プロローグ “リーリエ”
性善説という言葉がある。
人の本質は善性であるという思想であり、一種の理想論だ。
人の持つ美しさを信じるこの説を、リーリエは生まれながらに好んでいた。
そこに特別な理由などなかった。
ただなんとなく。
食べ物に好き嫌いがあるように、リーリエは善という概念が生まれつき好きだというだけの話。
心優しき両親からの愛を十全に受けて育ち、健全に純粋に育った幼少期。
素直な良い娘として、周囲からはその姿を褒められた。
それだけならば、素晴らしい心の少女で話は終わっていたのだが。
徐々に歪みが見え始めたのは、十歳の頃。
年々増していく衝動は既に病気と呼んでいいほどに増幅していた。
誰かが傷つくことに耐えられない。
誰かが苦しむことが恐ろしい。
心優しいなどという緩やかなものでは決してない。
それは一種の偏愛であり、偏執だ。
性質の悪い事に、その歪みは周囲には好意的に捉えられてしまう。
自罰的な面はあるが、周りを気遣える心優しい聖女のような人物とリーリエは評されてきた。
そしてリーリエ自身がその期待を裏切れない。
違うのだという声がどうしても出せずに、美化されたイメージを守らざるを得なくなる。
結果、生まれたのは理想的な姫君。
凛と立つ姿は白百合のようだと評され、憧れの存在として脚光を浴びる。
日ごとに向上する評価に締め付けられる毎日。
誰にも吐き出せない悲鳴だけが泥のように胸中へ蓄積される。
心を許せる相手がいないわけではない。
だが、そんな相手にも無意識に奥底は隠してしまう。
例外は友人のエクレールだけだ。
なにも言わなくても全てを察した彼女だけは、リーリエの抱える歪みを理解していた。
理解はしているとはいえ、それでも理解者ではないのだが。
リーリエ本人ですら、その歪みを客観的には理解できていない。
だから、その出会いは運命的だった。
倒れ伏す、異質の少年。
傷だらけの英雄となる存在。
ボロボロの姿を見て、本能で理解した。
これは運命的な出会いだと。
自分自身でも気づかない。
体が勝手に動いている。
それは、鎖に縛られたような現状を打ち破ってくれるかもしれない希望だった。
己の体も巻き込んで壊されるかもしれない劇物だが、それでも構わない。
リーリエは変化を求めていた。
それも、全てを変革するほどの大きな変化を。




