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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
異世界への招待状
18/91

幕間 英雄の義務

「――玻璃?」

 そして目にしたのは、傷だらけで倒れ伏す玻璃の姿だった。


 傷は相当に深く、呼吸するたび小刻みに震える振動すらも今の玻璃には苦しいようだ。

 軋む体に顔を歪めながら、その目は強く正面の彼方を見据えている。


「勝算は、あるのか」

 余計な言葉を一切挟まず、玻璃はそう問いかける。

 傷ついた体で向かって、お前に勝ち目はあるのかと。


「……それ、は」

 喉に異物が詰まったかのように、彼方の声が止まる。

 なにかを言おうとして、しかしなにも言えない。

 事実、今の彼方に勝利の未来など見えてはいないのだから。


 玻璃の様子を見ればわかる。

 この男もまた、あの星喰獣に吹き飛ばされてここにいるのだろう。

 

「勝算は、無い」

「ならば、無駄だろう」

 そう、勝ち目が無いのに向かったところで生まれるものは新たな死体だけだ。

 玻璃の言葉はどこまでも正しく、正論だ。

 

「だけど」

 それでもと、彼方は前を向いた。


「行かなくてはいけない。いや、違うな……」

 己の感情を把握できていないのか、彼方はぶつぶつと独り言のように言葉を紡ぐ。

 心に浮かんだ想い、それに従って行動しようとしている。


「どうしてかわからないけど、行きたいんだ。九割九分勝てずに死ぬとしても、残りの一分に賭けて戦いたい。大切ななにかを、守りたいんだ」

 途切れ途切れに、自分自身で確かめるように彼方は話す。

 口にすることで、心の奥に眠る感情を整理する。


「そうか」

 玻璃は懐からなにかを取り出し、彼方へと放る。

 小さな白い宝石のようなそれは、淡い輝きを放っている。


「これは?」

「星結晶だ」

 聞き慣れない単語に、彼方は首をかしげる。


「想像しろ、一番強大な力を。星結晶はそれを形に変える魔道具だ」

「強大な、力……」

 彼方の心に、ある光景が鮮明に浮かぶ。

 それは風の刃。全てを切り裂く嵐を呼び起こす暴風。

 

 その思いに答えるように、星結晶は強い輝きを放つとその姿を変える。

 彼方がゆっくりと目を開くと、その手には見覚えのある一振りの剣が握られていた。

 

「これ、は」

 呆然とする彼方に、玻璃はクツクツと堪えきれない笑いを漏らす。

 よりにもよって、ソレなのかと。


「搾りカスとはいえ、俺の魔力を込めてある。その剣なら、星喰獣相手でも通るだろう」

 どこか不思議そうに、玻璃は笑っている。

 肉体の痛みに顔を引きつらせながら、それでも笑わずにはいられないと。


「どうして」

 彼方にはわからなかった。

 どうして、これを自分に託したのか。


「なんだ、気になるのか」

「気になるから、動けないんだ」

 足を止めて、彼方は玻璃へと向かい合う。

 どうして、この星結晶を託したのか。その答えを聞くために。


 数秒間の沈黙が流れる。

 玻璃は軽く深呼吸をすると、ゆっくりと口を開いた。


「――俺は、貴様が気に入らなかった」

「だろうな」

 初対面の印象は、お互いに最悪といってもいい。

 そして、そこから好転するような出来事があった覚えも彼方にはなかった。


「俺たちは、世界を救う為に呼び出され力を授かった」

 それは玻璃の心。

 この男が抱える、源泉の思い。


「ならばこそ、この力を持つものは報いなければならないだろう。世界に、人々に、そして力を授けた神に。それが俺たち英雄の義務であり、使命だ」

 それは一種のノブレス・オブリージュ。

 力を持つのだから、力を役立てよという強者の理論だ。


「だから、俺は貴様が許せなかった。力は弱く、意志も弱い。そんな英雄が存在すると言うことが俺の心を苛立たせた」

 彼方は黙って、その言葉を聞いている。

 周囲から己がどう見られているのかは、多少なりとも理解しているつもりだ。

 だが、このような思想は彼方の理解から外れている。


 歪んだ義務感。

 それこそが玻璃の抱える英雄像だった。


「だが、今は違う。負けたのは俺で、勝ったのは貴様だ。業腹だが、貴様のほうが強いということは既に証明されている」

 だから、貴様に託したのだ。


 そして玻璃はそのまま口を閉ざした。

 これ以上は言わせるなと、無言で彼方を促している。


「…………」

 もう、彼方はなにも言わなかった。

 剣を手に、全速力で走り出す。

 そんな彼方を後押ししているのか、風が道案内をするようにまっすぐ吹いていた。



「――行ったか」

 その様子を、じっと玻璃は見つめている。

 その口元には薄い笑みが浮かんでいた。


「ああ、よりにもよってその剣か」

 風の剣、真空の剣。

 それを彼方は、力の象徴として思い浮かべた。


 それは順当に考えれば、鮮度の話というだけだろう。

 ここ最近の出来事で、最も印象に残っていたものを思い浮かべたにすぎない。

 

 だけどそれでも、玻璃の胸には言語化できない不思議な感情が生まれていたのだった。

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