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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
異世界への招待状
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すれ違う心と想い

 彼方がクリミアの許しを得て退院できたのは、オルデンとの出会いからさらに六日後だった。

 しかも定期的な診察と投薬を条件とした、一時的な退院扱いである。

 

 ようやく外に出ることを許された彼方を待っていたのは、真っ白な服を着た少女。

 共に戦う事を誓い合った、リーリエだった。


「もう体は大丈夫なのですか?」

「たぶん、普通に生活する分には。クリミアには色々うるさく言われているけど」


 あぁ、と苦笑いを浮かべるリーリエ。

 あの性格は周囲に知れ渡っているらしい。


「ここが、これからあなたの家になります。小さな住処になってしまいますが」

「いや、雨風が凌げれば十分過ぎる。ありがとう」

 鍵を受け取って中に入ると、しばらく使われていなかったのか埃が舞った。

 必要最低限の荷物が配置された一室、といった雰囲気だ。


 隅に置かれた椅子を二つ引っ張り出し、二人は向かい合うように腰を下ろす。

 一息ついたというように、しばらくの間深呼吸を繰り返した。


「色々と助かったよ、手続きやら案内やら……なあ、どうしてこんなに気を遣ってくれるんだ?」

 助けられている身で言うのも失礼だが、どうも気になるんだと彼方は不思議がる。

 未知の異世界でわからないことだらけの彼方を、リーリエは次々と手伝ってくれた。


 英雄として戦う事における諸々の手続き。

 町、施設の案内。

 貨幣価値の説明。

 エトセトラエトセトラ。


 甲斐甲斐しく世話をするという言い方が相応しいほどだ。

 その不自然なまでの善意に彼方は戸惑っている。


 だが、リーリエの答えはとても単純なものだった。


「別に、大した事じゃありませんよ。これからあなたは命を懸けて戦う事になるのです。救われる立場の人間からすれば、この程度じゃ全然足りないです」

 命を懸けてくれるのだからこの程度はと話すリーリエだが、彼方とはどうも食い違ってしまう。


「命を救われたのは俺のほうだよ。命には命で返す、それで釣り合ってる」


 それはお互いの認識の違いだ。

 この世界に呼び寄せた事を申し訳ないと悔やむリーリエ。

 この世界に呼び寄せてくれた事を救いとする彼方。


 リーリエからすれば己は罪無き世界の人間を命の危機に晒す罪人であり。

 彼方からすればリーリエは命の危機から救ってくれた聖人だ。


「――そういえば聞いていませんでしたが、命を救われたとは……」

 だから、リーリエの疑問は直接聞くまでは解消されない。

 引き伸ばされ続けてきた疑問をついに彼方へとぶつけたのだが。


「正直、あまり気分のいい話じゃないんだが」

 そう前置きして彼方は語る。

 己の半生を。

 いかに虐げられ、救いを求めた一生だったのかを。





「…………信じられません」

 だから、その人生はリーリエにとっては衝撃だった。

 リーリエにとって、親とは無条件に優しく、愛を与える存在だから。

 悲哀に満ちた血の繋がりなんて、物語の中にしか存在しないと思っていた。


「一応言っておくけれど、俺の人生はかなりの希少例だ。この世界にきた英雄が何人いるのかは知らないけど、その殆どは幸せな家庭に生まれていると思う」

 そんな気休めも、リーリエには違ったように捉えられたようだ。

 リーリエの顔が、今にも泣き出しそうな表情へと変わっていく。


「なら、それなら余計にあなたが報われない。そんな人生を送ってきて、どうして心も歪まずに――」

「いや、歪んでいるよ」

 えっ、と。

 彼方の言葉にリーリエは虚をつかれた。

 今にも流れ落ちそうだった涙が乾く。


「自分で言うのもなんだが、たぶん俺は歪んでいる。他人なら当然わかることがわからないし、命を懸けるって言葉の本当の意味も理解していない」

 だから簡単に戦おうと決心できたんだろうな。

 そう言って彼方は笑った。


「ああ、でも勘違いはしないでくれ。俺が戦おうと決意したのは義務感じゃ無い、リーリエの助けになりたいと思ったからだ」

 誰かのために。

 そんな理由は、まさしく英雄の動機といっていいだろう。


 だけど。

「わたしこそ、そこまで評価される覚えがありません。召喚術式は別人が行ったものです」

「だけど、手を伸ばしてくれた。手を取ってくれた。なんでもないことかもしれないけれど、あの時確かに救われたんだよ」

「――そう、ですか」

 そう笑う彼方に、リーリエはなにも言えなかった。


 ああ、たしかに彼方は歪んでいた。

 なんでもないことと自覚して、そんなことに命を懸けられる。

 その思考こそが常人とはかけ離れているのだと言う事に、自分では気づいていない。


 だから、リーリエはなにも言わなかった。

 なにも、言えなかったのだ。

 

 救われたのだと言った。

 だから、助けになりたいのだと言った。


 それはとても尊い事だし、光に満ちた素晴らしい思考だろう。

 なのにどうしてか、闇の深遠を覗いている気がしてならないのだ。


 初対面での印象は、なぜだか目が離せない男だった。

 今では、違った意味で目が離せない。



 この運命の出会いは、はたして本当に良い運命だったのだろうか?


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