決着
物語におけるクライマックス。
それはその物語を締めくくる最大の盛り上がり。
だが現実と空想には大きな違いがある。
それはコンディション。
物語の最後は、お互いの全てを最大限に解放した全力を出し合うのだろう。
だが現実はこれだ。
彼方も“影の少女”も、満身創痍。
戦闘行為を続行できていることが奇跡という状況だ。
これが現実。
全力を出し合っての決戦が成立するほど、優しい世界ではない。
故に、これから始まるのは壮絶な泥仕合。
美しさや荘厳さからはかけ離れた、地味で陰鬱な争いだ。
「だ、らぁッ!」
彼方の足刀が、“影の少女”の腹部へと吸い込まれる。
“影の少女”の体はくの字へ折れ曲がり、ベキリという鈍い音を鳴らしながら後方へと吹き飛んだ。
「くっ……」
手ごたえを感じる一撃。
だが、彼方の顔に浮かぶのは苦悶の表情だった。
そう、吹き飛んだ。
つまりは距離が開いたということだ。
当然のように立ち上がる“影の少女”の姿を捉え、彼方は小さく舌打ちをする。
まただ。また、アレを掻い潜らなくては。
【あ、ああああああああああァァァ!】
絶叫と共に巻き起こる天変地異。
両者の間を隔てる、爆炎の嵐。
彼方は最低限の回避行動のみを行いながら、爆炎へと突っ込んでいく。
もはや完全回避できるような状態ではないから。
せめて被害は最小限にと、前方に魔力による防壁を張り突貫を開始する。
もう数度繰り返した接近と防御。
すでに彼方の肉体も、“影の少女”と変わらずズタボロだ。
気力が尽きる前にこの戦いを終わらせる。
その認識だけは、両者で共通していた。
【アアアア!】
「ウォォォッ!」
己を奮い立たせるために、そして薄れる意識を繋ぎ止めるために。
両者は喉が裂けるほどの勢いで叫び声を上げ続ける。
肉体は限界を迎えた。
気力だけで立っている状況が、もう長く続いている。
だからこそ、その足は止められない。
一度止めてしまえば、再度動き出すだけの力は残っていないと本能が理解しているから。
「だ、らぁ!」
彼方の右の拳が、“影の少女”を殴り飛ばす。
カウンターで爆風の直撃を受けるが、かまわずに前へ出る。
どちらが大きな傷を負ったかなど、もはや判断する術はなく。
相手の限界を待ち望みながらひたすらに手を伸ばし続ける泥仕合。
それは永遠に続くとさえ錯覚しそうになる。
しかし永遠は存在しない。
終わりは万物に等しく存在し、全てを迎え入れる。
伸ばした腕に絡め取られるように、彼方の足が滑る。
バランスを崩した彼方に、致命的な隙が生まれた。
【貰ったァ!】
千載一遇の好機。
“影の少女”の全霊が、瞬時に注がれる。
生まれるは断頭の刃。
頭上から落下するギロチンを、彼方は回避することも防御することもできない。
決着。
その二文字が浮かんだその瞬間。
「――まだだ」
彼方の足は前へと踏み出していた。
無論、間に合うはずもない。
刃はその程度の誤差などお構い無しに、彼方を捉えている。
響く轟音。
落下した刃は大きな土煙を上げ、周囲を覆い隠す。
【――馬鹿な】
そう、上がったのは土煙。
そこに鮮血が存在しないことに、“影の少女”は困惑する。
防がれた?
いや、不可能だ。
避けられた?
いや、不可能だ。
ならばなぜと虚空に問う“影の少女”。
回答は晴れた景色。
突如現れた結界が、刃を食い止めていたのだ。
「間に、合った……!」
遥か遠くに映る、両手を伸ばしたリーリエの姿。
それが何よりの答えだ。
彼方はそれを信じていた。
誰よりも他者が傷つくことを許せないリーリエが、こんな状況を黙って見ているはずがないと。
多少の無理は無視して戦局に介入するはずだと。
【――あり得ない】
「悪いな。これが俺たちの力だ」
数的優位。
それこそが、彼方たち現代の英雄の武器。
どれだけ遺志を継いでいようと、“影の少女”は独りでしかなかった。
それが残酷な現実。
そしてその現実を理解してしまったからこそ、“影の少女”の心は折れた。
皆がいるから走り続けてきた怪物は、己がもう独りであるのだと気づいてしまった。
心臓に吸い込まれる抜き手を、“影の少女”はもう見ていなかった。
ここに戦争は終わりを告げる。
全てが、終わったのだ。




