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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
異世界戦争
28/91

幕間 行軍中の喧騒

 兵士によって建てられた仮設拠点の中心。

 あくまで周囲と比較してとはいえ、居住性を考えて作られた急造の住居に英雄は集まっている。


 兵でも将でもない英雄は、軍内部では特異な扱いだ。

 英雄召喚前に作成された形だけの規定は当然のように意味を成さず、徐々に実体験を反映し手探りを繰り返している現状。

 

 無理やりに例えるなら、さしずめ戦略兵器か。

 危険物を扱うように、しかし優遇されるという奇妙な扱いに困惑する者も少なくはない。


 しかし、何事にも例外は存在する。

 この北部侵攻部隊の英雄に限っては、そのような軟弱な精神とは無縁だ。

 四つの中で最も過酷と予測される北部組には、それ相応の面子が選ばれている。


 嘆きも不安も蚊帳の外。

 唯一噴出した不満点が気軽に外を出歩けないから退屈だという訴えなのだから、軍部ももはや気を遣う必要はないと判断している。 


 特異な者がなぜそうなのかなど考えるな。

 エクレールは動揺する部下たちにそう言い含めると、英雄の住処へ足を踏み入れる。

 そして当然ながら、その場はなんとも言えない雰囲気に包まれていた。



「…………むぅ」

 神妙な表情を浮かべ、リーリエが唸っている。

 不満と文句を飲み込んだかのような顔だった。


 リーリエが見つめる机の上に置かれているのは、本日の昼食だ。

 糧食用の干し肉と野菜を入れた暖かなスープからは、食欲を刺激する臭いが部屋中に広がっている。

 簡素ではあるものの戦地においては歓声すら上がりかねない内容の食事だが、どうやらリーリエにはその食事が不満らしい。

 贅沢なものだと周囲の者たちがあきれ返りそうになった瞬間だった。


「……贅沢すぎるのでは?」

 想像の真逆をいく理由に、周囲の空気が混沌に包まれた。

 平静を保っていたのは彼女をよく知る一部の人間だけだ。

 だから仕方なく、その中の一人である彼方がため息を付きながらリーリエへ向けて口を開く。


「向こうから手渡されたんだ、なにも遠慮をする必要はないだろう。別に食うのに困ってるほど軍が貧窮しているわけじゃないんだしさ」

「ですが、下士官の方々の食事にはこれほどの肉は入っていませんでした」

 皿に沈んでいた肉を掬い、リーリエは目を細める。

 己が恵まれていることが、少女には許せないらしい。


「そのくらいの優遇は甘んじて受け取れ、馬鹿」

「ば、で、ですが……」

「公平と平等は似て非なるものだ。優秀なものが優遇されるというのを示すのも上の義務だと考えろ。実力主義がミズガルズの持論なのだから」

 こんなことで文句がでるとはと、エクレールは頭を抱える。

 初めは不満そうにしていたリーリエだったが、切り返せる反論が思いつかなかったのかそのままスープを口に運ぶ。

 周囲を見渡すと、興味がないというように自分の食事をする者と面白い見世物だったとクスクス笑う者がちょうど半々といったところだった。


 玻璃が前者、輪廻は後者。

 彼方はその他の枠として、エクレールの説得方法に感心していた。


「本当に、融通の効かない奴」

「あら、自己分析ですか?」

 すねた口調のリーリエを、エクレールは笑って見つめる。

 そんな様子が気に食わないとリーリエは余計に機嫌を損ねるのだが、小柄な外見も相まって我が儘な少女がふてくされているようにしか見えない。


 本格的な戦闘が始まっていないとはいえ、ここは戦場のはずだ。

 だがこの室内、この時間に限っては日常風景のような穏やかな空気が流れていた。


「こんな頑固者が相方では、さぞかし英雄殿も苦労をするだろうさ」

「苦労しているのはこちらのほうです。いつもいつもカナタは無茶ばかり……」

「無茶はお互い様だろ」

 エクレールが最近気づいたことがある。

 彼方とリーリエ。この二人は最近こうやって言い争うことが多くなった。


 不仲、とはまた違った。

 今までどちらかが無意識に譲っていた部分を譲らなくなったのだ。


 良い変化だと、エクレールは思う。

 意見の衝突とは、つまるところ相手を見ているということだ。

 少なくとも、以前よりも二人は相手を知ろうと努力をしている。


「だから――」

「ですから――」

 いつの間にか口論はまったく別の議題へと変わり、周囲を無視して二人は言い争いを加速させている。

 子供の喧嘩にも見えるその様子に、エクレールは笑いを堪えた。


 子供の喧嘩ができるようになって前進とは。

 先はまだまだ長くなりそうだ。


 少なくとも、この行軍よりは長いだろうな。

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