残酷な日常
国家が消えても、人は残る。
人は自然に放り出されようとも、生きるために活動を開始する。
希望がなくとも、遺伝子に刻まれた生存本能が自動的に体を動かす。
口には出さない。
本人ですら意識していない。
それでも生き残った全ての人類は、生きたいと願っている。
死んでいった人たちのためにも、無為に死ぬことはできない。
そう胸に刻み、明日を生きるために今日を生きる。
それは俗に言うサバイバーズギルト。
生きたい、ではなく生きなければならないという強迫観念なのかもしれない。
事実、多くの生き残りは幻覚症状に悩まされている。
星喰獣の暴威が、死んでいく友や家族の悲鳴が。
目を閉じると鮮明に浮かび上がるのだと、眠れぬ夜を震えて過ごす者たちは多い。
その苦しみは己で乗り越えるしかない。
周囲の人間も、同じ悩みを抱えているのだから。
他者を気遣う余裕など、誰も持ち合わせてはいないのだ。
生き残った少数のミズガルズ国民たちは、数十人規模の集まりを築いて生活していた。
偶然近くにいただけの、見知らぬ他人たち。
それでも常人は一人では生きられない。
手を取り助け合いながら、人は今日を生きるのだ。
ミズガルズの崩壊から短くない時間が経過した。
星喰獣のその後については、ほとんど情報がない。
理由はいくつかある。
まず第一に、調査を行うだけの余裕が人類に存在しないこと。
生きるだけで精一杯の状況で、生に直結しない行動など行えるはずがない。
第二に、戦闘力の不在。
英雄が壊滅した現状、星喰獣との遭遇はそのまま死へと直結している。
出会えば死ぬ存在の情報など、どうやって集めろというのか。
結果、人類は隠れ潜むように毎日を生きる。
朝に目が覚めたとき、命があるという現実に安堵を覚えながら。
だから、なにが悪かったというわけではない。
一人の男が山菜を採りに山に向かったという、それだけの日常。
あえて言うならば、ただ運が悪かったというだけ。
「あ、あ……」
誰も悪くはない。
彼でなくてはならない理由も存在しない。
彼が腰を抜かして座り込んでいる理由は、運が悪いというそれだけの残酷な現実。
星喰獣と運悪く遭遇したという、純粋な不運のみなのだ。
「ひっ……」
ガタガタと震える唇と喉が、言葉を紡ぐことも許さない。
全身の自由は恐怖に奪われ、指一本たりとも己の意思では動かせない。
絶望の体現が眼前に迫るという現実に、男の脳内は塗り潰された。
どうしてという後悔が、加速する意識の中を駆け巡る。
英雄は現れない。
これは物語ではなく、残酷な現実なのだから。




