狂気の援軍
聖辺輪廻は凛と立つ。
膝をついた玻璃を見下ろし、その肩に手を添えて。
「貴様、なにを……」
「フラフラの倒れそうな体で偉そうに。ほら、立ちなさいって」
その悪態に染まった激励に、玻璃は己の身に起きている異常に気づく。
強靭な意志で強引に支えていた肉体が、回復しているということに。
万全とは言い難いが、それでも固有魔法を使用できる程に玻璃の力は戻っていた。
「ある程度だけど分けてあげたんだから、まだ戦えるでしょ」
そう、それは輪廻の固有魔法。
己の所持する物を他者に分け与える、贈与の力。
その力により、己の体力と精神力を玻璃へ転移させたのだ。
「だが、これだけの力を失えば貴様は――」
玻璃が劇的に回復したということは、輪廻はそれだけのものを差し出したということ。
その証拠に、一切の戦闘行為を行っていない輪廻の口元からは赤黒い血液が流れている。
「あー、内臓だけで済んだから大丈夫」
「大丈夫なものか、立っていることすら苦痛のはずだ」
たった今まで、玻璃自身がそうだったからこそ分かる。
先ほどの玻璃と同程度まで現在の輪廻は疲弊しているといっていい。
健康優良児である玻璃とは違い、輪廻の肉体は誰よりも死に近いのだから。
「大丈夫だって」
「なに、を」
だから大丈夫なのだと、輪廻は怪しく笑う。
クツクツと、ケタケタと。
「この程度慣れてるって言ってんのよ。最低でもまあ、一時間は耐えられる」
それ以上の時間がたてばどうなるか。
輪廻は口にしない。
苦痛に慣れているといっても、それは精神的な問題だ。
肉体が長時間耐え切れるというわけではない。
ましてや輪廻の肉体は人類最弱といっていいほどに虚弱なのだから。
「手を貸すから、一時間で終わらせるわよ。そしたら負傷兵の治療に回ってるクリミアの元に行けばいいだけ。」
ね、簡単な話でしょ。
そう告げて、輪廻はふらつく体で口角を吊り上げた。
「――貴様は、考え無しだ」
「そうね」
「全てが上手くいった過程の話ばかりで、失敗した時のリスクをまるで考えていない」
「そうね」
「……だが、感謝する」
救援に来てくれたことに。
己の命を救い出したことに。
玻璃は純粋な感謝の言葉を、輪廻という仲間へと口にする。
「――話は終わったか?」
“軍服の男”、アレスは、二人の会話をじっと聞いていた。
「ええ、律儀にどうもありがとう。なんで途中で襲わなかったの、正々堂々ってやつ?」
「違う。単純に、貴様が不気味であっただけの話だ」
輪廻のもっともな疑問を、アレスはあっさりと切り捨てる。
「死に損ないの病人が一人増えたところで、大勢に影響はない」
だが、貴様となれば話は別だ。
アレスはじっと、目の前の輪廻を睨みつけた。
「貴様の病的なまでに強大な生への執着は既に理解している。ならば下手に横槍を入れて、貴様の策に嵌るのも馬鹿らしい話だろう」
勝算があって、この女は戦地に飛び込んできたのだ。
そう、アレスは判断した。
放置しようと、既に格付けが済んだ英雄が回復し病人が一人増えるだけ。
戦闘能力において、輪廻一人の力など誤差でしかない。
「貴様の土俵には乗らん。単純明快に、正面から潰すだけだ」
冷静な判断を下すアレス。
将たる器は既に初戦の段階で証明されている。
故にこの判断は順当なものであり、一切間違ってなどいない。
「なら、確かめてみなさい」
だが、アレスはこの女を過小評価してしまった。
常識的で論理的な思考に、輪廻を当てはめてしまったのだ。
一歩一歩、輪廻はアレスへと近づいていく。
剣を構えて立つ玻璃を後ろに置き去りにして、単身で。
「二対一でも勝てるってその判断、一時間後には死ぬほど後悔させてやる」
怪しく不気味に、悪役のように輪廻は嗤う。
常識という枠に当てはまるはずのない聖辺輪廻の狂気を真に理解できていなかったのだと、これからアレスは知ることになる。




