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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
終焉へ向けて
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英雄とは

 爆音の轟く戦場に、鉄と鉄のぶつかり合う鈍い音が響く。

 火薬からは生み出されない、いっそ場違いとも取れる音の発生源では。

 剣撃という、重火器の飛び交う戦場ではありえない前時代的な戦闘が行われていた。


「――強い、な」

 朽ちて錆びが浮き出たボロボロの軍刀を構え、“軍服の男”は静かに呟く。

 目の前の剣士、七宝玻璃をじっと見据えた瞳には一切の油断が無い。


 一対一の、剣を交えた決闘。

 戦争というものを少しでも知っているのなら、目に見えるこれはなにかの夢ではないのかと誰もが疑ってしまうような戦闘を、彼らは数時間に渡って繰り広げている。


 判断を誤れば即死する。

 そんな極限状態での戦闘を長時間行っているというのに、“軍服の男”に疲労の色は見られない。

 相も変わらずの化物ぶりだと、玻璃はもはや笑う気にもなれなかった。


 決着が付いていないからといって、互角というわけではないのだ。

 事実、全力で固有魔法を行使し続けた玻璃の精神は限界が近い。

 

 無傷に見えるのは肉体面だけ。

 意識しなければ呼吸すらままならない現状で、しかし玻璃は握った剣だけは凛と構える。

 

 心が疲弊しようとも、折れてはいない。

 それを理解しているからこそ、“軍服の男”は目の前の相手を強いと認識しているのだ。


「折れぬ心、砕けぬ意思。ああ全く、嫌になる」

 そんな素晴らしい心の持ち主を、殺さなくてはならないということが。


 瞬間、溢れ出る殺意。

 気圧されて物理的に倒れそうになる体を、玻璃は必死に支えた。


「……意外だな。そのような思考回路を持ち合わせていたとは」

 貴様らが持つのは殺意だけではなかったのかと、珍しく軽い調子で玻璃は口にする。

 言葉を発することで、自身の精神安定を狙ったものなのだがその効果は予想外の部分で現れた。


「勘違いしないで欲しいが、私は比較的穏当な部類でね」

 軍刀を構えたまま、しかし戦闘中とは思えないような口ぶり。

 いつでも相手を切れるという状況は崩さず、“軍服の男”はゆっくりとその口を動かす。


「英雄は全て死ね。だが、それはこの世界を守ろうとしているからだ」

 我らが憎むのはあくまでもこの世界。

 鬼畜外道の虐殺こそが我らの本懐なのだと、“軍服の男”は語る。


「エリィやキルケニー……ああ、過激派と言ったほうがいいか。過激派連中ならばそんなものは同じだと切り捨てるだろうが――」

 聞きなれない単語は、“軍服の男”の仲間だろうか。

 一言一句を聞き逃すまいと、玻璃はじっとその話を聞いている。


「――もう、分かっているのだろう?」

 だが、その言葉に玻璃の体が一瞬硬直する。


「かつての我々が貴様らで、我々は貴様らの末路だ。この世界を、どうして貴様は守ろうとする?」

「…………」

 玻璃の口が震える。


 分かっていたことだ。

 目の前にいる敵は、かつての英雄。

 自分たちと同じように別の世界から呼び出され、星喰獣と戦い世界を守り。

 そして、今は世界を滅ぼそうとしている。


「――なにがあった」

 だから、つい聞いてしまう。

 そんなことは、聞くまでもないことなのに。


「平和な世界に兵器は必要ない。それだけのことだ」

 “軍服の男”も多くを語らない。

 それだけで分かるだろうと、平然と言い放つだけだ。


 世界を救い、英雄と称えられ。

 そして、誰よりも強い魔法の力を持った人間が高い地位を持つ事に耐え切れない人間が現れた。

 始まりはただそれだけの話。

 そしてこの世界の人間は、星喰獣よりも恐ろしい化物を作り上げてしまった。


「この世界は、存在する価値が無い。あの時滅びていれば、貴様らもこの世界に来る必要は無かったのだからな。そういった意味では、悪いと思っている」

 世界なんて救ってしまったから、罪の無い犠牲を増やしてしまったと。

 表情も声色も変えず“軍服の男”は言葉を紡ぐ。


「貴様は誠実な人間だ。こうして言葉を交わし、剣を交えればそれくらいは伝わる」

 だからこそ、と。

 “軍服の男”は目の前の玻璃へと伝える。

 復讐の鬼となっても、未だ英雄である名残を見せて。


「聞こう。貴様がこの世界を守る理由はあるのか?」

 故郷でもなく、血縁もいない。

 年月すら浅く、思い入れも薄い。


「そんな世界を、命を掛けて守ったとして待っている末路はコレだ」

 生き証人として立つ“軍服の男”は、玻璃へと問う。

 なぜ、守るのか。

 どうして、命を掛けるのか。



「――関係ない」

 だから玻璃は宣言する。

 どこまでも誠実に、どこまでも凛々しく。


「助けてくれと願われ、俺にはその力があった」

 手にした魔法の力は強大で、周囲の期待を自然と背負った。


「ならば、その力を行使するのは義務だ」

「――それだけ、なのか?」

 “軍服の男”の瞳に、かすかな動揺の色が浮かぶ。

 滅私の精神といえば聞こえはいいが、それは人の精神ではない。

 物語に登場する、それはまさに――。


「――英雄」

 そう、それは空想の世界に存在する英雄の精神だ。

 人ならざる奉仕の精神は、空想であるからこそ美しい。

 現実にあれば、ただ不気味で恐ろしいだけだというのに。


「そうか。そうなのか――」

 呟く姿は、すでにただの人のよう。

 “軍服の男”はこの一時だけ、かつての自分を思い出した。


「貴様は誰よりも、英雄に近い」

 だからこそ惜しいと、“軍服の男”は目を伏せた。


 しかしそれも一瞬。

 顔を上げた“軍服の男”は、先程以上の鮮烈な殺意を纏っていた。


 道は交わらず、合わせるのは剣のみ。

 共感も共鳴も、全ては泡沫の夢の如く。


 二人の剣士は、己の意志を貫くために剣を振るう。

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