停滞の破壊
動かない四肢とは裏腹に、その意識は際限なく加速する。
数秒が永遠に感じられるほどに引き伸ばされた感覚が、男の精神を破壊していく。
ゆっくりと歩み寄る星喰獣に、男は黙って見ていることしか許されていなかった。
呆然とその様子を眺めるだけで、震える体に力は入らない。
いっそ、早急に殺して欲しい。
そう懇願せずにはられないほどに、その恐怖は強大だった。
視界が黒く染まる。
目の前の現実を直視することに耐えられず、無意識に目を閉じたのだ。
星喰獣の唸り声が耳に届く。
大地を踏みしめる音が、断続的に続く。
鋭敏になった聴覚が、聞きたくもない音を強制的に聞かせてくる。
早く、早く、早く――
早く終わってくれという願いだけが、男の全てだ。
終わって欲しい。
命などもういらないから。
必死に願うも、そんな希望が叶うはずもなく。
男の願いは切り捨てられる。
叶わぬ思いを秘めたままに、意識は数瞬の間断絶した。
数秒か、数分か。
長くはない時間が経過して、男は疑問を抱く。
――なぜ自分は未だに生きている?
どれだけ待てども訪れない死に、恐怖よりも疑問が強く湧き上がる。
思考が可能ということは、すなわち生きているということだ。
ゆっくりと、目を開く。
急激に差し込む光で視界が白く染まった。
「――え?」
間の抜けた声。
その声が己の喉から出ているのだと、すぐには思い至らないほどに男は困惑していた。
恐怖の象徴であった星喰獣。
その胴体が両断され、獣は死体となって横たわっていたのだから。
「……あ、えぇ?」
パチパチと、数度の瞬き。
視界が何度か点滅するが、目の前の光景は変わらない。
死んでいる。
星喰獣が死んでいて、自分は生きている。
「なに、が」
いったい、なにがあったのか。
理解が及ばない。
わけがわからない。
今見ている光景は夢幻で、ひょっとしたら自分はもう死んでいるのではないかと思ってしまうほど。
それほどまでに、目の前の光景には現実感というものが欠如していた。
震える足でゆっくりと立ち上がり、倒れ伏す星喰獣に近づく。
生気を失った獣からは、あれほど色濃く溢れていた暴威や狂気が消えうせている。
これはもう、ただの死骸だ。
あれだけ恐ろしかった存在を冷静に見ていられることに、男は驚いていた。
そしてその日を境に、星喰獣の目撃情報が各地で少しずつ散見されるようになる。
運悪く遭遇したが、生きて帰ることができた者たちが現れだしたということだ。
だが、皆は揃って首を傾げていた。
知らぬ間に助かっていたということだけが、生存者たちの共通点だったためである。
いったい、なにが起こっているのか。
助かった命という奇跡に安堵しながらも、その疑問は解消されずに残り続けていた。




