「母殺し」のアリエラ1
残酷な表現があります。
苦手な方はお読みにならないでください。
アリエラは、五歳までは、ルミーク侯爵家の三女として、つまりただの貴族家令嬢として育った。その後は、ルミーク家の影の組織であるルミクトルの一員として育てらた。そこまでは姉達や兄も同じだったが、アリエラは、七歳の冬の日、ルミクトルの長になった。
理由は、アリエラが冷酷であり、その歳で、何の躊躇いもなく母親を殺したからだとされている。
実際には、アリエラは母を殺してはいないし、冷酷でもないはずだが、アリエラにはこの誤解を訂正するつもりはなかった。
それに、そもそも、皆にそう誤解させたのはアリエラだった。
アリエラが指揮権を握るルミクトルは、アリエラの曾祖父が創った組織であり、初めは権力を得るためならば悪事をも厭わないという組織だった。
アリエラの曾祖父は、この組織を使って、当時のルミーク侯爵だった、自らの兄を陥れ、侯爵の座を奪った。
曾祖父亡き後、アリエラの祖父がルミーク侯爵、ルミクトルの長を引き継いだが、その際、人殺しを愉快とする者が何人も幹部に引き抜かれた。祖父自身がそのような人だったからだ。
これによってルミクトルは、権力とは関わらずとも、少しでもルミーク家の益に反するのであれば、……反せずとも、祖父が気に入らないと言えばその者を殺してしまうようになった。
祖父が被害者の遺族からの復讐を受けて亡くなったことにより、気の弱いアリエラの父が長となった。だが、名ばかりで、組織内での権力は無く、長になってからはいつもおどおどするようになった。
その変化を不審に思ったアリエラの母は、父を何度も問い詰めた。母はルミクトルとは無関係の家の出で何も知らず、父を心配してのことだったが、罪を暴かれそうになっていると焦り、母を殺してしまったのだ。
その現場には、使用人が何人も居合わせていた。しかし、誰も何もしなかった。ルミーク家の屋敷の使用人達は皆、ルミクトルに所属している者ばかりで、その者達は皆、こういった場面では指示を受けていない限り、動いてはならないと言い聞かされてきたからだ。
その、指示を出すはずの父は、部屋の隅に突っ立って震えていた。顔は青いのに、服や手は、床に倒れる母と同じ色に染まっていた。
それを見たアリエラは、既に冷たくなっていた母に触れ、まだ生きていると言った。そして、このまま生かしておいてはルミクトルの存続に関わると言い、近くに転がっていた重いナイフを拾い上げて、何度も振り下ろした。
その後は、より大きく震え始めた父を脅して、長の座を譲ってもらった。周りの者から反対の声は上がらなかった。
アリエラは長として認められると、早速父の罪の証拠を隠滅し、強盗の仕業に見せ掛けた。
その際、部屋を荒らすだけでなく、その時警備をしていた者や、両親付きの侍女や側仕え、護衛、そして父にも大怪我を負わせた。
剣を借りてきて、初めに父を斬った。五回目に、剣先を向けた時、もう止めてくれと言われた。止めずに刺したら、父は倒れた。
加減はさっぱり分からなかったが、後の使用人達の噂によると、大層手慣れたように見えていたらしい。
他の者に目を向けると、皆それぞれ怯えていた。
この日から、ルミクトルを知る者からの反応は、崇めるか、怯えるかのどちらかになった。母殺しのアリエラ、という二つ名で呼ばれるようにもなった。
アリエラは、ルミクトルの長として、誰かに使って人を害したことは何度もある。中には重罪人もいたが、ルミクトルを探っていて、幹部にも目を付けられているというだけの人がほとんどだった。
人の命を、間接的ながらも奪う。命までは奪わなくとも、その人の日常を破壊する。
そんな事、何度もやめたいと思った。
だが、アリエラがやめてしまえば、誰がルミクトルの長になるのか分からない。
自らが手を下すと言って、殺した振りをして逃がすこともあった。むしろそちらの方が回数は多かった。そうして殺したことにして、人数が多ければ多いほど、ルミクトルの事がばれると言い訳をして、被害を出来る限り減らしていたのだ。
それが無くなれば……幹部の誰かが長になったら、とそこまで考えて、アリエラは毎回やめるのをやめてしまっていた。
だから、あの日まで、アリエラは一人きりだと思っていた。
暗闇の中にいるのは、自分だけだと思っていた。
「……何、その顔。別に、信じてくれなくても構わないから。ただ、今私が言ったことは、誰にも言わないでよね」