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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
異世界戦争
20/91

開戦の火蓋

 ―――――ミズガルズ西部、ウートガルズ第四防衛線―――――


 そこはまさしく、地獄の一部だった。

 数分前にくだらない冗談で笑っていた友人が次の瞬間には肉塊に姿を変える。

 友の仇と飛び出した男が瞬時に友の後を追う。

 悲鳴と怒号と叫びが混ざり合い、この世のものとは思えない音が広がっていく。

 

 まさに阿鼻叫喚。

 小規模な地獄の再現がその場では行われている。


「た、助け……!」

「通信途絶! 至急救援を――」

「本部からの返答はまだかぁ!」

「治癒魔術兵は至急こちらへ――」


 四方から聞こえる生への渇望。

 だが救済の手は訪れず、救いを望む声は周囲の轟音に飲み込まれて消えていく。


「本部、ここはもう限界だ。撤退の許可を!」

「遺憾ながら許可できない。友軍の到着まで持ちこたえよ」

 魔道通信で聞こえる返答は事実上の死刑宣告だ。

 一分一秒を生き残るだけでもどれだけの奇跡を潜り抜けなければいけないのか。

 いつ来るかもわからない友軍を支えに立ち向かえと?

 ふざけるなと叫び、男は通信機を投げ捨てた。


 そして、死の恐怖は平等に訪れる。

 戦地へと振り向いた視界の先に、新たな影が浮かび上がった。


「敵増援、星喰獣です!」

 そんな叫び声に、周囲から幾重にも悲鳴が漏れる。

 現状でも押しとどめるのが限界だったところに敵増援の到着。

 それはこの場にいる全ての人間から希望を奪い去るには十分過ぎる宣告だった。


「クソったれがぁ!」

 男は怒りを滲ませながら、目の前の星喰獣へと走り出す。

 命を懸けるのは部隊長という立場を守るためだと己を騙し、共に戦う戦友を見捨てられない自分自身の甘さから目を逸らして。


「消し、飛べぇ!」

 部下を襲う星喰獣へと繰り出される銃撃。

 魔力弾の乱射は装甲を打ち抜けないまでも、足止めという成果を残す。


「今のうちに走れ!」

 部隊長の叫びにハッと我に返った兵士たちは、もつれる足を必死に動かし離脱を試みる。

 這いずるような動きで逃げ出す兵士たちの目には、恐怖と感謝による二重の涙が浮かんでいた。


 残弾を撃ちつくすまではこの足止めも続く。

 だが、それは対象が一体のみの場合だ。


 銃撃音を聞きつけ、周囲の星喰獣が部隊長のもとへと集まっていく。

 ゆっくりと、しかし確実に死神は近づいてくる。


「……くそ、なんで逃げなかったんだ」

 跳ね上がる銃身を全身で支えながら、部隊長はそうぼやく。


 自分一人だけなら逃げ出せたかもしれない。

 当然敵前逃亡は銃殺刑だろうが、この場で死ぬよりは逃亡のほうが生きる可能性が残っている。

 どうして、無駄なプライドや無意味な友情を優先してしまったのだろう。

 考え無しに行動して、その結果がこれだ。

 まったく笑い話にもならないと、男は己の行動を後悔する。

 

 そうだ、男はただの人間だ。

 勇者でもなければ、英雄でもない。

 自分の身が一番大切で、なのに格好をつけて後悔する。

 そんな、どこにでもいる普通の凡人なのだ。


「ちくしょう……なんで」

 胸に浮かぶのは後悔の二文字。

 心臓を締め上げるような恐怖が、その身を蝕んでいく。


「ヒッ――」

 そして、その時は訪れる。

 銃弾を撃ちつくすと同時、四方から星喰獣が男へと飛び掛る。

 恐怖による反射で銃を手放し、男は目を閉じて蹲る。


 永遠に近いほどに引き伸ばされた走馬灯。

 いつまでも残る意識がどうしようもなく恐ろしい。



 そこで、男は異変に気づく。

 どうして、自分はまだ生きているのか。

 うっすらと目を開くと、その両目には想像とは異なる景色が写っていた。


「――待たせたな」

 眼前には、剣を持った男が立っていた。

 兵士たちとは違う、見たことがない奇妙な服を身に纏った男だ。

 涙を乾かすように、周囲には強い風が吹き荒れている。


 眼前の剣士が剣を振るう。

 たった一振りで、周囲の星喰獣が細切れに分解された。


「……は?」

 間抜けな声が漏れる。

 目の前の光景が、現実のものとして受け入れられない。


 徐々にその結果が脳内に浸透して、ようやく確信する。

 己が命を救われたという、単純な結果を。


「英雄の到着だ。よく今まで持ちこたえてくれた、感謝する」

 剣士は薄く笑うと、人外の速度で前方の星喰獣へと踊りかかる。

 ハッと辺りを見渡すと、同様の光景が各地で繰り広げられていた。


 到着した援軍は英雄が五名。

 たった五人の増援は、諦めず戦った全ての兵士を救う救世主だった。


「これが、英雄……」

 英雄でない男は、呆然とその光景を見ていることしかできない。

 逃げることも、共に戦うことも意識から消え去ってしまう。


「生存者は走れ!」

 背後から声が響き、ようやく体が動く。

 全身に包帯を巻いた英雄に誘導されて、生存者たちは地獄からの脱出を成功させた。


 安全圏にまで離脱した安堵に包まれ、力が抜ける。

 とうに限界だった肉体は膝から崩れ落ち、顔面を強く打ち付けた。


「歩けるか?」

 すまない、と差し出された手を取った瞬間、男はハッとする。

 手を差し伸べたのは、顔に、腕に、足に、全身に包帯が巻かれた傷だらけの男。

 負傷兵のような外見の男は、ミズガルズでは最大級の有名人だ。

 

 傷だらけの英雄。

 己の身を犠牲に、世界と戦う存在。


 英雄は立ち上がった男の肩を軽く叩くと、戦地へ向かって走り出す。

 揺れる包帯の白色が、景色から浮いて残像のように残っていた。

 超常の力を手に星喰獣へと戦いを挑む英雄の姿が消えていくのを、男はじっと見つめていた。



 彼らはその体験を生涯忘れる事はないだろう。

 英雄に救われた物語の脇役として、その体験を後世に伝えるために。


 彼らは後に、英雄譚の語り手となるのだ。

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