やたらと商人は絡まれる
昼すぎから日が暮れるまでカルネと手合わせをしていたので、ユーリはまっすぐ宿屋に帰ろうとしていた。
カルネに装飾品を売って手に入れた銀貨で出発前に買うものを思案しながら歩いていたので、少し暗い道に入ってしまった。
「あら、坊や。昨日、目があったよねぇ……」
薄着というより、大事なところしか隠していない女性だ。迂闊だったと、ユーリは心の内で舌打ちをする。
「……お金の匂いがするね。どう?私と―――」
ユーリは声を出さずに後ずさる。しかし、なにかにぶつかってしまった。
「おおっとぉ、いってぇなぁ」
ユーリより頭二つは大きい体格の良い男だ。まったく痛そうには見えない。
「ああー。折れてる、折れてるわ。医者代もらわんとな」
(面倒だけど、さすがに剣は抜けないな)
ユーリは剣こそ抜かなかったが、銅貨を一枚人指し指で握る。親指をその下に潜り込ませた。ぐっ、と力を込めて、親指で銅貨を弾いた。
―――ベチィン!!
「っ痛ぇええ!」
(商人が銅貨を捨てたんだ。それで勘弁してくれよ!)
「えっ?アンタ、大丈夫!?」
ユーリは悶絶する男とそれを心配する女を後目に回り道をしながら宿屋へ急ぐのだった。
翌朝、ユーリは一応、頭を布で目深く隠して宿屋を出た。目的地は詰所だ。
(……詰所に行く人間にわざわざちょっかいは出さないかな)
詰所が見えるところまで来て、ユーリはそう思いなおし布を外す。
「おはようございます。バルク隊長はいらっしゃいますか」
詰所にはドアはない。ユーリは挨拶をしながら石造りの玄関をくぐる。
奥のほうのテーブルに、バルクは座っていた。
「おはよう、昨日はガロード家のほうに行っていたそうだな。カレス様とは会ったのかい」
「はい、大変有意義な時間となりました」
「よかったのう、ユーリのような人物なら気に入るだろうとは思っていたが。では、件の大男の話をしようか」
ユーリはごくりと唾を飲み込む。バルクに着席を促され、ユーリも席についた。テーブルには人相書きが何枚か広がっている。
「大柄の手斧を二本つかう者で、まだ捕まっていない者を洗い出した。……この中に覚えのある奴はいるか?」
当時、日は暮れており、松明に照らされた男の顔はよくは見えていなかった。大きな男であること、銃と手斧を使うことが印象に残り、顔はあまり覚えていなかったのだ。
ユーリは申し訳なさそうにそのことを話す。
「ふむ……。それは仕方ない。気にしなくていいぞ」
「ああ、でも、友人はその男に斬りかかったので、もしかすると覚えているかもしれません」
「なら、この手配書は写しだ。持って帰るか?無料というわけにはいかんが……」
「件の大男本人でなくても、こいつらにはこれから出くわすかもしれません。捕まえれば賞金も出ますよね」
バルクは勿論、と頷く。ユーリは銀貨三枚を支払い、バルクから手配書の写しを買い取った。
「わかっていると思うが、我々も頼ってくれよ。命あっての物種だからな!」
「承知しております!隊長!」
くっくっ、と笑うバルクと別れ、ユーリは次の目的地に向かう。ソレイユ商店だ。
ソレイユ商店ではもう営業が始まっており、目聡い客が各々これはと思う品物を目利きしていた。
ユーリがここに来た目的は雌鶏を仕入れることだ。……帰りは徒歩なので、一羽しか持ちかえれないので、仕入れるというのには語弊があるかもしれないが。
「ああ、ユーリ。おはよう。今日は何の用だい」
店主のソレイユがユーリに声をかけてくる。彼女がこのソレイユ商店の店主だが、積極的に店先にでてくるタイプのようだ。この規模なら自分で売りにでたほうが、効率がいい。需要と供給の差異や変化を肌で感じ取ることができるからだ。
「雌鶏を一羽、買いたいのです」
「……高いよ?卵200個分の値段はもらわないと」
「餌代は差し引いてありますか?」
「バレたか。しっかりしてるね。若い雌鶏を出してやるから、値段そのままでいいかい」
「助かります」
ユーリは銀貨10枚を支払い、雌鶏を購入した。
「あ、でも箱までは扱ってないよ。雌鶏は自分でなんとかするんだね」
「あ。……。それは当てがありますので、大丈夫です」
毎度あり、とソレイユの挨拶に返礼をしてユーリはケイスの木材店に向かった。
(……先に行っておけばよかったなぁ)
雌鶏を両手で抱えて早歩きするユーリはさぞ滑稽に見えたことだろう。
「ケイスさん!」
「なんだよ、ユーリか。そんなもん抱えてどうした」
ユーリはケイスの木材店に入店した。若い鶏だったから、羽根はそこまで散らばらなかったが、床に落ちた羽根を見てユーリはばつが悪くなる。
「この雌鶏を入れる箱をください……」
抜けてんだなぁ、とか言いながら苦笑を浮かべてケイスは手ごろな木箱を出してくれる。木箱に木の加工くずをつめて、雌鶏を入れる。上から格子上の蓋をする。
(この雌鶏おとなしいなぁ……)
結構大変なことがこの雌鶏に対して起こっていると思うのだが、この雌鶏は首をしきりに前後させていたものの、暴れることはなかった。
「それじゃ、銀貨2枚な」
「突然のことだったのに、ありがとうございます」
相場より高いことは知っているが今のユーリはとやかく言える立場でもない。
「おう、確かにお代はもらったぜ。……これはジンにやるのか?」
「そうですね。雑草を餌にして、それで卵を産んでもらえれば、リーナさんの栄養状態もよくなります。ジンは一応私が雇っているので、給金代わりです」
ジンを雇い、給料を払うと言ったユーリだが、ファーレン村でお金をもらっても使い道はないのだ。食えるもの、生活に役立つもののほうがよほど喜ばれる。
(ソニアとクレアは次の旅のために資金が必要だけど)
いずれ旅立つ二人でも、今は実用的なもののほうがいいんじゃないかとユーリは考えている。
ケイスがユーリの手持ちの帯を箱に付けれるように細工をしてくれた。これもお代のうちだ、と言ってケイスは受け取らなかった。
「その代わり、なるだけ早く木を持ってきてくれよ!」
「わかりました!」
ケイスと別れ、ユーリはようやくファーレン村に向けて出発できるようになった。すっかり日は昇ってしまっている。ファーレン村に着くころには夜になってしまうだろう。
雌鶏の入った箱の格子の天井に、直接陽光が当たらないように布をかけ、ユーリは歩き出す。
(何事もありませんように)
しかし、ユーリの願いは叶わなかった。しばらく進むと賊が三人、出てきたのだ。
「お、にいちゃん。いいもの持ってそうじゃねぇか」
雌鶏の入った木箱は丁寧に地面に降ろし、他の荷物を落とし、剣を二本抜く。溜息をこらえて、ユーリは剣を構えた。その様子を見た賊の目が開かれる。
「こ、こいつ!」
「どうした?」
「親分をやったヤツだ……!」
どうやら、ファーレン襲撃のときに火をかけて逃げた三人らしい。大男と、村の消火のことでユーリは顔まで詳しくは覚えていなかった。
「でも、一人じゃねぇか。今ならやれるんじゃないか?」
「「……!」」
三人のなかで話はまとまったらしい。そしてユーリも、こいつらがあの時の三人ならば、用がある。
(しかし、1対3か。雌鶏は守りたいし。尋問するなら一人は捕まえておかねばならない)
どうしても手が足りない。向かってくる三人を排除するだけならそこまで難しくはないのだが。
しかし、ユーリの後方から馬の蹄の音が聞こえてくる。車輪が地面を揺らす音はしない。馬車ではない。
「そこで何をしている!」
鋭く響く女性の声―――、カルネだ!
「はぁ!? なんで見回りがこっち来てんだよ!」
「今日の奴はやり過ごしたはずだぜ!」
「―――ずらかるか」
騎士が来ている状況でやり合おうとは考えられなかったのだろう、賊たちはすばやく逃げ出してしまった。
「っ……。……仕方ないか」
あの三人にとっての頭である件の大男について尋問したかったのだが、今はファーレンに帰るのが先だ。一応周囲を確認し、ユーリは剣をしまう。
蹄の音がやんだ。
「やっぱりユーリだ。怪我はないよね」
カルネが馬上からユーリに声をかける。
「カルネ。おかげで助かったよ。荷物があったからね」
「布を掛けた木箱?中身訊いていい?」
「雌鶏だよ。卵が欲しくてね」
布を持ち上げて、中の雌鶏を確認する。おとなしく木くずの敷物の上に鎮座していた。相変わらずのふてぶてしさだ。
「ジンって言う人のお母様のためかな?ユーリはやさしいね」
「栄養のあるものを食べさせた方が薬代も節約できるし、卵があれば食事の内容も豊かになるからね。今度は木を運んだ台車でつがいを何組か買うつもり。
ヤギも欲しいなぁ。ミルクもあればいいと思う。労役にも役立つし」
「そのお金、全部ユーリが出すの?」
「一応、私が雇っている形だし、給金の代わりってところ。ファーレン村でお金があっても使えないからね。
……そういえばなんでカルネがいるんだ?ホースリー方面の見回り担当じゃなかったのか」
「ああ、変えてもらったの。ホースリーのほうは平和そのものだし、こっちのほうが人手が要りそうだしね。今ユーリも絡まれていたし」
「もう合わせて何人の賊と会ったかなぁ……」
商人だからといっても、絡まれすぎだろう!早く村に帰って荷物を卸そう。
ユーリは荷物を背負う。
「荷物だけでも載せようか?」
「……ありがとう。でも雌鶏は私が持つよ」
(荷物がなければ、ユーリを後ろに乗せてあげたんだけどね)
森の中の道を風が揺らす木漏れ日が照らす中、ユーリとカルネはファーレン村に向かっていくのだった。




