地獄の末期戦
「――以上で、報告を終わります」
ミズガルズに存在する星喰獣対策本部の一室。
その場で報告を終わらせたエクレールはじっと目の前の相手を見据えている。
「英雄の活躍により死傷者は軽微。結果としては上々と言えるだろう」
報告を聞いたオルデンは、今回の結果をそう纏める。
だが、その顔に笑みはない。
むしろ最悪だとでも言いたいのか、苦虫を噛み潰したような表情を必死に押さえ込んでいる。
「度重なる襲撃は徐々にその頻度を増してきています。端的に言って、限界かと」
エクレールもまた、オルデンと同じ考えだ。
騙し騙し続けている防衛線は、既に多くの綻びが発生している。
「一対一ならば、英雄は余裕で勝利できる」
そう、純粋な戦力の質で語るならば、英雄の力は偉大である。
星喰獣をも上回る武力は、言うまでもなくミズガルズの最大戦力だ。
「だが、数が違い過ぎるのだ――!」
日増しに増えてゆく星喰獣の侵攻。
少数精鋭の英雄たちでは四方より襲来する星喰獣全てに手が回らない。
結果、ミズガルズは強制的に永劫の防衛戦を強いられている。
「想定外が重なった結果とも言えますが、これもまた予想はできたはずでは?」
エクレールの視線が、相手を咎めるものへと変化する。
だから自分は英雄召喚には反対だったのだと、無言の圧力を目の前の上官へと向けていた。
「銃を与えれば素人でも人は撃てます。ですが、獣は撃てない。それは狩人の仕事だ」
星喰獣を甘く見たのが第一の失態。
英雄を過大に評価したのが第二の失態。
魔法という神からの授かり物を盲目的に受け取ったのが第三の失態。
いかに強大な力を与えられたところで、ほとんどの英雄は平和な世界に生きてきた一般人だ。
戦う覚悟も、命の重さもまるで知らなくて当然と言えるだろう。
その結果が第一次偵察の凄惨な敗北なのだと、エクレールは語る。
「わかっている!」
ドン、と強く拳を打ち付けた机が揺れる。
山のように積まれていた書類の一部が崩れ、床へとばらまかれた。
荒げた呼吸を深呼吸で強引に落ち着け、オルデンはエクレールへと問いかける。
「……残っている英雄は」
「戦力となるのは現在八名。内六名が活動に支障の出る負傷をしています」
エクレールの報告はミズガルズの現状を端的に言い表している。
たったの一月程度で、すでに末期戦とでも言うべき状況。
支援兵の損失も看過できる基準値を大幅に通り越している。
そうだ、もはや猶予は存在しない。
悲壮な決意を眼に宿らせ、オルデンは目の前の部下へと命令を下す。
「もはや予備戦力を抱えておく理由はない。力を貸してくれ、エクレール」
「指揮官に、前線へ出ろと?」
エクレールの眉が僅かに上がる。
苦々しげな顔を隠すこともなく、オルデンは震える声で言葉を紡ぐ。
「もはや前線も後方もあるものか。戦線を押しとどめなければ待っているのは破滅の二文字だ」
「了解しました。そう、命じられるのであれば」
即座に言い放つ同意は軍人として当然のものだ。
だが、その表情は上官に向けるべき顔とはかけ離れていた。
「ミズガルズの軍人として、世界防衛の任務を完遂いたします」
平坦な声には似合わない、嗜虐的な笑みがうっすらと浮かぶ。
形式上の敬礼を済ませ、エクレールは退出した。
「……クソッ!」
抑えきれない感情を吐き出すように、オルデンは目の前の机を蹴り飛ばす。
そうだ、英雄召喚の儀式の際、我ら上層部は認識していた。
ミズガルズの軍隊では、星喰獣には太刀打ちできないと。
直接的に宣言したわけではないが、向こうも理解はしているだろう。
新たな戦力を呼び寄せたと言うことは、つまりはそういうことだ。
貴様らは役立たずだと宣言した相手に、助力を願わなければならない状況。
わかっている。己のプライド一つと世界など、釣り合いが取れるようなものではない。
だが、理屈と感情は別問題だ。
オルデンの脳内では、様々な感情が渦を巻いて混ざり合っている。
混沌と呼べる心の激流に、思考と理論が追いつけていない。
「だが……」
そう、もはやこれ以外に手段はない。
英雄はミズガルズの最終兵器だ。これ以上の損失は世界の破滅を意味している。
せめて、時間を。
英雄たちが完全に回復するまでの時間を稼いでくれれば、取れる戦術は確実に増加する。
噛みしめた歯が軋む。
握り締めた拳が皮を突き破り、血を流す。
そして、男は一人祈りを捧げる。
この選択に、どうか結果を残してくださいと。
この選択が間違っていなかったことを、一刻も早く証明してくださいと。




