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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
異世界への招待状
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英雄の旅立ち

 ユグドラシルの中央に位置する最大国家、ミズガルズ。

 多くの人間が行き交うそこは今、過去最大の喧騒に包まれている。


 集まった多数の英雄が、今まさに旅立とうとしていた。

 目標は、星喰獣の存在が確認された西の果て。

 遂に始まる人類の戦いへ向けて、戦闘員も非戦闘員も等しく胸の決意を燃やしている。


 それは英雄の旅立ち。

 魔道馬車に乗せられた英雄たちは、国民の肥大化した期待をその身に受けていた。


 今回旅立つ英雄は二十人。

 成績上位者を中心とした、実践レベルと判断された精鋭である。

 

 そして英雄たちに付き従うパートナーも同じく二十人。

 補給や移動などの支援要員が三十八人。

 累計七十八の希望が、会戦の火蓋を切るために走り出す。


 当然、その中には今宮彼方の存在もあったのだが。

 その扱いは、他の英雄とは少し違うものとなっている。


「遂に、始まるのですね」

 呟くように、彼方の隣でリーリエはそう口にする。

 その声色からは重度の緊張が滲み出ており、手足は小刻みに震えていた。


 他の英雄と比べると、彼方の馬車に乗っている人の数は半数にも満たない。

 広々とした車内は馬車とは思えないほどの快適な空間と化しているが、その幸福を喜ぶものはほとんどいないだろう。


 これは特権ではなく、一種の隔離なのだから。

 その証拠に、この馬車に乗っているのはいわゆる問題児が中心だ。


 戦闘員は半分なのに対し、護衛という名の監視は約二倍ほど。

 英雄というよりは、危険な戦術兵器でも運んでいるかのような厳重管理。

 素直に緊張などしているリーリエが、この空間では変わり者として扱われている。


 その証拠に、彼方の正面では聖辺輪廻がすうすうと寝息を立てていた。

 小柄な容姿も相まって、遠足に向かう子供のような印象を抱かせる。

 実際に口にすれば、命の保障はできないだろうが。


 ガタン、と音を立てて、馬車が動き出した。

 外からは大勢の歓声が鳴り響いている。

 雑多な声は判別が不能で、ただ大きな音として英雄を送り出した。


「一人も欠けることなく、またここに戻りたいですね」

 そんな理想を、リーリエは恥ずかしげも無く口にする。

 完全な本心で言っているものだから、誰もその言葉を馬鹿にはしない。

 穢れを知らない純真さを、周囲から奇異の目で見られてはいるが。


 魔力で支援された馬車は、人間の全力疾走より速く英雄を運んでいる。

 窓から見える外の景色が、流れるようにその姿を変えて行く。



 そんな景色をぼうっと見つめていた彼方だが、ふと馬車の中へと視線を戻した。

 カチャリという音と共に、周囲の空気が重苦しいものへと変化していったからだ。


 星喰獣が目撃された地点が近づいている。

 その空気が、無意識の緊張を生んでいた。

 誰もが己の武器を手に持ち、いつでも戦える状態を維持する為に姿勢を変えていく。


 例外は寝息を立てている輪廻と、そんな輪廻に毛布を被せるクリミアくらいのものだ。

 呑気な二人を周囲の人間は怪訝な顔で見つめている。


「お願いがあります」

 リーリエが、彼方へと語りかける。

 真剣な、懇願するような口調に彼方は視線を移す。


「どうか、傷つくのはやめてください」

 リーリエは、そう静かに口にした。

 それは思いやりの言葉。

 どこまでも彼方のためにと願った、リーリエの祈り。


「痛いのは、嫌です。苦しいのは、辛いです。どうか平穏無事に、この旅を終えられるようにと祈っています」

 その言葉をどこまでも本心で言い放つものだから、彼方はなにも言うことができない。

 善意や思いやりといった感情を受けることに、心が慣れていないのだ。


「……リーリエが、そう望むのなら」

 だから、彼方はそう口にすることしかできなかった。


 相手の本心を理解できず、ただ表面上でしか望みを叶えることができない。

 そんな自分を嫌悪しながらも、そんな自分を変えることができない。

 

 どうすればいいのかわからず、彼方はため息を吐く。

 とりあえず、幸せそうに眠っている輪廻の頭を小突いて目を覚まさせた。


「…………なに?」

「そろそろ戦闘だ、準備しろ」

 呑気に伸びをする輪廻を見て、彼方は首を振った。

 歪みだなんだのと考えるのは後だ、今はとにかく生き残る事を考えろと脳に刻み込む。


 これから始まるのは命のやりとりなのだから。

 余計なことを考えて死んだのでは、笑い話にもならない。


 合図の通信が馬車の中に響く。

 先頭車両が徐々にその速度を落としていく。

 近づく戦の空気に、車内の緊張感が増していくのを皆が感じていた。



「――――」

 通信を受けて、英雄たちが馬車から降りていく。

 各々の武器を手に、周囲を警戒して陣形を作り上げた。


 そこは、見晴らしのいい平地。

 三百六十度どこから星喰獣が現れても瞬時にわかる、迎撃には最適の位置だ。


 半数が周囲の警戒に、半数が野営陣地の設営にかかる。

 だが彼方の乗っていた馬車の面子はどちらでもなく、別の任務を言い渡されていた。


 それは斥候。

 周辺状況の把握という重大な任務なのだが、彼方の表情はどこか暗い。


「こんなの、完全に使い捨てじゃねえか……」

 ろくな装備も持たされず放り出された彼方がぼやく。


 上層部は口では色々と綺麗な言葉を並べてはいたが、要はただの使い捨てだ。

 扱いに困る問題児に危険な任務を押し付け、成功すればそれでよし。

 失敗しても失う被害は軽減される。実に合理的な手段だ。


「ここまで露骨だと、笑う気も起きないわ」

「いいじゃない、上がクソ野郎の集まりなのは昔からよ」

 輪廻やクリミアも、愚痴を言いながらもその内心はさっぱりとしている。

 己が問題児である自覚はあるのだ、上の判断も理解はできる。


 だからと言って、納得するかどうかは別の問題だが。


 精鋭部隊の内心は、一つの意思で統一されている。

 すなわち、死んでたまるかという個人的な反抗心。


 唯一の例外はリーリエだけだ。

 重要な任務を任されたという期待に答えようと、今も張り切って周囲を見渡している。


 そんな姿に彼方は心を痛めていた。

 どうあってもこの少女だけは守って見せようと、改めて心に誓う。

 どうあってもという思いが、リーリエの願いと相反すると言うことには気づかずに。

 

 ただ、彼方は歩を進める。

 襲い掛かるなにもかもを打ち払うために。


 その決意が生む結果は、そう遠くないうちに明かされることになる。

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