相互理解
“怪物”の恐ろしさは今更説く必要もない。
異形の身から繰り出される圧倒的な力と、読心魔法による絶対回避。
生半可な英雄程度では束になったところで虫のように踏み潰される暴威の塊。
それが“怪物”であり、この戦争における最大級の敵といっていい。
だというのに。
目の前の光景はどういうことなのか。
「グ、アアアアアア!」
“怪物”の猛攻は英雄たちに届いていない。
一撃でも当たれば即死もありうる威力だが、それら全てが空を切る。
そしてカウンター気味に繰り出される連撃。
かつての結果は全回避。
悪夢とも呼べた光景の再現かと思われたそれは。
「チィッ、浅い!」
英雄たちの攻撃が命中している。
皮膚を切るような掠った当たりだけだが、以前とは違い攻撃が当たっているのだ。
決して有効打ではない。
零が一になったところで、百を相手にはただの微差なのかもしれない。
だが、存在しない可能性が微小であれ生まれたという事実。
それは紛れもない真実であり、この場に生まれた希望の欠片だった。
「――これ、は」
そして、目の前の光景に一番の驚愕を覚えているのはエクレールだった。
眼前の光景が己の夢かと疑ってしまうほどに、それは衝撃的なものだったから。
「カナタ!」
「ああ!」
目の前で繰り広げられる、彼方とリーリエの美しい連携。
お互いに相手を理解し助け合う、協力の理想形。
以前とは錬度どころか、根本が違う。
別人と見紛うほどの変化が生み出したそれが、“怪物”を確実に追い詰めている。
「お前、たち。傷が――」
呟くようなエクレールの声。
轟音の響く戦地においては瞬時に掻き消える囁きのような音だったが、それは友の耳に届いていた。
「ええ。時間はかかったけどね」
そう。
彼方が固有魔法を行使している目の前の光景は、以前のリーリエならば許せなかったはずだ。
わざと掠るように相手の攻撃を受け、“狂戦士”の力で力を増す。
自傷を伴う、論理的な凶行。
エクレールは何度も見てきていた。
他者が傷つくことを許せず非論理的な行動に出るリーリエや彼方の姿を。
だが今はどうだ。
負傷を戦術に取り込み、最大効率を目指す二人の姿は。
致命傷となる一撃のみを防ぎ、大局を見て行動する両者は。
「こちらに戻ってから、わたしたちは話し合った」
「このままでは駄目だと、俺もリーリエも理解していたから」
優しさという欺瞞に逃げていては待っているのは破滅だと、ずっと分かっていた。
踏み出す勇気を手にして、決意を固めた。
「わたしもカナタも頑固だから、時間はかかったけどね」
百の話し合いに千の決裂。
そして万の歩み寄りによって、両者はついに一歩を踏み出したのだ。
それが答え。
目の前の“怪物”に立ち向かい、以前とはまったく別の結果を出せている理由に他ならなかった。
「――だから」
「――ああ、だから」
邪魔者は消え失せろ。
“怪物”ごときが、彼らの道を阻むなどあってはならない。
炎のように想いを燃やし、英雄譚はついに幕を開ける。
これはその初めの一歩に他ならない。
ならばそう。
「化け物程度に、負けてられないんだよォ!」
「ガ、ガアアァァァ!!」
ついに直撃する彼方の拳。
“怪物”と成り果てた存在程度では、その熱に焼かれて消えるが定めなのだと。
そう神が宣言したかのごとく、“怪物”はここに討伐された。
“怪物”の腕が、足が、ボロボロと崩れ落ちていく。
老朽化した建物が崩落するように、“怪物”は死んでいく。
人ならざる絶叫と共に。
人ならざる身を抱いて。
その様子を、エクレールは黙って見つめている。
かつての英雄が死んでいく様を、じっとその目に焼き付けるように。
「……あまり、抱え込むなよ。いつか動けなくなるぞ」
「悪いな、性分だ。お前たちには変われと促しておいて虫のいい話だと思うが、こればかりはな」
彼方はチラリと、傍に立つリーリエへと視線を向ける。
肩をすくめたリーリエを見て、それ以上はなにも言わなかった。
「あと、二人。いや、二体か」
残るは“軍服の男”と、“謎の影”。
星喰獣を指揮する奴らさえ討伐できれば、人類の勝利だ。
それを改めて理解し、エクレールは目を閉じる。
ようやく見えた終わりに思いをはせて。
そして、これから始まる戦いに再度決意を固める。




