プロローグ
扉を開けると、そこにはもしゃもしゃとパンを食う少年が一人。
その隣で、向かい合って互いを睨み合う二人。手にはトランプ。互いの思惑を読み解こうと向けられる視線は数度交わり、また離れる。
そのさらに隣に突っ伏す少女が一人。右手には黄緑のシャープペンシル、手前に広げられたのはA5のプリントが一枚。丁寧に埋められた答案には、赤ペンで怒涛のバツがつけられている。
そのような"教室"を見て、少年──三木拓人は、呟いた。
「何しにここ来てるの…?」
その言葉に、突っ伏していた少女ががばりと起き上がる。その勢いに一瞬三木はたじろいだが、とりあえず教室の扉を閉めた。
「え、なに、どしたの笹月さん」
「三木くぅん…たすけ…たすけてくれ…」
土下座でも決めそうな勢いで少女、笹月冬乃が近寄ってくるので、三木は反射的に一歩引いた。なにかやばい気配を感じたのである。
もしゃりもしゃりとパンを食べていた少年、高天原樹は呆れと諦めとを織り込んだような深い溜息を一つこぼした。
「笹月さん、数学のやり直し、未提出だったそうで」
「ああ…」
またか、と三木にも冷たい視線を向けられると笹月がうっと言葉を詰めた。
「だってわかんねえんだもん…どうしようもない…」
「高天原教えてやればいいじゃん。お前数学得意だろ」
「笹月さんがなんでわかんないのかわかんなくて」
「お前はっ倒すぞ」
じとりと笹月が睨むも、どこ吹く風といった表情で高天原はメロンパンを咀嚼する。最後のひとかけを口に放り込むと、小さなビニール袋をくるりと織り込んでゴミ箱へ捨てた。
と、ガラガラと引き戸が開く音がする。自販機まで飲み物を買いに行っていた女子二人、天堂羽衣と春川あおいが戻ってきたのだ。
「ただいまー!白ぶどう残ってたー!よかったー!」
「うわ、二人ともまだやってんだ」
嬉しそうに白ぶどうのジュースのペットボトルを振りまわしているのが春川。天堂はぶどう味の炭酸飲料。それに加えてお茶とスポーツドリンクを抱えている。
「冬乃さんがんばってるねー」
「…まあね」
「ハル、ふゆのんの傷抉るのやめてあげて」
かしゅりとプルタブを引きながら天堂が諌めた。
「ああああああああああああ!!!???」
「っっしゃああああああああ!!!!!!」
突然睨み合っていた二人の方からそんな声が聞こえて、全員がそちらを振り向いた。天に拳を突き上げる少女と、椅子から崩れ落ちて床に突っ伏す少年。
「あ、決着付いたんすね」
高天原がへらりと笑ってノートを取り出す。大雑把なようでマメなこの男は、今までの勝敗を全て記録しているのだ。笹月曰く、マメなのではなく性格が悪いのだ。
「あ、飯島また負けたんだ…」
ちら、とノートを覗き込みながら三木がそう言うも、飯島は何も言わない。ただ勝ち誇ったような表情の美少女、町屋早紀がいるのみである。
「飯島ババ抜きよっわいな…」
「ていうか運が絶望的にないよね。ふゆのんが参加してるといい勝負なんだけど」
「あっはい!異論!異論があります!冬乃の不戦敗」
「そんなルールは無い」
──念のため述べておくが、この教室は、かるた部(仮)の部室である。