歪んだ平行線
怪物の暴威は、人の限界を容易く振り切っている。
腕を振るえば地を割り、天を割き、人を潰す。
そう、怪物とは存在そのものが破壊の体現なのだ。
「がッ――!」
防御に回れば即死する。
回避したはずなのに風圧で揺らぐ体に、彼方はそう判断を下す。
事前に聞いていた以上の力は、直撃しなくてもその威力を十全に伝えている。
飛び散る土の弾丸が、英雄の肌を強く叩く。
一瞬でも油断をすれば、己の肉体が同じように飛び散るのだろう。
「gaaaaaaaaa!」
「ッチィ!」
脚力に魔力を回し、かろうじて回避。
隙を晒した星喰獣へと、彼方はすぐさま反撃に移る。
振り下ろされた前足を足場にした、顔面への蹴り。
魔力によって強化された攻撃は、吸い込まれるように直撃する。
「aaaaaaaa!」
だが、彼方の一撃は微塵も利いてはいない。
虫を払うように、彼方は怪物に弾き飛ばされる。
回避はできる。
攻撃も当たる。
だが、これは戦いにすらなっていない。
「純粋に攻撃が効いてないって、ふざけるな……!」
口に残った血と共に愚痴を吐き捨てて、彼方は再び星喰獣の元へと駆け出した。
彼方が攻撃を引き付け、反撃を加える。
回避しきれない攻撃にはリーリエが盾となり、彼方を守る。
その隙に輪廻たちが負傷兵を回収、まだ生きている命をクリミアへと送り届ける。
一瞬の油断で崩れ去る均衡をなんとか作り出し、時間稼ぎは成功している。
それはいつ崩れるかもわからない砂上の楼閣。
だが、未だ周囲には血まみれの負傷兵が助けを求めているのだ。
「ッ……」
「グッ、うぅ……」
リーリエの魔道防壁に、一筋の罅が入る。
瞬間ごとに消費され続ける精神と体力。
たった一撃で全てが終わるというプレッシャーが、想定以上に二人の精神を蝕んでいる。
「なのに」
そう、なのにこちらの攻撃は一切通用しない。
彼方の魔力では力不足。
リーリエの魔力は十分だが、星喰獣を食い止められるのはリーリエだけだ。
全力で防御せざるを得ないこの状況で、攻めに回す力など残るわけがない。
よって、有効な火力がこの場には存在しない。
「それならッ!」
彼方は捨て身で、星喰獣へと突貫する。
そうだ、足りないのなら増やせばいい。
彼方の“狂戦士”ならばそれが可能だ。
掠めるように、振るわれた爪を迎え撃つ。
計算通りの一撃は、しかし彼方の眼前で動きを止める。
「ぐッ……あぁぁ!」
「リーリエッ?!」
展開されるリーリエの魔道防壁。
正面から受け止めた代償に、リーリエの喉から悲鳴が漏れる。
予期せぬ行動に慌てた彼方は、急いでリーリエへと視線を向けた。
「無事、ですか……?」
そう彼方を気遣うリーリエだが、その声は弱々しい。
魔道障壁の反動を受けた影響か、右腕が持ち上がることなくゆらゆらと揺れている。
「どうして――」
「傷つかないでと、言ったはずです」
彼方の言葉を遮り、リーリエはそう口にした。
弱々しい声で、しかし決意ははっきりと。
「嫌なのです、傷つく姿を見るのは。嫌なのです、苦しんでいる姿を見るのは」
今にも崩れ落ちそうな体を必死に支えて、ゆっくりと話す。
なのに、どこかその姿にはしっかりとした強さがあった。
「平和で、幸せで、笑っていてほしい。そう願うのは、ねえ」
いけないことなのでしょうか。
そうリーリエは話し、そのまま倒れた。
糸の切れた人形のように。
電池がなくなった機械のように。
「リーリエ!」
駆けつけた彼方は、急いで生きているのかを確かめる。
意識は無い。
呼吸はしている。
それは、急激な魔力の消費によるブラックアウトだ。
ひとまず、生きているという事実に彼方は安堵する。
生きていて欲しい。その思いは数少ない、彼方の願いだから。
「aaaaaaaaaa!」
そんな意識の隙間を縫うように、星喰獣が彼方の元へと突進する。
回避は容易、だがそうすると背後のリーリエへの命中は避けられない。
「おおおおおぉ!」
だから、その選択に迷いはない。
正面から、この暴威を迎え撃つ。
その結果に、後悔はしないと誓って。
そして、彼方の意識はそこで途切れる。
「……ここ、は?」
彼方が目を開くと、そこは見覚えのない景色だった。
同じような平地だが、周囲に血や悲鳴が存在しない。
ただ前を見つめるだけのぼやけた頭へ、急激に情報が流れ込む。
「そうだ、俺は」
急いであの星喰獣の元へと向かわないと。
判断材料は少ないが、それだけは今の彼方にも理科できる。
おそらく、星喰獣に吹き飛ばされたのだろう。
景色が変わるほどの一撃を受けた代償に、内臓が傷つき、骨も何本か折れている。
通常ならば意識を保つのすら難しい重傷だが、そんなもの彼方には関係がない。
「そうだ、痛いくらいで倒れていてどうする……」
足は折れていない。
ならば歩ける。
歩けるなら問題はない。
痛みは我慢すればそれでいい。
地面に残る削れた跡。
恐らく吹き飛んで転がってきた際に付いたのだろうと彼方は判断し、おおよその方角を見当付ける。
「待て」
そうして駆け出そうとした彼方に、背後から声がかけられた。
咄嗟に足を止め、振り返った彼方。
「――玻璃?」
そして目にしたのは、傷だらけで倒れ伏す玻璃の姿だった。




