンポポの根と入れる。ようやく朝食の準備も進むようになった。昨日のスープの残りに切った芋をいれ、水を足して煮込む。
出来上がるまでに、タンポポ茶でお茶会だ。
ユーリ達がタンポポ茶にそれぞれ口をつける。
「―――どう? みんな」
悪くは、ないというのがユーリの感想だ。
「……悪くはないけどよ」
「いいと思うけど、何か足りないのよねぇ」
「薬茶としてはおいしいよ。けど、嗜好品としては厳しいかな」
「……はちみつとか、ミルクとかほしいです」
「私は、これくらいがいいと思うが」
全体的には何か物足りない、という感想だ。新商品は最初の印象が大事だ。これでは出せない。
「鶏のつがいの数を少なくして、ヤギにした方がいいかな? あと、はちみつはファーレンで調達したい。それからまたみんなでお茶会をしよう」
何事も始めからうまくいくわけではない。ユーリ達に肩を落としている暇はないのだ。




