謎に重ねる謎の影
【――立ち去れ】
目の前の影はそう言って、英雄たちの前に立つ。
顔は完全に隠れており、表情を読み取ることはできない。
だが、その声からは一つの感情が強く伝わってくる。
それは怒り。
平坦な口調に込められた憤怒が、どこまでも純粋に英雄たちへと向けられていた。
「相変わらず、奇妙な声だ」
耳元で囁かれているような感覚に生理的な嫌悪を感じつつ、エクレールはじっと目の前の影を見据えていた。
これは恐らく、過去に出合った“軍服の男”や“怪物”と同種の存在だ。
そう、エクレールは結論付けた。
そして、過去の二体と目の前の影には決定的な違いがある。
「貴様は、人間なのか?」
それは、対話が成立しているということ。
すなわち、目の前の影は人種である可能性が非常に高い。
だが、そうであるとすれば湧き出る疑問も大量に存在する。
だからこそ、エクレールはひとまず対話が可能であるかどうかを確かめるために質問を投げかける。
【立ち去れと、言っている】
だが、帰ってきたのは一際大きな怒りだった。
会話が成立しない。
まるで、決められた言葉を話す機械を相手にしているかのようだ。
「輪廻、クリミア。お前たちは急ぎ撤退し、この状況を本国に報告しろ」
「――了解」
「――はい」
そう命令を下すエクレールの表情は、一種の悲壮感に近いものだ。
即座に距離を取る二人にも、影は一切動きを見せない。
つまり、逃げられても問題がない。
何度も口にしているように、英雄たちがこの場を離れることを影は望んでいるのだろう。
「聞きたいことがある。それを聞けば、我々はこの場から立ち去ろう」
【……なに】
初めて会話が成立したのを見て、エクレールは読みが当たったと確信した。
「この場には、我らミズガルズの兵が多数存在したはずだ。そして、敵対していた星喰獣もな。聞きたいことはただ一つ。彼らはどこに消えた?」
【…………】
「知らない、などとは言わせんぞ」
それはただの直感。
目の前の影は必ずこの奇妙な消失事件に関係していると、エクレールは確信していた。
【星喰獣だけなら、知っている】
「だけ? ならばやはり、貴様たちは星喰獣の仲間なのか」
そう、エクレールが口を開いたと同時。
周囲の空気が一変した。
「――ッ!」
大地が爆ぜる。
咄嗟に回避を選択していなければ、エクレールの体は目の前の地面と同じく爆散していただろう。
「エクレール?!」
リーリエがエクレールと影の間に障壁を展開。
英雄たちは突然の衝撃に対応すべく、戦闘態勢へと移行する。
【――消え去れ!】
影が放つ怒りの感情は、既に殺意へと変わっている。
淡く光る杖の先端が示す先で、先ほどと同じ爆発が繰り返された。
「いきなり、なにが……」
「わからんが、どうやら地雷を踏んだのだろうとは理解できる」
交渉は決裂したというわけだ。
剣を構え、玻璃はそう口にする。
連続する爆発は、英雄を狙ってはいない。
暴発や誤作動とでもいうように、無差別に周囲を破壊している。
【消えろ、消えろ、消えろ!】
相変わらず、その表情は陰に隠れている。
だが、その内心は口にするまでもなく明瞭だ。
「来るぞ、構えろ!」
殺意に満ちた声を撒き散らしながら、影は英雄たちに向けてその暴威を振るう。
第三次侵攻戦は、多くの謎を残したままに開幕した。




