商会の三男坊
火薬として「竜血琥珀」を使用した銃の発明と、食料生産能力の向上による人口の増加。そして、騎士の世の終わりが始まる。そのくらいの時代のお話です。
食物や衣料品、木材、武器などを手広く取り扱うフリント商会はエイベルン王国の中では大きな商会であった。
「武器、よし。路銀、よし」
しかし、フリント商会の頭取の三男であるユーリは
「全ての荷物……、よし」
……家出の準備をしていた。
「なかなか重くなってしまったな」
膨らんだ背負い鞄を見ながらユーリは呟く。父や兄から商いのセンスがないと言われてはいるが、
「商人は脚で稼ぐのだ!」
母方の祖父の言葉を胸に彼は突き進むつもりだ。身体の丈夫さと武器の扱いには自信があった。
「マリア、すまないな……。置手紙も、……よし」
ユーリは世話をしてくれた女性へ謝罪の言葉を漏らす。亡くなった母と、ユーリと兄姉の世話をしてくれたベテランの侍女だ。
「よっ、と」
荷物を背負い、部屋を出る。彼の部屋は他の家族より玄関に近い。夜明け前の家出で、わずかな月明りだけが頼りではあったが、
(……うまく出れたな)
誰にも会わずに済んだ、とユーリは思っていた。……振り返らなかったから、
「……まあ、よかろう」
長兄が部屋の窓から彼の背中を見ていることには気が付かなかった。
ユーリは一応フリント商会のあるこのベレトスの町では顔と名前が知られている。少なくとも日が昇る前にはベレトスを出なければならない。
(……セレスト行きの馬車はあるかな?)
御者が顔なじみでなければしばらくは行方を知られずに済むだろう、とユーリは考えていた。停車場へと向かう。
(先客がいるなぁ。二人、母娘かな)
ユーリは頭巾の布を引っ張り、顔を少し隠しながら先客の様子を伺う。
(……知ってる人じゃないな)
旅人だろうか。二人ともしっかりした身なりで、母親と思われるほうは鎖帷子と丸盾でさらに防備を固めている。
(確かに最近は隣国がきな臭いと聞いているが……)
「!」
母親のほうがユーリに気づいたようだ。一瞬、動揺したような表情をしたが、すぐに笑顔になった。
「おはようございます。朝から精が出ますね」
「おはようございます。ええ、これから商売に出るところでして」
ユーリと母親は挨拶を交わし、娘のほうはぺこりと会釈をした。
(旅に出たばかりなのだろうな)
祖父に連れられ、挨拶を繰り返していた幼少のころをユーリは思い出していた。
「今日は……、三人か」
御者は中年の男で、知り合いではなかった。ユーリの顔を見ても特段驚いたり挨拶はしなかったので、向こうもユーリのことは知らないのだろう。
「荷物も一緒に載ってるから、狭いが我慢してくれ」
親子が先に乗り、ユーリも乗った。背負い鞄を降ろし、身体を伸ばす。
「出発するぞ」
馬を鞭で弾く乾いた音が響く。朝陽が昇り始めていた。
出発してしばらくすると、目の前の娘は馬車の揺れで顔色を悪くしていた。母親が背中をさすっている。
「……うぇ」
敷き布はしているが、揺れの影響を無くせるような物とはとうてい思えなかった。
「……」
ユーリは鞄をまさぐる。貴重品を包むための上等な綿入れを母娘に差し出した。
「これをどうぞ」
「……お代はないのですが」
「着いた後に返していただければ、かまいませんよ。お客さんとしてまた後で何か買っていただければ」
「……ありがたくお借りします。クレア」
母親が膝に綿入れを乗せて、娘に促す。クレアと呼ばれた娘は横になった。ユーリと目が合う。
「……ありがとう」
小さく口を開いてお礼を述べた。
「どういたしまして。……干したブドウもありますよ。妹さんにいかがですか、お姉さん」
「まあ、お上手。……銅貨一枚で買える分をいただきましょうか」
「まいど」
干しブドウを渡す。先ほどよりは打ち解けることができただろうか。ユーリも一粒口に干しブドウを放り込む。
(こういう商いをやりたくて、私は商会を飛び出したのだ)
ユーリの生家であるフリント商会は様々なものを扱う大きな商会であったが、ここ最近は武器を扱う比重が急激に大きくなっていた。
(隣国、ダグラムスとさらに隣のイートリアとの戦争の噂……)
フリント商会は独自で密偵を放ち、情報を集めていた。先じて武器を集め、ダグラムスに卸すことで巨額の利益を得ているのだ。
(戦争に加担して利益を得ることに私は不快感を抱いた)
他にも理由はあり、それが積もっていき、今回のユーリの家出につながる。
(……竜血の琥珀。もしくは、竜石。竜よりいずる、結晶。竜なんていないのに、誰が名付けたのやら)
ここ最近、各国に急速に広まった爆発物だ。火を当てたり、強い衝撃を与えると破裂する。その性質は当然のように兵器に利用された。
(……鉄砲)
当初、竜石は相手に投げつけて使われていた。しかし、不慮の爆発がよく起こり、威力はあるものの、扱いづらいものであった。
それを解決した発明が鉄砲である。小粒の竜石でも十分な威力が望めるようになり、爆発事故も減った。
(当然、どこの商会でも扱うようになった)
フリント商会では鍛冶屋ごと囲い込み、鉄砲を生産するようになった。―――と思い返していたところで馬車が停まる。
「まだ、だよな」
剣を手にかける。クレアの母親も同様だ。クレアは息を殺し、不安そうな表情をしている。
「お、お客さん!手伝ってくれねえか!賊だ!」
御者が血相を変えて飛び込み、荷物から剣と盾を取り出す。
「馬車代で手を打とう!」
ユーリはニヤリと笑った。
(見えている相手は、三人か)
剣を構えたユーリが出てきたのを見て賊たちは少し驚いていたようだが、すぐに笑みを浮かべる。
(油断してくれるなら、それでいい)
ユーリにとってこれは勝負の類ではなく、火の粉を払うための行動だ。勝てればそれでいい。
「なんで、今までいなかったのに……」
御者のほうは腰が引けている。それについてはユーリも心の中で同意した。この辺では賊が出たとは聞いたことがなかった。
「……。困ったなー。荷物を届けないといけないのになー」
ちらちらとユーリは馬車の中に目配せをした。クレアの母親は真剣な表情で頷く。回り込む、というハンドサインをした。それを見てユーリは視線を賊に戻した。
「ダンナぁ、仕事は大切ですけど、命も大切ですよね。逃げません?」
「ば、馬鹿言うんじゃねぇ!」
ユーリのほうは小芝居だが御者のほうは演技ではない。
「おめぇら、ぐずぐずしてないで、とっとと馬車おいてけや。でないと―――」
賊の言葉は続かなかった。ユーリが一瞬で間を詰めて、切り伏せたのだ。
(まず一人!)
そしてもう一人は、
「たぁ!!」
「ぐえっ!」
クレアの母親によって倒された。
「く、くそっ」
立て続けに仲間を倒され、戦意を無くした賊はすぐに逃げてしまった。
「た、助かった……」
御者がへなへなと座り込む。
「やるねぇ!商人さん。自己紹介まだだったね。私はソニア」
ソニアが手を差し出す。
「ユーリと言います。商人としては駆出しですが」
ユーリも手を差し出し、握手した。
「お母さん……」
「もう大丈夫だよ!ユーリ、この子はクレア。多分あなたとは同じくらいの齢かな?クレア、お礼言いなさい」
「ユーリさん、ありがとうございます」
「いえいえ、お客さんが無事でよかった」
その後、警戒しながら馬車を進めたが、賊の襲撃はなかった。
ソニア達との話は弾み、あっという間に夕方になる。ようやく馬車はセレストの町に着いた。
「今日は助かった。お代をタダにすることしかできんが……」
「こちらこそ助かりました。こういうときはお互い様です」
そう言ってユーリは干しブドウの入った袋を差し出す。御者は少し迷ったが、そちらは受け取った。
「……商人として修業してるんだろ?俺が出入りしてる店を紹介しようか」
「ありがたい。是非お願いします」
「俺はシュミット。よろしくな、ユーリ」
ユーリはシュミットと別れ、停車場を後にする。ソニアとクレアもついてきた。
「ソニア、クレア。私は開拓地を回ります。ここでお別れは寂しいですが……」
「何言ってんの!ここで会ったのも何かの縁だし、しばらくは一緒に行きましょう」
ソニアがぐいぐいと笑顔で圧をかけてくる。何か打算でもあるのだろうか?
(クレアはともかく、ソニアは戦えるし……)
開拓地を回るのだ。何が起こるかはわからない。
「それでは、よろしくお願いします」
ユーリの返事にクレアは内心で小躍りしていた。
(ユーリって、あのフリント商会の息子の名前と同じよね!腕も立つし、この子なら娘を任せられるかも)
ソニアの旅の目的はいくつかあるのだが、娘の婿探しも目的の一つなのだ。
「それじゃ、宿に泊まりましょ。三人一緒の部屋でいいわよね!」
「「!?」」
ソニアの提案にユーリとクレアの目が点になる。あっという間にソニアは宿を手配してしまった。
「……ふぅ」
騒がしい旅になりそうだと、ユーリは思うのであった。




