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隣の席のイケメンお姫様  作者: 井邑ハイリ
2/5

急接近

あれから1週間が経ち、例の講義の時間。

隣のイケメン君は今日も絵を描いております。


「じゃぁ、今から3分間、隣の人と朝起きてから学校へ行くまでの話をして下さい。ただし、聞く方は耳は傾けても、姿勢は聞いていないように全く違う方を向いてみたり、他のものをいじってみたりして下さい」


そして、恐れていたワークの時間。顔を上げた久野君は、一瞬ぼーっとしていたが、すぐに私の方を向いた。


「先、俺が話していい?」


どうやら絵を描きながらもちゃんと話は聞いてたらしい。話しかけられてあたふたと首を縦に振ると少し笑みを浮かべた。


「じゃぁ、始めて下さい」


先生の合図で一斉に周りが騒がしくなる。

とりあえず、私は前を向いてみると、横から落ち着いたテノールが聞こえてきた。


「朝、妹に起こされて、パン食いながらテレビ見て、髪の毛セットしてから電車乗ってん。あ、電車では珍しく座れたから、ラッキーって思ってしばらくスマホゲームしてて気付いたら寝てもうてたわ。で、起きたら降りなあかんとこやったから慌てて降りて、歩いてたら軽音部の先輩がおったから、途中まで一緒に来ました」


話は終了らしい。しかし、3分まで時間はかなり余ってしまっていた。

私はとりあえず、久野君に向き直して座る。


「いやー、この状態で喋んのは寂しいし、3分はやっぱり長いよなぁ」


ぽりぽりと頭を掻きながら、言う久野君。やっぱり美形は何をしていても絵になるなぁと思いつつ、私も口を開く。


「確かに。しかも朝の時間ってそんなにたってないしなぁ」


「ほんまに。先生ももうちょっと考えてくれたらええのに」


「せやなぁ」


そんな話をしていると、先生から交代の時間が告げられ、今度は私が喋る番。


「今日は目覚ましに起こされて、ご飯はおにぎり食べました。で、用意して電車乗ってたら、たまたま高校の友達に会って、途中まで一緒に行ってん。で、電車降りて1人で歩いてたら美嘉にあったから教室まで一緒に来たって感じかな」


私のトーク力では、久野君よりさらに時間を余して終了してしまった。


「高校の友達に会ったんや。ええなぁ」


久野君がそのまま話しかけてくれる。


「うん。久しぶりやったけど、全然変わってなくて」


「へぇー。まぁ、1年やそこらで急には変わらんよな」


「うん」


「ところで、咲間さんは高校どこやったん?」


「えっと、、、k女子ってとこなんやけど分かる?」


「あ、あそこなんや。お嬢やなぁ」


「全然そんなことないよ」


2人の間で笑いが起こったところで、終了の合図が流れる。

その後、講義が終わってから、久野君が「ばいばい」と、手を振ってくれて何となく距離が縮んだ気がして。

計6分の短い間だったけれど、思ったより弾んだ会話を思い出して少し胸がドキドキした。




「優貴。久野君とええ感じになってたやんか」


授業が終わり、サークルの活動場所である空き教室の一角で軽いウォーミングアップをしながら、円香が絡んでくる。


「別に。軽く話してただけやんか」


「でも、心なしか2人とも楽しそうだったよ」


美嘉が柔軟しながらにこにこと言う。


「美嘉までそんなん言うし。てか、そんなん言うたら、円香かて給前君と仲よさそうやったやんか」


仕返しとばかりにあの講義で円香の隣に座る久野君と特に仲のいい男子の名前を出すと、円香はうっと、言葉につまる。


「別に、給前はそんなんちゃう! ただの友達や!!」


「またまた、そんなん言うて〜」


円香の動揺している様子にさらに野次を飛ばすと、円香はますます真っ赤になった。

たまに円香はこう言うところがある。そして、こういうときだけは、なんだか可愛く思えてしまう、円香には秘密だけれど。






放課後、事件は起こった。

この日は、電車はちょうど帰宅ラッシュに被り、中々混んでしまう。

円香と美嘉と別れた後、若干、憂鬱な気持ちで電車に乗って発車を待っているとドアが閉まる直前、私の乗ったドアの隣のドアに、久野君が飛び乗って来た。

彼は私に気づかないまま、本を読み始めたし、距離もあったので特に声もかけず、ぼーっと外の景色を見ていたが、次の駅に着いた時、何だか周りが騒がしくなって、ふと声のする方へ視線を向ける。

すると、ちょうど、ここの近くにある女子大の学生に囲まれている久野君が見えた。

あの名門女子大の女子と知り合いなんだと、流石イケメンは違うなぁと見ていると、どうやらそうでもないらしい。


「おにーさん、イケメン! どこの大学?」


「なぁ、彼女おるんですか〜?」


「これからあたしらと飲みとか行きません?」


「あ、あのー、、、、、、」


どうやら逆ナンされてるらしい。最近の女子はみんな肉食系だなぁ、と見ていたが、本気で困っている様子な久野君が、何だか哀れに思えてきて、周囲が遠巻きに見ている、その集団近づいて行く。


「あれ? 久しぶりじゃん、元気?」


「え、あ、咲間さん?」


「なんか見ない間に雰囲気変わった? こっち来て話そうよ。あいつらも一緒なんだ」


「え、う、うん」


そのまま、戸惑う久野君の腕を引いて、隣の車両へ移動する。

後ろからさっきの女子大生が来ていないか確認したところで、久野君の方へ向き直る。

すると、未だに若干ぽかんとした顔をしている彼を見て、今更ながら自分の大胆な行動に羞恥心が湧き上がってきた。


「え、っとあ、だ、大丈夫? 強引で、ごめん」


私の言葉にようやく我にかえったらしい久野君が慌てて、手を体の前で振る。


「いや、咲間さんのおかげで助かったわ。ありがとう」


「いや、私が勝手にしただけなんやから、、、」


「いや、俺もちゃんと1人でどないかしようと思ったんやけど、ああ言うのちょっと苦手で」


その言葉に驚いた。いつも割と派手なグループで男女問わず仲良くしてるイメージなのに。


「いつもは男友達もおるし、慣れたら平気なんやけど、初対面やと緊張してもうてなぁ」


私の考えが顔に出ていたのだろうか。久野君は苦笑して、そう言ってカバンをごそごそと探り出した。


「これ、お礼と言っては何やけど」


と、差し出されたのはいちご味の飴玉だった。


「え、そんなんええのに」


「いや、ほんまに助かったし、こんなもんしかなくてごめんやけど」


「じゃぁ、貰うわ。ありがとう」


押し問答になるのも面倒なので受け取り、そのまま口に放り込む。


「ん、美味しい」


実は、いちごは私の大好物なのだ。

口の中に広がる甘みを感じて、小さな幸せに浸っていると、久野君がにこにこと笑顔で私を見ているのに気付いた。


「、、、何?」


「え、あ、なんか幸せそうやなって」


「、、、、、、」


笑いを含んだ声と小さい子どもを見るような生暖かい視線に何となくむっとする。どうせ子どもだ、こんちくしょう。


「え、なんか怒った?」


「、、、なんか、視線が親の目してるもん」


その答えにますます笑みを深める久野君と、ますます拗ねる私。お互いがお互いをしばらく見つめた後、何だかおかしくなって2人で吹き出す。

こんなやり取りをしていると、久野君の降りる駅に着いたらしい。 「じゃぁ」と言って、手を振るので、私も同じように振り返す。

1人になった電車の中で、まだ口に残るいちご味を堪能しながら、ぼんやりと窓の景色に目を移す。何だかほくほくする気分を胸に宿しながら、さっきの出来事を一部始終見ていた人がいることも知らずに。


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