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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
異世界戦争
25/91

正しさという正義

―――――ミズガルズ北部、アスガルト中央防衛戦線本部―――――

「よかったのですか?」

 エクレールの横から、間の抜けた声が聞こえる。

 戦地に立ちながらずいぶんと呑気なものだと、エクレールは呆れてしまう。

 

 声の主は、上層部より派遣された視察団の一人だ。

 定期的な質問を繰り返し手元の用紙に記述を繰り返す姿は、人生の大半を机の上で過ごしてきたのだろうと周囲に理解させる雰囲気を振りまいている。


「さて、なんのことやら」

「かの白百合の不参加は貴女方にとって大きな損失のはずだ」

 適当な辞令で連れてくればと話す男に、エクレールはあくまで平静に答える。

 戦場に立つという意味を正しく知らない痴れ者がと湧き出る感情を内心に押さえ込み、あくまでも形式上の礼儀を守った口調を崩さない。 


「本人の意向を無視すれば、待っているのは泥沼の精神戦だ。星喰獣だけでも手が回らない今の状況でわざわざ敵を増やす趣味はないのでね」

「ずいぶんと、まあ」

 甘い考えだと、男は笑う。

 軽薄な笑みは不快感を煽るものの、エクレールの表情は依然として変わらない。

 淡々と、前線の部下から届く報告を聞いて指示を出し続ける。


「第三部隊は後退しつつ負傷者の回収を急げ。後方の予備部隊は支援砲撃を続行、戦線を途切れさせるな。……ああ、後退は許可する。最優先すべきはこちらの戦力を維持することだ」

「第六部隊は索敵を怠るな。後方の野営陣地が完成し次第第八部隊と交代だ」

「第五部隊は西部の救援に向かえ。予想より敵の数が多い」

「第九部隊は散開した部隊を集めつつ遅滞戦闘に勤めろ、三百秒後に援軍が到着する」

 矢継ぎ早に届く報告を即座に纏め、数秒で結論を出す姿はまさに理想の将と呼べるだろう。

 その言葉には一切の迷いがない。だからこそ部下は信頼して指示に従う事ができるのだ。


「ずいぶんと消極的なことだ。後退を容易に許して、これでは星喰獣に攻め込まれ放題ではないか」

 しかし、現場を初めて体験する視察団には一分たりとも理解できないらしい。

 露骨なまでの悪感情を込めて、エクレールへと素人感覚の愚痴を垂れ流していた。


「……これは他国と行う従来の戦争とは違う」

 だから、エクレールは顔をしかめながらも己の意思を相手に伝える。

 余計なことを憶測で報告されてはたまったものではないと、ため息をつきながらだが。


「そして、星喰獣は領地拡大の為に攻め込んでいるわけではない」

 人が戦争を行うのは領地や資源の奪い合いのためだ。

 だが、星喰獣が攻めてくるのに人を襲うため以外の理由はない。


「つまり、戦線の維持には従来の戦争ほど固執する必要がない」

 真っ直ぐ向かってくる相手には引き撃ちが有効。

 これは基礎中の基礎ですがと、嫌味を多量に込めてエクレールは解説する。


「し、しかし――」

「ああ、もちろん理解はできますとも。理屈ではなく感情として、戦線は自国から離れているほうが安心できるということも」

 ニッコリとエクレールは笑う。

 もちろん、その笑みとは相反するように凍りついた視線を向けて。


「感情論を否定するつもりはないが、正しい理屈以外での否定を認めるわけにはいかないのだよ。なにせこちらは、人類の命を預かっているのだから。それでも文句があるというのなら、あなた方の大好きな数字で認めさせて差し上げましょうとも」

 

 人的被害。

 消費資源。

 撃退効率。

 エトセトラエトセトラ。

 そのいずれにおいても、あなた方の結果を上回ってみせるとエクレールは言い放つ。

 

 そして、視察の男はそれっきり口を噤んで書類に視線を固定した。

 ギリギリと歯噛みする音が小さく響くが、エクレールの耳には届かない。

 優れた結果を出し続ける以上、正しさという正義はエクレールにある。

 

 そして正義は、より優れた結果を求めてどこまでも動き続ける。

 今まで未使用だった魔道通信機が起動し、ノイズ交じりの音が流れ出す。


『偵察部隊第一から第四、出撃準備完了しました』

「了解、一六〇〇をもって作戦を開始する」

 今回の偵察の目的は、星喰獣発生の原理を特定すること。

 謎に包まれている星喰獣の情報を、一つでも多く持ち帰ることだ。


「繰り返し伝える。必ず生きて帰ってこい」

 返答を確認し、エクレールは通信を切る。

 己の手が震えていることに気がつき、押さえ込むように手を握る。


 英雄を使って一度失敗した偵察任務。

 周囲の反対を押し切った以上、エクレールには成功という結果が必要だった。

 そして、それ以上に。


「ああ、今だけは神に祈ろう。彼らの無事を、彼らの武運を」

 エクレールという人物は、リーリエとは浅からぬ仲である。

 そんな人物が優しくないわけがない。

 正しき軍人であろうとする彼女は否定するだろうが、それはどうしようもない事実なのだから。

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