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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
終焉へ向けて
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嘆きの勝利

 鮮血が噴水のように吹き出した。

 赤黒い、生物の、人間の血だ。


 アレスが受けた傷は、どんな素人が見ても致命傷と判断できるほどに深い。

 輪廻によって内蔵機能を犯されたせいで、その血は不気味な黒を混ぜ込んだような色をしていた。


「がっ、はぁっ……!」

 ひゅぅひゅぅと、呼吸にならない音がアレスの喉から漏れる。

 病に傷。

 そのどちらか片方だけでも致命だというのに、内と外からアレスの肉体は死に晒されていた。


「咄嗟に致命傷を防いだか。いや、これは……!」

 だが、まだ生きている。

 今にも生命活動を停止しそうではあるが、アレスは生きていた。


「どういう、ことだ」

 玻璃は慌てて、下ろしかけていた剣を構えなおす。

 その瞳には明らかな困惑の色が浮かんでいた。


「……なぜ、生きている」

 アレスの姿は、死人同然だった。

 喉元を深く切り裂かれ、滴り落ちる血液が地面に紅い水溜りを作っている。

 どう見ても、それは致死量に達していた。


 なのに、アレスは動いている。

 喉の出血を両手で押さえようとしながら立ち上がろうとして、フラフラと全身が揺れている。

 

 そう、今のアレスは死人のようだ。

 だが死んではいない。

 明らかに死ななくてはおかしい傷を負いながら、紙一重で生きている。


「――まさか」

 そして、玻璃は一つの可能性に思い至る。


「治癒、あるいは生命力の強化――!」

 そう、今まで謎に包まれていたアレスの固有魔法。

 もしもそれが己の治療、回復の能力であったとするならば。

 

 そうだ、アレスは戦闘中に固有魔法を使用していない。

 この仮説通りだとするのならば、そもそも使用する必要がなかったという理由付けにもなる。


 それになにより。

 目の前の異常な光景は、その仮説以外で説明は不可能だ。


「……恐ろしいな」

 ぼそりと、玻璃はそう呟いた。

 人の限界を超えた再生。

 即死の一撃ですら生を繋ぐ精神力。

 それを目の当たりにして、勝利したはずの玻璃は確かに恐怖を覚えていた。




「――ふざけるな」

 そして、もう一人の勝者が口を開く。

 長時間の戦闘と固有魔法の使用によって今にも倒れそうな輪廻が、アレスへと近づいていく。


 一歩一歩、ゆっくりと。

 その足取りはゆらゆらと揺れていて、今にも倒れそうだ。

 だがその歩みを止めるものはいない。

 玻璃は異様な様子の輪廻を呆然と見つめているだけだ。


「不用意に近づくな、万が一があっては――」

「――ふざけるなぁ!」

 戦場に、輪廻の怒号が木霊する。

 

「どうして、お前がそれを持っている(・・・・・・・・)!」

 瞳には焼ききれんばかりの怒りが溢れ、もはや周囲など見えてはいない。

 怒りを中心に複数の感情が混ざり合い、輪廻の心は完全に掻き乱されていた。


「それは私が求めたものだ。それは私が望んだものだ。それは私が願ったものだ」

 溢れ出る言葉は感情の発露。

 自分がなにを口にしているかも理解できないままに、輪廻は目の前のアレスを糾弾する。


「それを求めて、私はここに来た。それを求めて、私は戦ってきた」

 万物の譲渡という、超常の力を手にした輪廻。

 だが彼女はそれをなんの役にも絶たない塵屑だと切り捨てていた。


 彼女が求めているのは、己の病を治す力のみ。

 そのためにこの世界を訪れ、世界の敵と戦ってきたのだから。


 そして、目の前の男はそれを持っていた。

 輪廻がずっと捜し求めていた、生きるための魔法を。


「どうして、お前なんだ。どうして、私じゃなくてお前が――!」

 その声には涙が混ざっている。

 ようやく見つけた宝物は、決して手の届かない場所にあったのだ。


「どうして、どうして、どうして……!」

 その姿はまるで駄々をこねる子供のよう。

 輪廻はただ感情を重傷のアレスへとぶつけ続ける。



 そして限界は訪れる。

 精神が焼き切れ、魔法の維持が不可能になったアレスは当然のように死んでいく。


 崩れる体を、輪廻は大粒の涙を流して見送った。

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