戦争という名の芸術
戦場の神は砲兵であると説いたのは誰だったか。
とんだ笑い話だと思ってはいたが、まさかそのままの意味だとは。
目の前の光景に、時崎刹那はぼんやりとそんな感想を抱く。
「……本日の天気は、晴れ時々砲弾の雨なり」
双眼鏡を覗き込んだ先、人と怪物の争う戦場。
そこでは文字通り雨のように砲弾が降り注いでいた。
地形が変わるではないかと錯覚するほどの雨は、水ではなく土煙を盛大に広げている。
当然、味方への誤射などは起こらないようにエクレールが管理していた。
全身全霊の支援砲火とはここまでやるのかと、刹那の首筋に冷たい汗が一筋流れる。
徐々に土煙が収まり、星喰獣と英雄の姿が双眼鏡で捉えられるようになってきた。
輪郭がはっきりと見えるころには、最前線で英雄たちが一騎当千の活躍を見せている。
文字通り、一騎当千だ。
たった五人で数え切れないほどの星喰獣に立ち向かう姿は、文字通り物語の英雄にしか見えない。
風の刃が星喰獣を刻む。
幾多の病が星喰獣を蝕む。
血塗れの拳が星喰獣を貫く。
そして、いかなる暴威も英雄には届かない。
事実、三人の英雄はこれだけの激戦を繰り広げながらも一切の損傷を負ってはいない。
振るった爪が、魔道の盾によって見当違いの方向へいなされる。
かすり傷は即座に治り、初めからなかったように消え去っていく。
そして援護とばかりに砲弾が降り注ぎ、星喰獣だけがその数を着実に減らしていく。
戦線は少しづつ前進を繰り返し、一度たりとも後退はしていない。
これが、戦争。
戦闘とは違う、理によって構築された命のやり取り。
かつて絶望の代名詞であった星喰獣ですら、軍という存在を相手にすればまるで子供のようだ。
獣狩りの手順を踏んでいるかのごとく、人は怪物を追い詰める。
「っと、見とれてる場合じゃない……」
刹那は慌てて状況の把握に専念し、掴み取った通信機で報告を開始する。
了解。と短い返答が帰ってきたことに安堵し、グラスに注いだ水を飲む。
一息ついた刹那は改めて、英雄という存在の恐ろしさを感じていた。
「まあ、上ばかりを見れば基準も狂うか……」
英雄全てが怪物なわけではない。むしろ多数は凡俗といっていいだろう。
他ならぬ己自身がそうなのだからと、刹那は一人自嘲する。
だが、最前線に立つ奴らがとてつもない存在であることもまた事実だ。
今宮彼方。
聖辺輪廻。
七宝玻璃。
英雄の中でも頂点に立つ、例外中の例外。
人の枠を超えたとまで形容される彼らは、この世界に来るべくして来たのだろう。
ここではないどこかへ行きたい。
それは全ての英雄に共通する願いだが、その方向性と強度は千差万別。
刹那のようになんとなく願ったら来てしまった者も多い。
深刻で真剣な願いを抱いて英雄になったものなど、一割にも満たないだろう。
だからこそ分かる。
それこそが、英雄の条件なのだと。
刹那もこの世界に来た当初は、英雄という響きに一種の憧れを持っていた。
怪物に立ち向かい世界を守る、物語のヒーロー。
年頃の男として、そんな漫画のような存在に奮い立たないわけがない。
だけど現実は残酷だ。
物語というのは綺麗な部分だけを子供に見せているのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
戦うということの本当の理由に、当然のように刹那は恐怖した。
多少特別な力が手に入ったとはいえ、それがなんだという。
拳銃を渡されても、それが撃てるかどうかは別問題だ。
神様から授かった魔法の力は、凡人の精神までは強くしてはくれなかった。
戦える者と戦えない者の差は、結局はそこなのだろう。
刹那は内心、己が強くないことに安堵していた。
もし玻璃のように強力な魔法を宿していたら、きっと義務が生まれてしまうから。
極論、指先一つで世界を滅ぼす力を与えられていたらと思うとゾッとする。
人には向き不向きや器の問題が付きまとうのだと、自己嫌悪に陥りながらも考える。
双眼鏡を覗き込むと、意志や義務の塊が動き回っているように錯覚してしまう。
戦況報告と実態の把握が己の義務なのだと、刹那は仕事に専念する。
自分にできることをコツコツと。
それだけのことでいいのだから、凡庸な自分には感謝しかない。
安堵と嫌悪が入り混じり、心の奥がざわつくのを感じる。
仕事に専念すればきっと消えていくだろうと、刹那は目の前の任務に集中した。
それは現実逃避とも取れるだろう。
だけどそれでも、貢献する限りは誰に責められることもない。
せめてこの仕事だけはと、刹那は霞む目で戦場を見渡し続けた。




