狂戦士の恐怖
先に動いたのは玻璃の方だった。
剣を振りかぶり、最短距離で彼方へ向かって接近する。
真正面からの振り下ろし。
小手調べと言うべき一撃を、彼方は真横に飛び退いて回避する。
だが、彼方の頬には一筋の傷が刻まれる。
予想以上の速度で繰り出された剣撃に、彼方の眼は意図せずして細められた。
「流石に、魔力の量じゃ勝負にならないか」
そうぼやく彼方。
最大量の魔力で脚力の強化を行ったはずだが、玻璃の速度はそれを軽々と乗り越えて見せる。
魔力量という純粋な戦力差。
正攻法では、固有の魔法を使用しなくとも彼方に勝ち目は無い。
だからこそ、彼方が振るうのは邪道の拳。
極端な前傾姿勢で、蛇行するように接近する。
武器の有無によるリーチの差もあるのだ、彼方の勝機は近接戦にしかない。
彼方の固有魔法は『ただの身体強化』だ。
相手の能力は不明だが、距離を取ったところで有利にはならないのだから近づくしかない。
「甘い」
だが、その接近は不可視の刃に阻まれた。
なにも無いはずの空間で、彼方の腕に痛みが走る。
慌てて距離を取った彼方の右腕には、なにかで切りつけられたように新たな傷が生まれていた。
剣で切ったような傷。
だが、玻璃の剣はなにも切っていない。
彼方の脳内に、無数の可能性が生まれては消えていく。
飛び道具。
物質の透明化。
衝撃転移。
隠し武器。
空間移動。
幻覚。
しかし彼方は、その全てが同等の可能性を持つ以上考えても仕方がないと切り捨てた。
まだ情報が少なすぎる。
だから、彼方が取った行動は情報の収集だった。
すなわち、再度の突撃。
剣を持つ右手を避けるように、左から回り込む。
魔力のほとんどを脚力の強化に。
防御を考えないその姿に、玻璃はため息をついた。
「愚か者か、貴様は」
再び、不可視の刃に切り裂かれる彼方。
今度はその両足に、三つの傷が刻まれた。
「やりたいことは理解できるが、納得はできんな」
リスクとリターンが釣り合っていないと、玻璃は呆れている。
決して浅くはない傷口からは、赤い血液が痛々しく流れ落ちていた。
「剣は動いていない……なら、空間移動や衝撃転移じゃない……」
ぶつぶつと、独り言を呟く彼方。
傷口の痛みがないかのように思考するその姿は、傍から見れば不気味としか言いようが無い。
そして、再度の突撃。
三度目となる接近に、流石に玻璃も疑問を抱く。
繰り返しの映像を見るかのように、彼方の体は切り刻まれる。
服が、髪が、肌が、徐々に赤色へと染め上げられていく。
だが、彼方は止まらない。
ぶつぶつと誰にも聞こえない声で呟きながら、突撃を繰り返す。
そして、その変化に玻璃が気づいたのは六度目の突撃を跳ね除けた時だった。
「速度が、増している……?」
傷だらけの体では、動くのもままならないはず。
なのに彼方の突撃は、回数を重ねるごとに速くなっている。
そこでようやく、玻璃は思い至る。
彼方の固有魔法の正体に。
七度目の突撃で、不可視の刃は消え去った。
玻璃の右手に持つ剣が、彼方を迎撃する。
「――――っ!」
右に跳ねるように飛び、彼方はその剣を避ける。
全身の傷から、血液が絵の具のように飛び散った。
「おや、魔力切れか?」
「細かな傷は貴様を有利にするだけだ、ここからは一撃で仕留める」
そう言って、玻璃は剣を構える。
一撃必殺、その四文字を実現する為に構えを変えた。
「――傷つくほどに強くなる。それが貴様の魔法だろう」
「……大正解」
もうばれたか、頭の回転はずいぶんと速いようで。
表情を変えず、彼方はそう言い放つ。
「“狂戦士”というらしい。ハズレ能力だと、上の連中が哀れんでいたよ」
「ああ、とんだ貧弱魔法だ」
だからこそ納得がいかないと、玻璃は思考する。
そうだ、貴様の魔法は欠陥品だ。
「講義の時間だ」
それは、誰に向けたものなのだろう。
彼方か、周囲の観客か。
それとも、自分自身に言い聞かせているのか。
「通常、魔法の行使には強い集中状態が求められる」
魔法の使用とは、三本目の腕を動かすようなものだ。
魔力だけを使うのなら、無意識下でもさほど難しくはない。
しかし、固有の魔法の使用は別だ。
訓練を重ねた熟練者でさえ、戦闘時には不安定になるのが当然。
「だからこそ、訓練では防御よりも回避を優先するようにと教わった」
それは魔法を十全に使いこなすための常識だ。
攻撃を受ければ当然集中は途切れ、魔法の行使は困難になる。
「だが、今の貴様はなんだ」
全身は切り刻まれ、出血は既に活動に支障をきたす量に達している。
彼方の体は、全身が痛みを訴えているはずなのに。
どうして、当たり前のように魔法を行使しているのだ。
尽きない疑念の数々。
なぜ、どうして、あるいは。
様々な思いが、玻璃の脳内を駆け巡る。
そして、玻璃は一つの可能性に行き当たった。
「もしや貴様、病気なのか」
聞いたことがある。
世の中には、痛みを感じない病気があると。
名は忘れたが、先天的な症状。
痛みと言う概念を知らない病が存在すると。
もしや目の前の男はそうなのかという疑問を、しかし彼方は否定する。
「馬鹿をいえ、痛いに決まっているだろう」
なにを言っているんだこいつはと、彼方は馬鹿を見る目で玻璃を見据えた。
「ば……い、いや、ならばおかしい!」
貴様のその姿はなんなんだと、玻璃は叫びだす。
まるで追い詰められているのは玻璃であるかのようだ。
実際は無傷の玻璃と、傷だらけの彼方。
その姿は、誰が見ても一目瞭然だというのに。
玻璃には理解が出来ない。
なぜ痛みを感じて、それだけの集中を保っていられるのだと。
余裕も捨てて、感情をむき出しにして玻璃は叫ぶ。
「痛みは我慢が出来る。他人よりも少し経験が豊富なだけだ」
彼方のそんな答えに、玻璃は納得できなかった。
今、こいつはなにを言った?
「痛いは痛いが、それだけだ。我慢していれば魔法は使える」
玻璃には理解が出来ない。
目の前の相手が日本語を話しているのか不安になった。
「そうか、なるほど」
だから、玻璃は本気を出した。
目の前の相手が理解できない。
きっとアレは自分とは別種の生き物だ。
化け物だ、化け物だ、ばけものだ、バケモノだ――
「…………殺す」
そして、玻璃は全力を出すことを決めた。
その剣に、魔法が宿る。
殺意と恐怖が、玻璃の脳内を埋め尽くしていく。




