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彼女との初めてのデートで遊園地に行ったんだけど……

2人が手を繋いで校舎から出てきた。待ち構えていた悪友たちが取り囲む。

「うまくいったようだね!」

「おめでとう!タカシ、ミユキ!」

「おまえらなぁ!」

タカシが笑いながらドヤしつけてみせる。ミユキとの手はしっかりと繋いだままだ。

「これ、みんなから二人のために」

ミカが皆を代表して差し出したのは遊園地の特別優待券だ。キラキラと黄金に輝いている。

「わっ!本当にいいのかよ!?」

「ありがとう!」

「みんなで何回もトライしてやっと入手したんだぜ」

「楽しんでらっしゃい!」


明くる日は休日。


「こんなところにこんなテーマパークがあったんだ」

「全然知らなかったね。いつの間にできたんだろう」


それにしても『メイプル対応ランド』……?全く聞いたことがない。仲間たちの手前ふたりとも言いだせなかった。しかしチケットの裏には地図らしきものがあった。最寄り駅で降りて少し歩き、指定場所に迎えに来たバスに揺られるうちに2人は眠り込んでいた。目を覚ますとテーマパークの前だった。


入場ゲートをくぐると小太りのピエロが待ち構えていた。

「いらっしゃーい!お客様方は初めてのご来場ですね!楽しんできてねー!」

そういって二人分の封筒を渡された。茶封筒だ。タカシは受け取るとミユキにも渡した。

「あの着ぐるみ、重たそうだね」

「中の人もたいへんね」

そう言って笑いあった。封筒を開けると便箋が入っていた。手書きで文字が書いてある。

「へー、行き届いてるね」

「初めてですね、と言われたけど、お客一人ひとりの顔を覚えてるのかな?すごいね」


『今日はよくおいでくださいました。たっぷりとお楽しみください。』


便箋の文章は何らヘンテツもないありきたりなものだ。他にはピエロの顔の手書きイラストが添えてある。広大な敷地を歩いているとどのパビリオンに入るか迷ってしまう。もっとリサーチしてから来るべきだったが友人たちからのサプライズなので已むを得ない。

「次に来る時はちゃんとリサーチしてこなきゃね」

「うん!」

ミユキはタカシに更に寄り添う。長い間、振り子のように近づいては離れていた二人がようやくお互いの気持ちを確かめあった。それは悪友たちの仕掛けに乗せられたものだった。

「オレがゆきりんと付き合ってるなんて、そんな噂を流してたなんてな」

「もう、わたし、おかげでテスト全然できなかったんだからね!」

「でもその御蔭で俺たち補習が一緒になったわけだ」


その放課後補習の後、廊下を歩く2人は差し込む夕陽に照らされて、ふっと重なった影。

「なんでそんな言い方するんだよ!?」

「タカシはゆきりんと付き合ってるんでしょ?」

「だ、誰がそんなこと……。ミユキだってマサユキと……」

「えっ!私付き合ってない!!私が好きなのは……」

二人は悪友たちの素敵な罠に気がついた。

「なるほど。こういうわけか。」

タカシが告白の言葉とともにミユキを抱きしめた……。


思い出すようにタカシはミユキの手を握るとミユキもぎゅっと握り返した。

「あそこに入ろうか?」

人気アニメのテーマ・パビリオンだ。少年が時を越えて少女と巡り合い、地球を救う感動巨編だ。しばらく列に並んでいると不意に背後から声をかけられる。

「来ると思ってましたよ」

入り口ゲートにいたピエロだった。

「あ、そうですか」

「ど、どうも」

ピエロはまた2人に手紙を渡すと中年オヤジのニオイを残して去っていった。便箋にはこうあった。

『楽しんでくださいね』

一言だけで、またしても自筆だ。

「なんだこれは?」

「わたしのには『困ったことはありませんか?』って書いてある。なんかキモい」

「もしかしてずっとついてきてたのかな?」

タカシは歩いているときにふと振り返ると人影がさっと物陰に隠れたことを思い出した。気のせいかと思ったがあの頭の大きさは例のピエロだったようにも思える。ホールに到着した。座席についたものの、いつまで経ってもスクリーンには何も映らない。他の観客たちも戸惑っている。

「まだかな?」

「ちょっとごめんなさいね。開けてくださいね」

そう言いながらあのピエロが客達の足を引っ込めさせながら2人のいる座席へと近づいてきた。

「お二人さん、こちらへどうぞ。もっといいお席がありますよ」

「いえ、ここでいいですから」

ピエロが大声を出した。

「いいからどうぞ!!おふたり用の特別席が用意してあるんですよ!!無駄にするつもりなんですかッ!?」

観衆の目が集まる。

「はあ……」

タカシとミユキは顔を見合わせてから立ち上がった。


中二階のバルコニー席に連れて行かれた。周りには誰もいない。しかしスクリーンが見えにくい。

「さっきの席のほうがよかったね」

「まぁいいじゃん」

映画が始まった。しかし原作改悪がひどすぎる。ラストはありえない超展開からの夢オチだったのだ。観客たちもざわめき出した。

「なんだよこれえ~~!?」

突然明かりが点くとあのピエロがステージ上に乱入してきた。

「ゴラアアアアアッ!!」

ピエロは機関銃を天井に向けて撃ちまくった。観客たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

「文句ばっかり言うなら自分で作ってみろやあ!!こっちはキッチリとマーケティングして作ってるんだよおおおお!!検索エンジンに毎日お前らが打ち込んでるワードを分析したんだから面白いはずなんだよおおおおおお!!」

ピエロはスクリーンに機関銃を撃ち込んだ。

「そんなに見たくないなら見るなあああ!!勝手に期待したくせに何が原作レイプだ――ッ!!いくらかかってるかわかってんのか!?制作費だけじゃないぞ、維持費もかかるんだぞ!!大画面で見られるだけ有難いと思え――っ!安全と水と秩序はタダと思うな――ッ!!」

蜂の巣にした後で振り返りタカシとミユキの方を見上げた。目があった。ピエロはニヤリと笑うと走り出した。

「ヤバイ。こっちに来るぞ!」

逃げよう!二人は手に手をとって逃げ出した。

「逃しませんよ~!あなたがたのことは全部お見通しなのです!!」

目前の非常口を開けて入ってきたのはピエロだった。

「ミユキさんっ!」

「え!なんで私の名を!?」

「検索したんですよ。ここらの高校でミユキという名前は6人。フェイ○ブッ○に名前も顔も出してるのに何言ってるんですか。画像や風景、一緒にいる友人、背格好が合致するのは瀬川ミユキさん、あなたです。そっちの彼は画像に写ってる友達の中にいましたね。丸川タカシくんでしょ?世界中の人があなた達のことを知ってるんですよ。ミユキさん、あなたさっき私のことをキモいと言いましたね?」

「い、言ってません!」

「いーや、言った。確かに言った。私からの手紙がキモいって言った!」

「だって、それは……」

タカシがさっと間に入ってミユキを制した。

「すいませんでした。謝ります。ミユキも謝ろう」

ミユキも渋々頭を下げた。

「すいませんでした」

ピエロは言った。

「ダメですね~~。許しません。謝ったとしても許す許さないは被害者の自由ですからね。許さなきゃいけないなんて法はありませんよ。私はあなたを許さない。ゆ・る・さ・な・い!」

「すいません。彼女びっくりしただけなんです。ここまでのサービスをしてもらったことがないから」

「ごめんなさい。感動しすぎただけなんです」

「これは良かれと思ってやったことなんですよ?あなた方のためを思ってね!それはあなた方もわかりますよね?理解できますよね?相互理解ですもんね?いいですかぁ、相互理解というのはね……」

タカシが演説モードに入ろうとするピエロを突き飛ばした。

「あ~~れ~~~!」

ピエロは階段を転がり落ちていく。二人は逃げ出した。非常口からパークへと抜ける。

「はあ、はあ……、もう大丈夫かな」

「少し歩こう」

二人がフラフラになりながらゲートに向かっていると背後から足音がする。走ってくる音だ。2人は慌てて再び走りだすが逃げられない。

「お待ちなさあああい!」

ピエロは2人に追いつくと、両手を広げて行く手を阻む。

「はあ、はあ、はあッ……。か、観覧車に乗りなさい。まだ乗ってないでしょ?観覧車に乗らずに帰るカップルなんて、あ、ありえないでしょ――がッ!」

2人はもはやそのような気になれない。

「お願いです。もう家に帰らせてください」

「ダメですね」

「な、なぜですか?」

「このメイプル対応遊園地にはね。入り口はあっても出口はないからですよ!」

「勘弁してください。帰らせて下さい!」

「まずは楽しみなさい!楽しんでますか!?どうなんですかあ!ええ―っ!?」

そういってピエロは背中に担いでいた機関銃を2人に突きつける。

「た、楽しんでます!楽しんでます!!」

「なんですってええ!?聞こえませんよおおお!!」

そしてトリガーを引き絞った。爆音が轟く。ダダダダダダダダ!!

「はあ、はあ、はあ……。楽しいですか!?楽しいですか!?それって受け手の問題ですよ。どんな面白い作品もね、つまらない人が見たらつまらなくしか感じない。逆にね、どんなつまらない作品も面白い人が見れば面白くなるんです!全ては自分次第。あなた方次第なんですよ――ッ!!」

タカシとミユキは蒼白になって震えながら頷いた。撃ち込まれた弾丸が周囲の地表を削った跡が無数に形成されている。削られたアスファルトが粉末となってその奇妙な芳香を漂わせている。

「楽しいならいいんですよ、楽しいならね!!さあ、乗りなさい、これは楽しいんだから」

「乗ろう」

タカシが足元をふらつかせながら、崩れ落ちそうになるミユキを抱えて観覧車に向かう。

ピエロが叫ぶ。

「なにやってんのおーっ!」

そうやって2人を引き離すとミユキに向かっていう。

「自立しなさいっ!自分の足でっ!」

女性の自立、社会進出……などとピエロはブツブツ呟きながらミユキに自分の足で立って観覧車に乗るように促すのであった。2人が観覧車に乗り込むとピエロも一緒に乗り込んできた。

「やだーっ!!」

「私も女の子と観覧車に乗ってみたかった」

ピエロがミユキの横に座ろうとする。

「やめないか!」

「うわああ~~っ」

タカシはピエロを突き飛ばすと観覧車のドアを閉め切った。すがりついたピエロは観覧車とともに上昇したがやがて手を滑らせて落下していった。観覧車は更に上昇していく。それを見上げていたピエロが機関銃を構えている。

「うわあ伏せろっ!」

ピエロが機関銃を撃ち込んできたのだ。観覧車の窓が粉々に割れて風が吹き込む。

「どうしよう」

「降りた瞬間殺される」

タカシとミユキの歯が鳴った。震えを止めることが出来ない。

「冬でもないのに真冬の寒さだ」

「暑すぎるのも考えものだけどね」

タカシとミユキが割れた窓からそっと眼下を見るとピエロが物凄いスピードで観覧車の支柱、その鉄骨を登ってくるのが見える。2人が降りてくるのを待てないようだ。機関銃を背負い、ナタを口に咥えている。

「ダメ、もうダメ。私達殺される!」

「助けを呼ぼう!」

タカシがスマホを開く。

「こちら110番」

「すぐ来てください!場所は……」

「ダメですよ」

「えっ!どうして!?」

「ゲヘヘへへ。ダメだからですよ」

あのピエロの声だ!タカシは叩き切るとヤストのスマホにコールする。しかし全くつながらない。ラインもメールも全くダメだ。ミユキがキャッと声を上げた。文字を打ち込んでも不気味な文字列に変換されてしまうのだ。

「もうダメ!私達助からない!」

「あきらめるな!落ち着くんだ!」

「どうしよう!どうしよう!」

タカシは震えるミユキを抱きしめた。

「こういう時は考えちゃダメなんだ」

タカシの言葉にミユキが顔を上げる。

「好きだよ。ミユキ」

「私だって……」

観覧車は天頂にさしかかる。二人は見つめ合った。

「最初で最後なの?」

「感じるんだ。必ず道は開ける。だからオレたちは今ここにいる」

ふたりは唇を重ね合わせると固く抱き合った。やがて観覧車は下りに向かう。ピエロは観覧車のドアに手をかけるとナタで窓ガラスを叩き割って乗り込んできた。

「あれ?お二人さん。どこへ行ったのです?」

観覧車の中には二人の姿がない。反対側の窓が外されている。ピエロは天井を見た。

「ふふふふ、隠れたつもりですか!?そんなに私がキライですか!?キエ――ッ!!」」

叫びながらピエロは天井に向けて機関銃を撃ち込んだ。

「こっちだよ!」

反対の窓枠にぶらさがっていたタカシが飛び込んでくるとピエロに飛び蹴り!!

「ぐえ―――ッ!!」

タカシがミユキを引っ張り上げる。ピエロはかろうじて窓枠にしがみついている。

「武器を捨てろ!そうすれば助けてやる!」

タカシが言うとピエロは小刻みに首を動かして頷いた。

「ぶ、武装はあなたが解除してく、ください。ここ、か、肩の、スライドボタンを押せば、こ、これ(機関銃)は外れるようになっています」

タカシがスライドボタンに手を伸ばそうとしたときだ。

「ええーいっ!」

ミユキがピエロの頭を全力で突き押した!ピエロは絶叫しながら真っ逆さまに転落していった。地上に戻ってきた観覧車から二人が降り立つ。傍にはピエロが血を吐いて倒れている。ピクピクと痙攣しているものの全く息をしていない。

「バッカじゃないの!!」

ミユキがバッグでピエロの頭を殴った。

「よせよ。仮死状態かもしれない」

「トドメ刺しちゃおうよ」

ピエロが観覧車の中に落としていったナタを指差してミユキが言う。

「冗談はよせ」

タカシはナタを拾い上げると投げられるだけ遠くに投げ捨てた。

「どんな顔してるのかしら?」

ミユキが言いながらピエロの着包みチャックに手をかけようとした。

「よせったら!」

タカシが止める。

「早く逃げよう。仲間がいるかもしれない。こいつの仇を取りに来るかもしれない。」

「う、うん」

ぐるりと周囲を見渡したタカシはゲートの方向を改めて確認すると指差した。

「あっちだ!」

そして二人は手を繋いで駆け出した。


既に他の客は逃げ出してしまったようだ。ステージにも誰もいない。ミニ機関車も途中で停まったままだ。だだっ広いパークを懸命に二人は走るものの中々スピードがでない。足がもつれて二人して倒れ込む。立ち上がってまた走り出す。後ろを振り向く。ピエロが倒れたままであることを確認してほっと息を吐いた。


「あ!タカくんじゃなぁ~い」

一人の少女が立っていた。手にはヘリウム風船を持っている。暢気な表情でタカシに手を振る。

「久しぶり~」

「ナナちゃん!なぜここに!?」

「なぜって?ここは遊園地でしょ?遊びに来たんだよ。いま来たばっかり。今日は随分空いてるね」

「お客さんが必死の顔でゲートから出てきて道を逆流してなかったか?」

「あー、そういえば……。慌ててる人が多かったかも?みんな余裕がないね~」

「ナナちゃんは相変わらずだな!」

「何よそんなにマジメくさっちゃって。らしくないのぉ~~!」

ナナは朗らかに笑う。

「いや、今はそんなことより早く逃げろ!ここはヤバイ!」

「何いってんのお~!来たばっかりなのにぃ。タカくんも遊ぼうよ~」

二人の親しげな様子にミユキが口を挟んだ。

「知り合い?」

「小中で一緒だったナナちゃんだよ。頭いいから私立のエビ高に行ってるんだ」

「正確には保育園から一緒、でしょ!そろばん教室も、フットサル教室も、ね。お祭りもいつも一緒に行ってたしぃ。中学の水泳大会ではペアを組んだこともあるよね~」

ナナの言葉と挑発的な態度にミユキの表情が険しくなる。

「それって幼馴染……、ってやつ?」

「お隣さんだった時期もあるけどね。タカくん、この子はタカくんの何?なんで一緒にいるの?」

「ミユキはオレの……。オレの彼女だよ」

「彼女ッ!?」

ナナはみるみるうちに大きな瞳に涙を溢れさせ、持っていた風船のヒモを離してしまう。

「いつからつきあってんの!?」

「正式には昨日からだけど……。その前からずっと友達づきあいがあって……」

「でもそれって高校入ってからでしょ!?タカくん、あんた、こんな庶民の子でいいの!?」

気品ある顔をキッとミユキに向けると豊かな巻き髪を翻して睨みつける。

「別れなさい!あんたはタカくんにふさわしくない!」

そしてタカシの胸ぐらをつかむように懇願する。

「わたし、タカくんのことずっと好きだったの。知ってたでしょ!こんな子と別れてわたしと付き合ってよ!キスだってしたじゃない!?」

「キス!?」

「いや、違うんだ。待ってくれよナナちゃん。それって幼稚園の頃じゃん!」

「キスはキス!ファーストはファーストですから!さ、行こっ!早く!」

腕をひかれてタカシは歩きだす。しかしこれは自ら歩いているわけではない。どこからか強い風が吹いてカラダを押すのである。しかしミユキからすればナナに腕を引かれて去っていくようにしか見えない。

「待ちなさいよ!!」

ミユキがタカシを引っ張り返してナナから引き離した。

「キスなら私だってしたんだからね。とびっきりに熱いのを!ついさっきね!」

「離れなさい!この泥棒猫!!タカくんから離れなさい!!」

ナナがムーン!と声を発しながら手のひらをミユキに向ける。強い力が働いてミユキは転倒した。

「きゃあ!」

「落ち着いて!ナナちゃん、落ち着いて!」

ナナはタカシの腕をつかんで自分の腕を巻きつける。

「タカシ……。行かないで」

ミユキが悲しそうな目で見る。

「違う。そういうわけじゃない!ひとまず、今は離れろ!」

「おかえり、わたしのタカくん。これからもずっと一緒だからね」

立ち上がったミユキがタカシの腕にすがりつく。それを見たナナが今度は腕を振るうと更に強い風がビュッと吹いてミユキは更に強く吹き飛ばされた。

「きゃあああ――っ!!」

「ミユキ――ッ!!」

タカシはナナを振り払うとミユキのもとに走った。しかし不思議な力で背中を引っ張られる。懸命に踏ん張るが身体は前に進まない。タカシは尻もちをついた。それでも身体が引きずられる。やがて背中に柔らかい感触が当たる。ナナが後ろからタカシの首筋にしがみついているのだ。

「私ともキスしよ?」

「それは、ダメだ……」

「タカシ……!」

ミユキが懸命に這い寄ってくる。ナナは手のひらをさっと振るって風を巻き起こすとミユキを吹き飛ばした。

「ううう……うう」

「やめろ。もうやめてくれ。言うとおりにする」

「じゃキスしよ」

「わかった。わかったから。ミユキに乱暴しないでくれ」

「じゃ、こっち向いて」

ナナは改めて今度は正面からタカシの首筋に腕を絡めた。そしてタカシの肩越しにミユキを見やると勝利の笑みを見せつけた。そしてタカシの頬を両手で挟み込むように持つと目を閉じて顔を近づける。ミユキはコブシを握りしめた。

「うううう……、渡さない。」

ミユキは絶叫しながら立ち上がると駆け出した。

「タカシは渡さない……、渡さない――ッ!!」

どこにそんなスタミナが残っていたのか。物凄い勢いだ。

「おい!待て!待つんだ!」

ハッと我に帰ったタカシがナナを引き剥がす。そしてミユキを追おうとするが不思議なチカラが働いて身体が思うように進まない。

「離せ!離せよ!」

「ほっときゃいいのよ。タカくん私と一緒に楽しみましょ」

「そうはいくか!」

タカシはナナを突き飛ばすと走り出した。ミユキはピエロの元に駆け寄るとその背中にあった機関銃を手にした。そして猛然と踵を返して駆け戻ってくる。

「よせ!ミユキ!」

タカシは飛びついて制止しようとしたが跳ね飛ばされた。

「渡さないィ――ッ!!」

破裂音が幾重にも荘重に響き渡る。火薬の香りが漂う。ミユキが恍惚とした表情で呟く。

「快ッ、感……」

文字通り「蜂の巣」にされ血まみれになったナナが倒れていた。ミユキは機関銃を投げ捨てるとタカシに駆けつけて、その腕にすがりついた。

「行こっ!早く行こっ!」

「だけど!」

「ピエロがやったの!見てたでしょ!ピエロがやったのよ!!全部ピエロがやったの!!」

タカシは息をひとつ大きく飲み込んでから言った。

「ああ、ピエロが……。そうだな、ピエロがやったんだ。ピエロが……」


ゲートはもう間近だ。気配を感じた。二人が振り向くとピエロだ!ピエロが走ってくる。蘇ったピエロが全力で追ってくるのだ。

「お待ちなさあああい!お待ちなさあああああああい!!」

人間とは思えないスピードでピエロが二人との距離を詰めてくる。

「待てえええええ!待てえええええ!!」

二人はゲートを飛び出した。そして足をもつれさせて転倒した。

「もう走れない」

どうあがいてもチカラが出ないのだ。なんとか立ち上がったものの立っているのがやっとだ。あのピエロはそうするうちにもいよいよゲートへと迫ってくる。

「オレが奴にタックルして地面に倒れ込む。時間を稼いでいる間にミユキは人のいる場所までなんとか走れ!」

「で、でも」

そうしてミユキを押しやった。

「早く行け!」

ピエロが全くスピードを落とさずに接近してくる。タカシはぐっと腹に力を入れて迎え撃つ姿勢を取る。

ゲートを出た瞬間、ピエロは小石につまずくと前方に飛び込むようにつんのめって派手に転倒した。

「ぐおおおおおお!!」

そして叫びながらゲート前広場を勢いよく転がりまわったあとで動かなくなった。各関節から小さな火花がバチバチと音を発しながら散っている。

「タ、タカシ……」

「ふせろっ!」

タカシはミユキをかばいながら地面に伏せた。ピエロは絶叫とともに大爆発を起こして砕け散った。ピエロはサイボーグだったのだ!


倒れ込んでいる二人が顔をあげると爆発のはずみで腕から分離されたピエロのコブシがコロコロと転がってきた。身構える二人の前でそれは停まり親指が上向きに立てられる。サムズアップだ!マーチングバンドがいずこからか現れて二人を取り囲んで祝福の曲を軽快に奏でる。上空から紙吹雪が降ってきた。それとともにアナウンスが聞こえてきた。

「本日はご来場、誠にありがとうございました~。お楽しみいただけたでしょうか?」

ピエロの声だ。その音声は上空を旋回するヘリコプターから聞こえてくる。乗っているのはあのピエロだ!その頃には地面に転がっていたピエロの残骸は綺麗に消滅していた。全てはホログラフィーによるイリュージョンだったのだ。次第にマーチングバンドも音だけを残してその姿は薄っすらと景色と同化して消えていった。タカシとミユキは上空を見上げた。旋回するヘリコプターから身を乗り出すようにしてピエロが手を振っている。

「さよ――ならああ!さよ――ならああ!」

ヘリは夕日に満ちる西の空へと消えていく。二人も手を振った。ヘリが見えなくなる頃にヒラヒラと何かしら空から舞い落ちてきた。二人はそれぞれキャッチした。茶封筒だった。中には手書きの手紙が入っている。

「人生には3つの坂道があります。上り坂、下り坂、そして『まさか』です。二人の行く手にはこれからも困難が待ち受けていることでしょう。だけど挫けないでください。どんな困難に直面しても信じるのです。乗り越えるのです。必ず最後に愛は勝つのです!時には妥協も大事ですよ。二人の相性はぴったりなののだから……。お二人の御多幸をお祈りしています。」

2人は顔を見合わせた。

「なんだこれ」

「気持ち悪い!」

ふうっと気が遠くなった。次に目を覚ましたときには地元の駅前にいた。

「あ、あれ?」

「ここって……」

ミユキのスマホが鳴った。

「今どこにいるの!?」

ミカからだ。

「駅にいるよ?どうしたのそんなに慌てて。え?うん。タカシもいるよ」

「そこにいてくれ!」

今度はヤストの声だ。しばらくすると友人たちが駆けつけてきた。

「大丈夫か!?」

「どうしたんだよみんな」

ミカが平謝りだ。

「ごめん!渡したチケット。あれって拾った福引券だったの!お母さんにあげようと思ってたのに

間違えちゃって。なんでこんなミスしたんだろう」

2人に何度も連絡したが全く繋がらず位置情報も不明。嫌な胸騒ぎがする。タカシの家に行って家族に聞くと朝から遊園地に行ったという。ミユキの家に行くとやはり遊園地に行ったという。存在しない遊園地に!?もしかして事件にでも巻き込まれてはいないかと心配していたのだという。

「ほんとにごめん。本当のチケットはこっち!」

そう言ってミカが差し出したのは今度こそ本当の人気アミューズメントパーク『マープルランド』のゴールド特別優待券だ。タカシとミユキは顔を見合わせた。

「ありがとう。でも、いいよ。もうたっぷり楽しんだ」

みんなと別れて歩きだす。

「だいたいさ、ピエロなのに着ぐるみという設定がおかしいよな」

「筆者も朝起きて気がついたらしいよ」

「バカだよな」

「結構本物だからな」

「勢いだけで書いてるもんね」

ミユキのお腹がくぅと鳴った。

「やだ」

ミユキは顔を赤らめる。タカシはにっこりと笑った。

「ランチ……、というよりディナーだな」

ファミレスに向かった。

「あ、あれは!?」

ナナだ。ナナと中年の男性が手を繋いで街へと消えていく。

「ミユキも思ったか?」

「タカシも?」

中年男性はあのピエロに似ていた。この話には続きがあるな、そんなことも二人は同時に思った。改めてミユキがタカシの腕にしっかりとしがみついた。

「気持ち悪かったな」

「うん、すっごい気持ち悪かった。でも……」

「でも?」

「なんだかクセになりそう」

その笑顔を見ながらタカシはナナ(の映像)を撃ちまくったミユキの形相を思い出した。

「出口のない遊園地、か……」

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