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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
異世界への招待状
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模擬戦闘訓練

 どうしてこうなったのだろう。

 彼方の脳裏に浮かぶのはその言葉に集約されていた。


 昔から運は悪いと自負していたが、まさかここまでとは。

 なにかに呪われているのではないかと思うほどの巻き込まれ方に、神の介入を疑わずにはいられない。

 

 予定ではこの後は実技の訓練だったはずだ。

 とはいえ基礎も基礎、ランニングなどで基礎体力の強化が現在の訓練内容。

 そう、聞いていたのだが。


 閉じていた眼を開くと、彼方の正面にあるのは人の壁。

 後ろにも人の壁。

 左右にも人の壁。


 ギャラリーという名の分厚い壁に、彼方は閉じ込められている。

 円形の壁の中にいるのは、彼方を含めてたったの二人だ。


 目の前では、先程声をかけてきた暴君が彼方を睨みつけている。 


 玻璃(はり)と名乗ったその男は、どうも彼方を恨んでいるようだ。

 だが、彼方にはまるで心当たりが無い。

 今日初めて会ったばかりの人間の恨みを、どうやったら買えるというのか。


 玻璃の表情は怒りに包まれている。

 それがどのような理由によるものなのか、彼方にはわからない。


 理由を説明されたから納得するとは限らないが。

 理不尽な恨みであるのなら、彼方にとっては完全にとばっちりだ。


 実技訓練の個人実習。

 名目上はそういった扱いだが、これは完全にただの決闘だ。

 言葉の上では、成績優秀者が落ちこぼれの新人に手ほどきというもの。

 このような詭弁が通ってしまう辺り、こちらの世界も地球とたいして変わらないなと彼方は心中で毒を吐いた。


 喧騒の外から、声が響く。

 それは周囲のざわめきにかき消されて、彼方の元へは届かない。

 だが、その言葉の意味はすぐに判別できた。


 なぜなら、玻璃が手に持った武器を構えたからだ。

 それは訓練用の片手剣。

 刃は潰されているため切れる事はないが、そんなものはなんの気休めにもならない。


 ただの鉄の棒であろうと、凶器に変わりは無い。

 そんなことは、彼方は第一の人生で嫌と言うほど実感している。


 そしてその痛みも十全に。

 鈍器の痛みは、刃物よりも後を引く。

 できれば二度と味わいたくはない痛みだが、そうもいかないだろうなと彼方は剣を見据える。


 それに彼方にも玻璃にも、魔法の力があるのだ。

 玻璃の能力は不明だが、それが強力な力であることはわかっている。

 そして、己と同じ戦闘型(たたかうため)の魔法であるということも。


「怪我で済む、わけがないよなぁ」

 漏れた呟きは、どうやら相手にも聞こえたようだ。

 玻璃の視線がより険しいものへと変わる。


 駄目元で、彼方は言葉を続けた。

 あわよくば、という思いはやはり当然のように裏切られる。


「理由とか、聞いたら教えてくれないか?」

「終わったら教えてやるさ」

 聞けるような状態ならな。

 そう言った玻璃は、どこまでも暴力的だ。

 その体から溢れ出る殺気は、一秒ごとに増しているように感じられた。


 嫌々ながら、彼方も構えた。

 好き放題に殴られる趣味は持ち合わせていない。


 これは訓練だ。

 どうなろうが最悪でも正当防衛で済むだろうと、どこかずれた考えを巡らせた。


 片手剣を持つ玻璃とは違い、彼方はなにも武器を持っていない。

 両の拳に魔力を纏わせただけの、我流ボクシングスタイル。


 それは誰が見ても素人の構えだったが、玻璃はその姿に薄ら寒さを感じていた。

 剣を持つ構えから油断が消える。

 その身に纏う怒りに、警戒の色が加わった。


 

 そして彼方にとって初となる、戦闘と呼べる闘争が幕を開ける。

 彼方自身の覚悟は、この時になっても定まってはいなかった。

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