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彼方で綴る英雄戦記  作者: セイラム
異世界への招待状
12/91

戦後の休息、あるいは幕間

「……おはようございます」

 誰に向けるでもない、己への言葉が漏れる。

 目を覚ました彼方の眼に映る景色は、見慣れた白い天井だった。

 ぼやけた意識の中でまどろんでいると、背後から声をかけられる。


「おはようございます、大馬鹿者」

 冷たい声に彼方が振り向くと、そこにいたのはクリミアだった。

 いつもと変わらない黒のゴシックドレスが、白い部屋から格段に浮いている。


 クリミアの眼はいつにも増して冷え切っていた。

 怒りや呆れを通り越したような視線で、彼方を見据えている。


「自殺志願なら正直に言いなさい。生きる気のない愚か者に構うほど暇ではないので」

「別に、好き好んで傷ついてるわけじゃないさ」

 こんな魔法を与えた神に文句を言ってくれと、彼方はぼやく。

 だが、クリミアの目つきは冷ややかなまま変わらない。


「その魔法を使いこなしているのが問題だと気づきなさい」

 それは人の身には相応しくないと、クリミアは言い放つ。

 どうしてよりにもよって、という呟きが彼方の耳へ微かに届いた。

 

「あなたは、自分の歪みをきちんと自覚するべきね」

 人を呼んでくると言って、クリミアは部屋を出て行った。

 残された彼方は、誰に伝えるでもなく一人呟く。


「歪んでいることくらい、自覚してるさ」


「そうは見えないけどね」

「――は?」

 返答があるとは思っていなかった彼方は、慌てて周囲を見渡した。

 クリミアがまだ残っていたのかと思ったが、その正体は別の存在だ。


 日本人形のような少女が、彼方の隣のベッドに座っていた。

 長く腰まで届いた黒髪が、白いシーツの上で揺れている。


 一切、気配を感じなかった。

 いったいいつからと恐れを感じるも、どうやら少女は彼方へ敵対意識は持っていないようだ。

 

 少女はじっと彼方を見つめている。

 品定めをするようなその目線に、彼方は少し居心地の悪さを覚えた。


「……なにか?」

「別に、よく似た変人だなって思っただけ」

 理解されようと思っていない言葉を投げかける少女。

 その言葉は諦観という単語が似合うような声色だった。


 少女の姿は、まるで命を持たない機械のようだ。

 話す口元以外は微塵も動かず、ただ体を休める為に静止している。

 その光を吸い込むような黒い瞳が、絶え間なく彼方の姿を捉えていた。

 

 この少女もここで休まなければならない理由があるのだろうか。

 彼方がそんなことを考えていると、クリミアが戻ってくる。

 その後ろには、泣きそうな顔をしたリーリエの姿があった。


「あー……」

 目の前の少女のことが一瞬、意識から消える。

 正確には、優先順位の変化か。


 彼方は理解した。

 これは、きっと面倒な事になると。



「ごめんなさい」

 もう何度目になるかわからない謝罪の言葉を、彼方はリーリエに向けていた。

 リーリエは一言も言葉を発さずに、涙を溜めた瞳で睨んでいる。


「えっと…………」

 困ったように、彼方は頬をかく。

 どうすればいいのかがまったくわからない。

 こんな経験は、今まで彼方の人生にはなかったものだ。


 女性の涙を止める方法など、誰に聞けばいいのだろう。

 この部屋にいる人間はあと二人。

 だが、その両者は冷ややかな目と虚無的な目を彼方に向けるだけ。


 この場に彼方の味方は存在しなかった。

 いや、味方だからこそリーリエは今も涙を流しているのだが。


「どう、して……」

 悲しみに覆われた声はただ彼方を心配している。


 どうして、こんなことをしたのかと。

 どうして、そんなに傷だらけで平気な顔ができるのかと。


 彼方はなにも答えない。

 きっとどんな言葉を重ねても、自分では彼女の涙を止められないと悟ったから。


 そんな割りきりが納得できず、余計にリーリエは流す涙を増やすのだが。

 それは彼方には理解できない心の動きだ。

 だから、リーリエのすすり泣く音だけが、部屋で静かに響き続ける。


「なあ、そこのあんた、助けてくれ」

 流石に限界が訪れたのか、彼方は目の前の少女に駄目元で助けを求める。

 僅かだが、クリミアよりは可能性があると思っての打算的な行動だった。

 

聖辺輪廻(ひじりべりんね)

 帰ってきた言葉に、彼方は混乱する。

 翻訳機能が故障でもしたのかと、一瞬不安になった。


「あんたじゃない。次にそう呼んだら殴るから」

 そこでようやく、その言葉が少女の名前だということに彼方は思い至る。


「輪廻、助けてくれ」

「自分でなんとかしなさいな」

 だが、帰ってきたのは冷たい拒絶。

 そのまま輪廻はベッドに寝転がると、彼方へ背を向けてしまう。

 ひらひらと挑発的に手を振るオマケ付きだ。


「………………」

 久しぶりに彼方は苛立ちという感情を覚えた。

 なるほど、これがむかつくというやつか。


 腰にしがみつくリーリエの頭を、優しく撫でる。

 時間が全てを解決してくれるのを待つことしか、彼方の取れる選択肢は存在しなかった。

 

 

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