弱者の意地と真空の刃
嵐が吹き荒れる。
大地が揺れ、大気が震え、天が嘶く。
その嵐は一振りの剣から生まれ、次々と生まれる風の刃が剣の持ち主を切り裂いていた。
彼方の体は血に塗れ、古傷を上書きするように新たな傷が増えていく。
傍目から見れば、それは完全な自傷行為だ。
己の刃で己を切り裂くその姿は、狂ってしまったのかと周囲に見られても仕方が無い。
だが、その目には強い決意と信念の炎が宿っている。
傷が増える度に増していく彼方の魔力。
上昇する魔力に比例するように、風の刃はその数を増していく。
風の刃が彼方の傷と魔力を増やし、増えた魔力が刃を増やす。
傷と共に力を増す姿はまるで悪魔のようにも見える。
息を切らし、霞む意識を繋ぎ止め、彼方は限界までその力を高めようとしていた。
「gaaaaaaaaaaa!」
しかし、星喰獣がそんな彼方を黙って見ているわけがない。
異常な魔力の増大を本能で警戒したのか、嵐に飛び込み彼方を狙う。
今の彼方に、星喰獣の攻撃を回避することはできない。
だが彼方の表情には焦りではなく、静かな笑みが浮かんでいた。
「頼むぞ、性悪女」
「任されたわよ、性悪男」
横合いから割り込んで現れた人影の正体は聖辺輪廻。
足止めという無理難題を果たすため、限界まで高めた魔力を解き放つ。
「撃退は無理でも、足止めならッ!」
ただの攻撃では、星喰獣には届かない。
ならば狙うのは足元の一点。
輪廻は両手に込めた魔力を地面に解き放ち、星喰獣の進行方向に大穴を空ける。
地面が爆散し、大量の土が舞い上がる。
そこに生まれたのは即席の落とし穴。
身の丈以上の深さにまで空いた大穴は、星喰獣の巨体すらも覆い隠す。
数瞬の後、舞い上がった土が巻き戻しの映像のように降り注ぐ。
星喰獣を大地へ埋める為に、降り注ぐ土が大穴を塞いだ。
「これなら、って……!」
そんなに甘くはないかと、輪廻が自嘲する。
再び大地が爆ぜる。その中央では星喰獣が爆音を響かせていた。
埋める事による無力化も不可能。
相変わらずの猛威に、輪廻の顔には珍しく冷や汗が浮かぶ。
「まるで化け物……って、見たまま、化け物か」
そんな軽口も状況の好転には役に立たない。
舌打ちをすると、輪廻は星喰獣へ向かって駆け出した。
この場に、その蛮行を止める者はいない。
できればやりたくはないと言いながら、輪廻はその身に魔力を巡らせる。
魔法の使用。
輪廻に残された作戦はそれしか残っていない。
だが、彼方やリーリエがその姿を見れば全力で輪廻を止めるだろう。
輪廻の魔法は一方通行の転移魔法だ。
己の持ち物と認識したものを、触れた相手に分け与える。
なるほど、それは補給や治癒には役立つだろう。
しかし純粋な戦闘において、この魔法は一切の武力を発揮しない。
挙句の果てに輪廻は重篤な病に犯された病人だ。
裏技ともいえる体力や精神力の譲渡も、本人の持つ絶対量が少ない為にほとんど不可能である。
故に、輪廻は相性の悪い魔法を受け取った不運な英雄として冷遇されていた。
「だけど」
そう、だけどそれがどうした。
輪廻の心は、そんな冷遇や哀れみを意に介さない。
見くびるな、見下すな、哀れむな。
これが私の力だと、輪廻は星喰獣へ向かって吼える。
「私を、舐めるんじゃない!」
距離を詰めるたびに激しくなる星喰獣の攻撃を、輪廻は紙一重で回避する。
回避、回避、回避、回避、回避。
恐れを投げ捨て、死線を潜る。
じわじわとその距離が近づき、そして隙を見ての跳躍。
そして遂に、その手は星喰獣へと届いた。
「とっておきの、裏技ァ!」
星喰獣に触れた腕が輝きだす。
それは魔法を発動した証。
己の持ち物を、星喰獣へと譲渡する。
「g、gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa?!」
その瞬間、星喰獣が暴れだした。
言葉が伝わらなくとも、その光景だけで心境の理解は可能だ。
戸惑い、混乱、そして、痛み。
内部から絶え間なく溢れ出る痛みに、星喰獣は苦しんでいる。
それはこの怪物が始めて味わう、傷ではない苦痛だった。
「獣相手に効果があるかは賭けだったけど、成功してよかったわ……」
暴れた星喰獣に弾き飛ばされ、地面に倒れながら輪廻は笑う。
そう、これこそが奥の手の中の奥の手。
輪廻が譲渡したのは輪廻の持つ病の一部だった。
無数に持つ病気の一つ、重度の呼吸器系の病気。
星喰獣がいかに化け物であろうと、その正体は獣、つまりは生き物だ。
酸素を取り込めなくなった生き物は皆等しく苦しみ、死に至る。
輪廻自身も、クリミアの治療魔術を受けていなければ数分で意識を失うだろう。
そんな苦しみを味わった星喰獣は、今も苦しみ暴れまわっている。
目の前に立つ男に、気を払う余裕もないほどに。
「さあ、あとはあんたが決めなさい」
「その魔法の正体は後で聞こう。今はとにかく、よくやってくれた」
今ここに真空の刃は完成した。
無尽蔵に高まる魔力の刃は、既に本家本元である玻璃をも上回る規模に達している。
「――これで、終わりだァァァ!」
振り下ろされる真空の一閃。
その斬撃は星喰獣を容易く両断し、その勢いのまま大地を切り裂く。
悲鳴を上げる暇もなく、星喰獣は遂にその活動を止める。
綺麗に二等分された体が一度大地を揺らすと、残ったのは残響のようなそよ風だけだ。
その光景を見て、彼方は膝から崩れ落ちる。
甚大な負傷に加えて、多量の魔力を急激に使用した反動が肉体の活動を強制的に停止させる。
薄れる意識の中で、こちらに駆けつけるクリミアの姿が彼方の目に映る。
その瞬間、彼方の意識は完全に途絶えたのだった。




