受け継ぐ意志と繋ぐ遺志
ミズガルズ軍の本格参戦。
その速報は英雄たちの間でも即座に広まり、波乱を呼んだ。
動揺や不安に包まれる者。
己の不甲斐なさに憤る者。
軍の力を侮り、笑う者。
その反応は様々だが、少なくとも好意的に見る者は稀だ。
ほとんどの英雄は己の呼ばれた理由を揺らがせる軍隊の投入に懐疑的な視線を向けていた。
自分たちでは駄目なのかと、そんな独善的な思いを募らせている。
「ようやく、来てくれたか」
そして、その稀な例がほっと胸を撫で下ろす。
エクレールの報告を聞き、体を休めていた玻璃は僅かながら笑みを浮かべた。
「裏で色々と面倒な手続きを踏んでようやくだ。どうやら、上層部は単純な物事を無駄に複雑化したがる傾向があるらしい」
わざとらしいため息をつき、エクレールはやれやれと首を振る。
その目には僅かな疲労が見て取れ、手続きとやらに難儀した様子が見て取れる。
「とはいえ、お前たちの前で愚痴を吐くわけにもいかないだろう」
玻璃の姿を観察し、エクレールの口調が厳格なものへと変化する。
「俺の負傷など、他の英雄に比べれば」
そう自嘲する玻璃の肉体には、細かな傷が幾重にも刻まれている。
十分な休息が取れていないのか、その瞼には深い隈が現れていた。
「精神面での疲労は目に見えないだけに悪質だ。いいから今はしっかりと休むことに専念してくれ」
「……ああ、今は甘えさせてもらっているさ」
身体面での負傷は英雄たちの間で最も軽微といえる玻璃だが、その精神は既に限界が近い。
ただでさえ消費の大きい魔法の連続使用を繰り返した結果、現在の玻璃は全力の六割程度しかその力を発揮することができない状態にまで追い込まれている。
「だが、俺が動かねばならないのもまた事実だ。他は見ての通り、俺以上に酷い有様なのだから」
首を回し、玻璃は周囲の英雄たちを見渡す。
星喰獣と戦えるだけの力を持つ英雄全てが、治療を受ける為にこの部屋にいる。
それだけでも、今ミズガルズが陥っている状況を理解するには十分過ぎるだろう。
「刹那と漣は意識不明。不破は歩行困難。東雲は精神異常。半数が戦うどころかこの部屋から出ることも不可能な状態だ」
「……彼方と輪廻は」
エクレールが口にした名は、戦力という面で見れば英雄たちの中でも最高位に位置する二名だ。
玻璃、彼方、輪廻の三名が星喰獣のおよそ八割を討伐しているという事実だけでも、その力を疑う者は少なくともミズガルズには存在しないと言い切れる。
「輪廻は発作を起こしてクリミアが診ている。彼方は、言うまでもなく限界だろう」
だから、その報告にエクレールは肩を撫で下ろす。
本当に、間に合ってよかったと。
「彼方に話がある。場所は?」
「二つ隣の集中治療室だ」
改めて決意を決めるエクレールに、玻璃は短く返答する。
「改めて感謝を。そろそろ弱音の一つも吐いてしまいそうな地獄だった」
だが、そんな玻璃の言葉を聞いてエクレールは足を止める。
背を向けたまま、幾分か優しくなった声色で玻璃へと口を開いた。
「弱音など、いくらでも吐けばいい。英雄の仕事など、本来は我々が行うべきなのだから」
足りない言葉で紡がれたそれは、だからこそ虚飾の介在しないものだった。
返答も反応も待つことなく、エクレールは再び歩き出す。
「不器用なのは、お互い様か」
返事はなかった。
遠ざかる足音だけが、静かな部屋に響く。
そして、玻璃はゆっくりと眠りについた。
自分らしくもなかったかと自嘲し、しかし決して悪くはないと感じながら。




