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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
異世界への招待状
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プロローグ 始まりを告げる英雄譚

 目の前の光景に、リーリエは頭を押さえてため息をついた。

 視線の先にあるのは、毎日露店や行商人で賑わっている中央広場。


 だが今日ばかりは違う。

 露店が立ち並んでいたはずの噴水近くには、大きな召喚魔法陣が鎮座している。

 その周囲には、国王をはじめとする重鎮たちが勢揃い。

 そして集まった国民たちに、今も盛大な演説が行われていた。


 ――これは、英雄の誕生であるだの。

 ――世界の危機に立ち向かう、偉大な英雄の為にだの。

 ――英雄のためにこの身を捧げる栄誉だの。


 英雄、英雄、英雄。

 聞いていて頭痛がする。

 綺麗事を並べるだけの薄っぺらい言葉に、国民が沸きあがっているのだ。

 世界を救う英雄の登場を今か今かと待ち焦がれている。

 ああどうしてこんなにも人間は愚かなのだろうと、神に祈りを捧げたいほどだった。


「気分が優れないようだが、奥で休んではどうかね?」

 だから、そう声をかけられたときにリーリエは珍しく苛立ちのこもった声を漏らしてしまった。

「別に大丈夫よ、エクレール。あなたの心中よりはよっぽど穏やかだろうから」

 エクレールと呼ばれた女は、その言葉に苦笑いを浮かべた。

 ああ、やはりこの少女は聡明な人物だと声に出さずに笑う。


 目の前では、言葉の種類を少し変えただけで内容の変わらない演説が今も続いている。

 

「この世界には、危機が迫っている!」

「このユグドラシルに、崩壊の危機がだ!」

「諸君らも物語で目にしたことはあるだろう、あの『星喰獣(せいしょくじゅう)』だ!」


 星食獣。

 それは、子供の読む英雄譚に登場する怪物の名前だ。

 人を襲い、破壊と破滅を体現する恐怖の存在。


「そうだ、星喰獣は実在する!」


 そう、それは物語の中に存在する虚構ではない。

 二百年前に世界を破滅の寸前にまで追いやった、実在する怪物なのだ。


「だからこそ、我々は英雄を出迎える!」


 かつての先祖がそうしたように。

 英雄によって救われた二百年前を再現する為に。


「さあ、まもなく英雄が現れる!」


 民衆の声は期待と歓喜に満ち溢れている。

 世界を救う英雄を、待ち望んでいる。


「――馬鹿みたい」

 だからこそ、そんなリーリエの声は民の耳には入らない。

 それは救いか、あるいは悲劇か。


「まあ、そう言うな。救世主を待ち望む民の期待は、まあ理解できるさ」

 そう言って、エクレールはリーリエに冷えた水を手渡した。

 リーリエはその水を一息に飲み干すと、冷めぬ怒りを言葉に乗せる。


「綺麗な言葉で精一杯誤魔化したところで、こんなのただの徴兵令じゃないの」

「――そうだな。ああ、そうだ」


 リーリエの言葉に、エクレールは瞳を伏せる。

「どれだけ虚飾しようとも、やっていることは強制的な徴兵となにも変わらない。いや、むしろ別世界の人間を呼び出すだけ余計にタチが悪い」


 想像すればすぐに分かる事だ。

 突然何も知らぬ異世界に呼び出され、世界の危機に立ち向かってくれと懇願される。

 命の危険を伴う戦場に心の準備もろくにできずに放り出されるのだ。


「そんな苦難を他人に背負わせて、どうして笑っていられる」

 みしり、と。

 エクレールの持つグラスに亀裂が走る。

 必死に隠してはいるが、その内心は嵐のように荒れ狂っているのだとリーリエは理解していた。


「―――――!」

 そうして話していると、喧騒が一段とその規模を増した。

 連動するように魔法陣の光が強くなり、周囲に描かれた紋様が徐々に回転していく。


「始まったか」

「ようやく、いえ遂にかしらね」

 そして光が中央広場全体を覆ったと同時に、魔法陣が消え去った。

 

 喧騒の中心に現れたのは、数十の人間。

 この世界では見たこともない服装に身を包み、不安そうに辺りを見渡している。

 ざわざわと、戸惑いや混乱が大きくなっていく。

 無理もないだろう、突然見知らぬ世界が広がっているのだ。

 まずはこの現実を受け止めて貰うため、衛兵たちが彼ら英雄の卵へと歩いていく。


「さて、私も向かうとするか。仕事の時間だ」

 エクレールが手を振って歩き出すのを、リーリエはぼんやりと見つめていた。

 眼前の光景を滑らせるように眼球が移動する。


 が、突然リーリエの視線が固定された。

 視線の先には一人の英雄の卵。

 倒れ伏したまま動かない一人の男に、リーリエの瞳は固定された。


「…………あれ?」

 気がつけば、リーリエは早足で駆け出していた。

 脳内と肉体が別の生き物になったかのように、何故動いているのかが自分でも理解できない。


 自身の行動に疑問を持っているうちに、いつの間にかリーリエは男の目の前に立っていた。

 

 男は死んだように倒れていた。

 だが微かな呼吸音と連動して体が動いており、かろうじて生きてはいることを示している。

 

 どうして、この男に意識が向いたのか。

 怪我をしている者、倒れている者ならば他にもいる。

 どうして、この男なのか。


 全身に生傷が刻まれ、手足は枯れ木のように細い。

 だが、その手は何かを求めるように前へと伸ばされていた。


 だからだろうか。

 その姿に、何故だか目が放せないと思ったのは。


 ただ無言で、リーリエは伸ばされた手を取っていた。

 傷だらけの手は微かだが、確かに生命の鼓動を伝えるように熱を持っている。



 そして英雄譚は幕を開ける。

 これはその序章である。

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