波乱の始まり
世界の救世主としてユグドラシルへと呼び出された英雄たち。
しかし、現状は星喰獣の存在が発見されたというだけであり世界の崩壊はまだ始まっていない。
ならばどうしてこの時期に英雄を召喚したのか。
ユグドラシルの人間が早期の召喚を行った理由は二つ。
一つは、早期の召喚の方が柔軟に対処できるため。
星喰獣によって再起不能な打撃を受けた状態で英雄を呼び寄せても、共に破滅するだけだ。
だからこそ、前もって召喚しいつでも対処が可能な状態を作り上げておく。
もう一つは、英雄の訓練。
英雄と呼ばれてはいるが、彼らは平和な世界に生きた人間だ。
率直に言って、戦える人間ではない。
強力な武器を持ったからと言って、使い手が素人ならば意味が無いと言う事。
だからこそ英雄たちは特設の学校で訓練と座学を受け、戦う人間としての学習を行っている。
そして、それは今宮彼方とて例外ではない。
諸事情により数十日ほど遅れはしたものの、他の英雄たちと同じように彼も同じ道を辿るのだ。
「勘弁して欲しいよなぁ、学校なんて面倒なものから逃げたくてこっちに来たのに。こっちでも学習とはねぇ、オマケに訓練まで追加されてるんじゃこっちのが厳しいじゃねえかよ」
「……まず自己紹介から始めてくれ」
だが、彼方を待っていたのは同年代と思われる男からの盛大な愚痴というものだった。
「ん? 名前か。俺は時崎刹那だけど」
「……今宮彼方だ」
相手の意図が判断できず、彼方は訝しげな視線を向ける。
ただ昼食を取っていただけなのに、見知らぬ相手に愚痴を聞かされるとは。
野菜の原型がなくなるまで煮込まれたスープを啜り、彼方は己が不幸を呪う。
特段孤高を気取るつもりは無いが、見知らぬ人間の愚痴を笑顔で聞けるほど人生にゆとりがあるわけでもないのだ。
しかしこれは好機でもある。
彼方は現状、英雄たちの中でもトップクラスの世間知らずと言っていい。
情報。
それは今の彼方に最も必要なものだった。
「初対面の相手に話しかけてきた理由が聞きたいんだが」
「理由が無きゃ話せないのか?」
「……別に」
だが、眼前の相手を情報収集の相手に選んでもいいものか。
価値観が違う存在である事は短い会話でも十全に伝わっている。
彼方は脳内でぼんやりとそう考えたが、やがてどうでもいいと結論付けた。
それは彼方がよく見せる一種の逃避感情だが、そのことに当人が気づく様子は無い。
「見ない顔だなって思って気になったんだよ。新入りか?」
そう口にする刹那に、ようやく彼方は納得する。
「こっちに来てから今まで倒れてたんだよ。最近退院して、さっき入学の手続きを済ませたところだ」
「あー、二次組か」
二次組という呼び名に、彼方は反応した。
特定の呼び名ができていると言う事は、自分以外にも似たような英雄はいたのだろう。
「風土病にかかってこっちに来るのが遅れた面子の事だよ。ほとんどの英雄はこっちの世界に来たときに付与された魔力で抵抗できたが、魔力量も個人差があるからな」
小さな声で、刹那はそう話す。
何も知らないんだなお前、と余計な一言を添えてだが。
「できればそのことは隠しとけ。妙な言いがかりつけられるのは御免だろ?」
「なんだ、妙な事になってるな。まだ訓練の段階なんだろ?」
そんな疑問にも、簡単な事だと刹那は言う。
ため息をつきながら、他の人間に聞こえないように注意して。
「ここが実力主義なのは知ってるだろ?」
「まあ、聞いた話だけだけどな」
それが問題なんだと話す刹那だが、彼方にはその意味が掴み取れない。
実力で評価が決まるというのは、公平で喜ばしいことの筈だ。
だが、それが問題なんだと刹那は言った。
「まだ訓練も座学も、本当に基礎しかやってない。そんな状態で重要視されるのは、こっちの世界に来て受け取った才能だろ」
「……魔法、か」
英雄に与えられた才能。
ユグドラシルに来た瞬間に、彼方たちが世界から与えられたものが二つある。
一つは魔力。
身体強化や治癒促進に使用できるリソース。
言ってしまえば便利な精神力が可視化されたようなものだ。
そしてもう一つが魔法。
漫画やゲームの世界でよく使われる、あれだ。
英雄に与えられた、一人一人固有の魔法。
それは多彩な個人差があり、その内容は千差万別。
身体の強化。
物質の生成。
現象の創生等々。
戦闘向きの魔法を授かった英雄は前線へ。
支援向きの魔法を授かった英雄は後方支援へ。
それが彼方の知っている知識だった。
つまりは。
「受け取った魔法の質で、小さなカースト制度が出来上がってる?」
「正解」
だから二次組は冷遇されていると、刹那は話す。
魔力が少ないことは、眼に見えてわかりやすく劣っていると言う事だから。
「レアな能力や高い魔力を持った奴が、威張り散らしているのさ。運よく受け取っただけの力で、なんでああまで傲慢になれるのかはわかんねえけどな」
その反応を見る限り、刹那は違うのだろう。
むしろそういった連中を嫌悪している。
「わざわざ教えてくれて感謝する。悪目立ちする趣味は無いんだ、大人しくしておくよ」
ちょうど食事を終えた彼方は、そう言って席を立つ。
だが、運命がそれを許さない。
貴様の人生は、波乱に満ちるべきだと神が言っているかのようだ。
「――話がある」
そう、彼方は呼び止められた。
視線の奥では、刹那が片手で頭を押さえている。
ああ、これが先程言っていた傲慢な人間か。
言葉は吐かず、ため息をつく。
どうしてこうなるのだと、神を呪った。
今宮彼方の人生は、どこまでも平穏とは程遠いのか。