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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
侵攻戦開始
35/91

一の勝利と三の敗北

 戦争の優位性は極論、数のみに左右されると言っていい。

 一騎当千の英雄とて、万の兵には押し潰される。


 星喰獣の数という大幅な優位性を、英雄は他の手段で乗り越えなくてはいけないのだ。


「合わせろ!」

「おう!」

 玻璃の作り出した真空に、星喰獣が吸い寄せられる。

 一点に集まった瞬間を狙い、彼方の足刀が星喰獣を纏めて吹き飛ばした。


 数十の個体を纏めて消し飛ばすほどの一撃だが、この戦場においてはただの時間稼ぎでしかない。

 なぜならここは巣の内部。

 相手の兵力は無尽蔵に増え続けるのに対してこちらは六名。

 それは圧倒的という言葉を超えた差である。


「今だァ!」

 だからこその一点突破。

 一時的に数を減らしたこの瞬間を狙う突撃が、軍服の男へと襲い掛かる。


 拳を握り締めた彼方が、軍服の男へと肉薄する。 

 腹部を狙った一撃が直撃する刹那、鈍い金属音が戦場に響いた。


「くッ!」

 軍刀で彼方の一撃を防ぎ、素早く後退。

 指揮能力だけでなく直接的な戦闘力まで備えていると判明した軍服の男に、彼方は警戒をより強めながら再度の接近を試みる。


「ッらぁ!」

 接近し、再び放つ一撃も先ほどの繰り返しだ。

 軍刀により防御され、その衝撃を利用し距離を取られる。


「これじゃあ決定打には……!」

「いや、それでいい。続けろカナタ!」

 言葉と共に飛来するエクレールの魔力弾。

 軍服の男を牽制しつつ、彼方の接近を支援する魔の銃弾が絶え間なく降り注ぐ。


 その銃弾は割って入ろうとする星喰獣を足止めするという役目も果たしている。

 一瞬でも足が止まれば、玻璃と輪廻がその命を奪う。


 消耗した身だからこそ、誰もが理解しているのだ。

 ここが最初で最後の好機なのだと。


 接近し、一撃。

 繰り返される彼方の一撃は数瞬ごとに速度を増している。

 時折振るわれる軍刀の反撃は、リーリエの障壁が弾き返す。

 

 結果、どちらにも致命傷が刻まれないまま攻防は繰り返されている。

 後退と接近が奇妙に噛み合いながら、しかし攻防自体は単調ではない。



 二十を越えたあたりで、軍服の男の動きが変わる。

 反撃ではなく撤退を目的とした動きが増え始めたのだ。


「亡者のような男と思ったが、ようやく気づいたか」

 だが、もう遅い。

 エクレールは勝利宣言をすると共に、魔力弾を軍服の男へと放った。


 それは、回避の容易な位置に放たれている。

 当然のように、軍服の男はそれを回避した。


 ――いや、回避させられたのだ。


「無意識に、貴様の回避は方向が定まっていた」

 エクレールの腕に、多量の魔力が込められる。


「一見規則性のないそれは、ある一点を避けていた」

 放たれる一撃は英雄にも匹敵しかねないほどの圧縮率が、遠目からでも伝わっていた。


「貴様の本能に刻まれていたのだろうよ。この巣を守るための、心臓が」

 軍服の男の真上には、奇妙な物体が天井からぶら下がっている。

 それは卵のようにも、胎盤のようにも見えた。


 それがなんなのか、詳しいことは誰もわからない。

 だが、これこそがこの巣の心臓であることだけは本能で理解できる。


「大本を絶てば、数的優位は崩れ去るよなァ!」

 謎の物体へと放たれる、エクレールの最大火力。

 それはもはや銃弾を超え、大砲の一撃と形容するべきほどの威力を誇っている。


「――――――!」

 声にならない異音を発しながら、軍服の男は飛び上がる。

 砲撃を食い止めるための判断だが、しかしその瞬間に男の敗北は決定した。


「取ったァ!」

 軌道上に待ち構えた彼方の拳が、飛び上がった瞬間の男を迎え撃った。

 ついに捉えたその一撃は、吸い込まれるように軍服の男の顔面を殴り飛ばした。


 軌道が予測できたからこそ実現した、必中の拳。

 意識よりも本能で動いたからこそ、この一撃は成立したのだ。


 鳴り渡る爆発音。

 地面へと叩きつけられた軍服の男の瞳に、初めて目の前の光景が映し出される。

 天井が崩れ、多数の落下物が地面を揺らす。


 最後までその虚ろな表情は変わらず、男は崩れ去る巣に飲み込まれた。


「走れ、崩れるぞ!」

 巣の破壊という任務を完了した英雄たちは、残った力で必死に足を動かした。

 勝利の凱旋と呼ぶにはあまりにも慌しいが、それでも彼らは晴れ晴れとした気持ちを抱いていた。




 巣が崩壊していく。

 建物の柱を数本抜き取ったように、連鎖的に崩落の規模が増していく。

 

 多くの謎は残っている。

 だが、少なくとも一つの巣は破壊に成功し、戦況は人類の優位に傾いた。


 ならば、それでいいではないか。

 そんな割り切りを抱きながら、エクレールは通信機で連絡を取る。


「……?」

 だが、様子がおかしい。

 

 本部への連絡は完了した。

 だが、残り三つの部隊への連絡が繋がらない。


 いや、そもそも。

 同時期に同種の部屋を発見したということは……とエクレールが疑惑を抱いていると。


『こ、こちら西部、部隊はか、壊滅――』

『少女が、少女が、ああ、化け物――』

『あ、アァ――』

 ノイズ混じりに届いたのは、西部、東部、南部からの切実な悲鳴。

 爆発音や金属音やなにかの潰れる音が滅茶苦茶に鳴り響く。


 そして音はゆっくりと音量を落とし、ノイズ以外の音は消え去った。


 ぐしゃりと、エクレールの手が通信機を握り潰す。

 短い通信内容は、この戦争がまだ始まったばかりであることを教えてくれていた。

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