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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
異世界への招待状
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序章 白百合の救済

「この世界の名はユグドラシル。あなたたちが暮らす世界とは別の、いわゆる異世界です」

 

 異世界。

 その言葉に、彼方は奇妙な納得に近い感情を浮かべていた。


「……驚かないのですね。正直なところ、どうやって受け入れてもらうかがこちらの悩みの種だったのですが」

 だから、リーリエは逆に戸惑ってしまう。

 突然異世界と言われて納得する人間のほうが稀な存在だ。

 事実、この理不尽ともいえる現状を受け入れてもらうことこそがユグドラシルの人間にとって目下最大の課題であったはずなのだが。


「あ、いや。驚いてはいるんだが」

 だが、彼方の反応はどこか理性的だ。

 そうであるならば納得できるとでも言うように、不自然なほどに落ち着いた態度。

 それは彼方の特殊過ぎる事情が絡んでいるのだが、この時点でのリーリエには知る由もない。


「あなた方をこの世界にお呼びした理由はただ一つ。この世界の崩壊を食い止めるため、なんですが」

 そう話すリーリエだが、その言葉は徐々に小さく弱々しいものへと変わっていく。


「あ、あの本当にわかってもらえていますか? 適当にあしらっているわけではないですよね?」

 なにせ、物分りが良過ぎる。

 他の人々は信じなかったり騒いだりと、会話を成立させるのに多大な労力と時間を必要としたというのに。目の前の男はどうしてそんなに冷静に聞いていられるのだろうとリーリエは不安を感じていた。


「いや、別に信じてはいるんだが……世界の崩壊、ね。戦争かなにかが始まるとでも?」

 一際物騒な単語に食いついた彼方。

 その言葉の意味を思考するが、回答は思ったよりも早く口にされる。


「戦争。ええ、そのようなものです。ただし、人類と怪物の戦争ですが」

 その言葉は、彼方の思考を中断させるのに十分過ぎる程の力を持っていた。


「星食獣、という言葉に聞き覚えは?」

「……いや、初めて聞いた」

 やはりそちらの世界には存在しないのですねと、リーリエは眼を伏せる。


「現状は凶暴な怪物、と認識してもらえば構いません。星食獣は全てを喰らい尽くす獣。かつて二百年前に世界を混乱と恐怖に陥れたとされる、最悪の脅威です」

 なにせ古すぎて文献や伝説も満足には残っていない。

 その内容は現在、御伽噺や英雄譚のように伝わっているに過ぎないのだ。


「二百年前、突如現れた星食獣に対抗するため、私たちの先祖は異世界から英雄を呼び寄せ、力を借りる事で世界の平和を守ったと伝えられています」

 そこで、リーリエの声が急激に暗いものへと変わる。


「……なるほど、だから今回も、か。」

 その言葉に、リーリエは一度眼を閉じた。

 まるで断罪を待つ罪人のように、頭を下げる。


「…………ええ、恥知らずな行為だとは自覚しています。ですが、現状この国ではそういった声が最も大きい。一部の反対派の声は簡単に潰されてしまいました」

 一部の反対派。

 それは全体の一割にも満たない、ごく少数。

 世界の破滅に立ち向かおうとしない臆病者と罵られる少数派だ。


 だから、リーリエは頭を下げる。

 英雄たちはもうこちらへ来てしまった。

 ならばもう、引き返すことは出来ないと決意して。


「お願いします、どうかこの世界を守るため、その力をお貸しいただけないでしょうか」

「ああ、わかった」

 だから、リーリエは一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。


「……………………はい?」

「わかった、力を貸そう」

 二つ返事で了承する彼方。

 だが、その答えはあまりにも場違いなものだ。


「いいん、ですか?」

「力を貸して欲しいのなら力を貸す。少しでも恩を返したいんだよ」

 どこまでも噛み合わない二人の会話。

 だから、望んだ答えが返ってきたというのにリーリエはつい聞き返してしまう。

 

「恩って、あの、言ってる意味が」

「命を救われた。それはなによりも大きな恩だ」

 どこかに行きたかったと、彼方は語る。

 そう願ったら、本当に連れて行ってくれたのだと。


「どこかに……」

 そういえば聞いたことがある。

 英雄召喚は、ここではないどこかに行きたいと願った者を呼び寄せると。

 責任者たちはより協力的な人物を召喚するためだと言っていたが、そういうことか。


「それに、さ」

 そして、彼方はどこか照れくさそうに言葉を紡いだ。

「手を、伸ばしてくれただろ。景色は霞んでいたけど、なんとなく覚えてる」

 

 少女は理由もわからず駆け寄った。

 少年は意識もなく手を伸ばした。


 だから、信じる。

 そう、彼方は口にした。


「この世界のことはなにもわかっていないし、理解も出来ていないけど」

 力を貸したいと思ったのは、そんなことが理由じゃない。

「あんたのためなら頑張れるって、なんとなくだけど思えるんだ」


 それは、ただの感情論。

 なんとなく、そう思っただけという言葉だった。

 だけどそんな根拠が欠片もない言葉で、人はこれだけ救われた気持ちになれるのだ。


「――ありがとう」

 だから、リーリエはその言葉だけを口にした。

 その気持ちで胸が一杯になった。


 いくらでも非難を浴びる覚悟だった。

 相手にはその資格があると思っていた。

 だから、こんなに優しい言葉をかけて貰えるなんて思っていなかった。



「この世界では、あなた達一人一人にユグドラシルの人間がサポートに付くことになっています」

 そしてリーリエは顔を上げる。

 その眼も心も、先程とはまったく違う晴れやかなものだ。


「カナタがよければ、その役目はわたしに任せて欲しいのですが」

「ああ、こちらからそうお願いしたいくらいだ」

 そう言って、二人は互いに手を差し出した。



 それは、陳腐な言葉で言い表せば運命というものなのだろう。

 そしてその運命は、この世界に大きな変化をもたらす事になる。

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