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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
侵攻戦開始
44/91

幕間 世界より重い命

「ふぅ……」

 雑音一つ無い静かな室内に、ため息が一つ。

 クリミアは目の前で眠る輪廻の容態を確認すると、手元の用紙に筆を走らせる。

 無数に記された薬の名称に、新たな打ち消し線が引かれた。

 

 輪廻の右手首には点滴用の針が刺され、管を通って無色の液体を体内に送り込んでいる。

 上層部からの報酬で手に入れた貴重品なのだが、どうやら効果はなかったようだ。


「これも駄目……」

 輪廻の病は未だ完治していない。

 なにより問題なのは、その病が前例のない新種だということだ。


 複数の症状が同時に発症しているせいで、対策も手探りのまま。

 一つ一つ、新たな治療法を繰り返していくしか前進の方法がない。


「…………」

 その事実が、クリミアの心を傷つけている。


 治せない病など、今までなかった。

 全ての病を根絶することこそ、己の使命だと確信していた。

 それがどうだ、別世界の病ごときに打つ手がまるでないなど笑わせる。

 

 どうしようもない無力感と怒りが、心の奥底に蓄積されていく。

 初めて目の当たりにする、治せない病。


 ペキリと音を立てて、クリミアが手に持つペンがへし折れた。

 真っ二つに割れたペン先が地面に落ち、コロコロと転がる。


 虚ろな眼で、クリミアは地に落ちたペンを見つめる。

 特に意味があるわけでもない。

 だが、どうしてか目をそらすことができなかった。



 そうして、どのくらいの時間がたっただろうか。

 薄く目を開いた輪廻を見て、ようやくクリミアは動き出す。


「――今回も失敗。完治には至らなかった」

「そう」

 落胆もせず、輪廻は短い言葉を返す。


 そうであるとわかっていたかのようだが、別に期待をしていなかったわけではない。

 まるで宝くじで一等が当たらなかったと聞かされたような、そんな返答だった。


「じゃあ、次ね」

「ええ」

 まるで流れ作業のように、輪廻は新たな可能性を待ち望む。

 クリミアに粉薬を手渡され、手元の水で一気に流し込んだ。


「……苦い」

「それ一つで家が買えるほどの貴重品らしいけど、期待はできそうにないわね」

 クリミアと輪廻は、任務報酬の全てを貴重な薬品に使用している。

 万能薬や特効薬と噂されれば、どんな怪しい眉唾物にも手を出していた。


 だが、その結果は現状全滅。

 輪廻の病は全く変化することなく彼女の体を蝕み続けている。


「ああ、それと次の任務は三日後だそうよ」

「そう」

 世間話のついでのように、戦地へと旅立つ予定を伝えるクリミア。

 この二人にとって、星喰獣との戦いはただの出稼ぎにすぎない。


 玻璃あたりが耳にすれば眉をしかめるだろうが、この二人にあるのはただの我欲だ。

 病を治したいと願い続ける輪廻とクリミア。

 それは命の願いであるが故にどこまでも純粋で、否定することは難しい。


 彼女たちはどこまでも、己のために戦い続ける。

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