開拓騎士のガロード家
予定の時間より早かったが、ユーリはカルネの招待に応じてカルネの家に向かっている。今回も馬車だった。
「うちの親、過保護なんだよね。……そろそろ口調も直さなきゃ」
カルネの家はガロード家と呼ばれる。セレストができたときに彼女の祖父がまとめ役になり、そのままセレストに収まったという。警備隊の立ち上げもそのときに行われたそうだ。
エイベルン本国からの役人もいるのだが、セレストの人々はガロード家のほうを慕っていた。
ほどなくして石造りの屋敷に到着する。ベレトスで見かけるような大きな屋敷ではなかったが、質実剛健という言葉が思い浮かんだ。
「……カルネです。ただいま帰りました。昨日話した友人を連れてきています」
家で営業用の口調をするカルネの様子はすこし無理をしているように見えた。
扉が開き、中に通される。装飾品の類は少ないが、ほこりなどは落ちていない。見た目通りの質素さと力強さを感じる。
「ようこそ、ガロード家へ」
低いがよく通る声だ。
「カレス=ガロードだ。君が娘の話していた友人だね?」
姿勢を正した、少し白髪交じりの整った髪形をした初老の紳士だ。
「ユーリといいます。この度は招待していただき、ありがとうございます」
「ふむ、君は商人の駆出しだとか。この町はまだまだ発展途上だ。周囲の村の開発もな。君のような人材はたくさん必要なんだ」
カレスは窓の外の町の様子とユーリを見ながら言った。
「早速だが昼食にしよう。君の話を聞かせてほしい」
昼食はリエット(豚肉のコンビーフ)を塗られたパンとサラダであった。パンは少し温められており、リエットから溶け出した脂が程よく浸みこんでいる。
「そうか、ファーレンのほうでそんなことが。警備隊のほうへの予算を強化せねばならないな。口利きはしておこう」
「ありがとうございます。セレストとの道が安全に通れるようになれば商売もやりやすくなります」
「ファーレンは森が豊かで、水もきれいな良いところだ。このセレストの水源の少なくない部分でもある。そこを賊に抑えられたとなれば、大変なことになるところだった。……開拓地は資源こそあれ、人材は限られている。厳しい環境に耐えられず開拓村を抜け出し、賊に身を落とす者も少なくない。」
カレスは少し乱暴にパンをむしった。
「開拓村が豊かに、暮らしやすくなればそのような者たちも減るのだがな」
資源を把握し、使い方を考え、人々にもたらし、そして幸福にする。ユーリが母と祖父から教え込まれたことだ。
(……私にできるだろうか)
「ユーリ、君が今から為そうとしていることがこのセレスト周辺の発展のためのカギに思える。ファーレンは奥まで調査がされていないのだ。開発が周辺の村では一番遅かった、ということもあるがな」
「父上、あの奥は幻獣山脈で危険と言われていましたが」
カルネの言う通り、ファーレン村は森を挟んで幻獣山脈が近い。危険な生物が多いと言われていて、未踏の地域なのだ。なぜか森までは降りてこないのだが。
「グランセンでは鉱山を開発している。幻獣山脈に近い位置だ。鉄鉱石がほとんどだが、わずかながら竜石が出てくるのだ。……ファーレンの奥地でもでも同様に出てくるのではないかと考えている」
「……」
竜石と言えば、ユーリに思い浮かぶのは銃のことである。イートリアとダグラムスの緊張感の高まりでエイベルンではどんどん生産され、隣国のダグラムスまで運ばれているのだろう。
「竜石を多く納められれば、開拓地へ人材と資源を多く回してもらえる。開発を先じて進めなければ、同様に開拓を進めるイートリアとダグラムスに多くの開拓地を渡してしまうことになる」
カレスはぐいとワインを飲み干した。
「必要ならば、口利きも行おう。ユーリ、君には期待している」
(竜石を掘れば、戦争の加担に近づく。しかし、ファーレンとセレストの発展には必要だし、今はとにかく資金がほしい……)
戦争への加担に嫌気がさして家出をしたユーリにとっては悩みどころであった。
「ああ、あと何か嗜好品があればそれでも良いぞ」
カレスはユーリの心を知ってか知らずか、別な提案を出してくる。先ほどまでの厳しい表情が和らいだように見えた。
「……どのようなものをお探しでしょうか?」
「妻や娘はワインが苦手でな。ハーブティーも飽きたと言っていた。開拓地では実用的なもの以外は軽視されがちだ。妻や娘が気に入るようなものを頼む」
「喜んで承ります」
ユーリは出発前に、ソニアに頼んでいたことがある。それが役立つかもしれない。
「さて、私は仕事があるので、これで席を外すよ。娘が男の友人を連れてくると聞いたときは少し構えてしまったが、私にとっても有意義な時間であった。……カルネ」
「父上?」
「年下だが、ユーリならば申し分ない」
「なにいってんのぉ!」
「言葉遣いは治らんな。……淑女への道は遠いか。ではな」
最後に言葉を崩したカルネと、目が点になったユーリを残して、開拓卿、カレス=ガロードは部屋を後にするのであった。
カレスと面通しをする代わりに手合わせをする、という約束であったのでユーリとカルネはガロード家の庭に出てきた。
「兄がいたころはよくここで剣の稽古をつけてもらったなぁ。今は私と父上しか使っていないけど」
ガロード家の現在の家族構成はカレスとその妻、息子、三人の姉妹だ。カルネは一番の末の娘になる、と言っていた。カルネの兄は本国で王宮に出仕し、二人の姉も有力者に嫁入りしたという。
(……私の姉も、有力者の嫁に出されたな。そして……)
ユーリの胸にちくりと、わずかだが鋭い痛みが蘇って来る。
「ユーリ?」
「! ……失礼しました」
カルネの眼がこちらを覗き込んでいた。整った顔で見つめられると、やはりどきりとするものがある。
「もう、今から手合わせするんだから。……もしかしてさっきの父上に言われたことを考えていたの?」
「それについてはもちろん真剣に考えています」
「えっ!」
「ん?」
何かが食い違っている。
「ユーリってば年上でもいいの?」
「あっ!ええと、そこじゃないです。ファーレンの開発についてです!」
「あ、ああぁ~。うんうん、そうだよね!ごめんごめん、変なこと言っちゃったから!忘れてっ!」
これから手合わせするというのに、雰囲気がどうにも締まらない……。
「お、落ち着きましょう。あ、訓練用の剣取って来るわね。待ってて!」
(……ああ言われると、意識してしまうな。……いかんいかん!)
準備運動と腹ごなしと煩悩退散を兼ねて少し激しめに身体を動かすユーリであった。
……煩悩は完全に抜けてくれなかった。
「ユーリぃ!昨日のほうがいい動きだったよ!」
キィン!
「……本日のカルネ殿が良い動きだからでは!ないでしょうかっ!」
キン!
最初の手合わせは、ユーリの一歩目が遅れ、あっさり一本とられてしまった。それからはこんな感じでユーリは押され気味だ。
カルネがまぶしく見えるのは、彼女の金髪が陽光に照らされているからだけではないだろう。
(しかし、やられっぱなしではいけない!)
カルネは昨日とは剣の型を変えていた。しかし一晩で身につくものではない。
―――ガシュ!
「!」
綻びが見えたところをユーリは剣を差し出し、今日はじめての一本をとるのだった。
「……やっと一本」
「さすがにやられっぱなしじゃなかったね」
ユーリの差し出された手をカルネは握り、立ち上がる。
「でもさ、ユーリ。まだ本気じゃないよね」
「……なぜそう思うのですか」
「手段を選ばなきゃ、もっと強いかなって」
それは本当だ。ユーリは商人であって騎士ではない。商人が戦うのは手段を選ばない者たちがほとんどだ。こちらも手段は選ばずに相手を倒す、追い払うことを優先する。
「商人ですから、ね」
「ふぅん……」
はぐらかすユーリに、カルネは少し不満を持った。
(ユーリの本気は、あたし相手じゃ見せられない類のものかな。……見てみたいな)
カルネは少し思案する。
「……いいこと思いついた」
ユーリには聞こえないくらいの小声であった。
「もう、夕方だね。ユーリ」
休憩を挟みながら手合わせや型の見せ合いをしていた二人だったが、あっという間に時間が経ってしまった。
「本日はお呼びいただいてありがとうございました。私達の商会のこれからにとって重要な日になると思います」
「……その敬語はやめてほしいな。濃ゆい一日をすごしたじゃん、あたしたち」
「わかったよ。……これでいいかな」
「うん、いい感じ!あと、私たちの商会って?」
ユーリは商会を立ち上げた経緯を話した。
「―――そう、友達のために、稼ぐ手段を作りたかったんだ。朝にファーレン防衛の報告書は読んでいたけど、その部分は書いてなかったからね」
「今回セレストに来たのは需要を調べるため、商店と顔をつなぐためだったけど、カルネと知り合えたことは本当に運が良かった。カレス殿と知り合えたことは非常に大きい」
「なら、良かったよ。……明日には帰るんだよね」
「そうするつもり。ここを出たら装飾品を売って、種銭を作って、必要なものを買ってから、村に帰るよ」
「……その装飾品、見せてもらっていい?」
ユーリは荷物の中から上等な布に包まれた丸い金属盤を取り出した。緻密な模様と数字が円周上に彫られており、さらに円の中に同じような機構があり、同様に数字が円周上に彫られていた。
「長い旅になるかと思って持ち出した、天球観測儀として使えるブローチだよ」
以前クレアと同じ部屋に残されたときに取り出そうとしたものだ。あの時は出番はなかった。
「ブローチにしては大きくない?」
「天球観測儀としては破格の小ささなんだけどなぁ」
「いくらなの?」
「……銀貨百五十枚で売りたい」
カルネは自分の口に手を当てて考え始める。
(払えない金額じゃないけど……)
先ほど、商会の立ち上げの話の中で出てきたクレアという女の子の存在が、カルネの中でどうにも引っかかっている。
「……買うわ」
「うん?」
「あたしが、それを買う。いいでしょ?」
「ま、毎度ありがとうございます……」
ユーリは気圧されて返事をしてしまった。早歩きでカルネは銀貨の入った袋を持ってきた。
「はい、数えてね」
「きっちり頂きました」
「……敬語」
「……今はお客様です」
「きっちりしてるね」
「これはもう仕方ないね!呼吸と一緒!」
「あは、なにそれ」
二人で少しの間笑いあったあと、ユーリは屋敷を後にすることになった。日はもうすっかり落ちていた。
「カルネ、今日はありがとう」
「また、会おうね」
「ああ、またいつか!」
(多分、すぐに会うよ。ユーリ)
握手をして別れたのだが、ユーリは微笑むカルネの心の内を見抜くことはできなかった。




