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スノー・シャンテ  作者: ごま塩
9/17

抱く母の調べ5


                   ∮


 そこは、閉塞された暗がりを思わせる。さながら夜の世界だろうか。

 その中で闇に染まらず、ぼんやりと浮かび上がる色がある。

 薄い金。その色は闇夜に浮かぶ月の色に似ている。

ふと薄金が揺れたがそれは髪の色。首が動いたからつられて揺れただけのこと。

 その目は真っ直ぐ前に向けられている。

 間もなく足音が響きだれかの訪れを知らせる。

月夜さえ射さない暗がりに浮かびあがった人影に、唇を綻ばして歓迎の意を示す。

「やあ。随分と、楽しそうなことになってるね」

「……あなたにとっては、そうでしょうね」

闇に紛れるほどの漆黒の髪を無造作に下ろしている青年は、困ったように目の前の人物を見つめる。

「で? こうなることは予期していた。それは俺にもわかっていますよ。――なにをなさるおつもりか」

「さあ? 聞かれたとしてもわからないよ。僕にも、ね」

 咎めるような口調にもまったく気にした様子もない。彼はその目をいっそう楽しげに細めて呟く。

「ただね、気になることがある。それがわかるまではなにも出来ないだろうね」

「それは……?」

「さてね」

 そうはぐらかすようにいったと思えば――

「この私とてわからぬことはある。後にそなたに指示をだそう。……それまでしばし待て」

「……御意」

 口調をがらりと変えて、畏怖を覚えさせる厳かな声音で告げる。

 青年――シレンシオは片膝をついて頭を垂れる。

「あなたのお望みであれば」

 しっとりと満足そうに口角を上げたその人を見上げる。

それは、月の色を溶かし込んだ薄金の後ろだけ長い髪に、異様なほどしっとりと濡れた薄い月のような双眸。

まだ若いとされる外見をするその人の顔を無言で見つめ、シレンシオは背を向けてその場を去る。

これ以上話すことはないと言外に告げられたからだ。次に呼ばれる時はそう経たない内だろうと思いながら。


                   ∮


「まさか、シスターリニスがここでマザーを務めていたなんて」

偶然ってすごいわねとくすっと微笑むヴァールハイトをネージュは見つめる。

 そのリニスは、今はここにいない。

時刻は夜を回り町は深い夜に抱かれ静寂をたたえている。

 リニスとの再会を果たしたヴァールハイトに手を引かれたネージュは結局、教会で一夜を過ごすことになった。

 ネージュの噂を聞いてアウィスをひとりで訪れたヴァールハイトとシスターは再会を喜んで、リニスに宛がわれた個室にてすっかりと話しこんでいた。

昼と夜も食事も出されてしまったし、拒もうとしたのにヴァールハイトが睨んでくるから大人しくご馳走になってしまった。

そんなネージュとヴァールハイトをシスターは微笑ましそうに眺めていたけれども。

――そうでしたら、ここでお泊りになって下さい。

そう言われてしまったから、夜に包まれたリニスの部屋の簡素なベッドにヴァールハイトと二人潜りこんでいた。

「……なんで、こうしないといけないの?」

「あら、ネージュはいやなの?」

 聞き返されたけれども、どうしたらいいのかわからない。こうして人の温もりを感じて眠ることなんて初めてで。

 月明りに照らし出された顔はやさしくネージュを覗きこんでくる。

 眉を寄せるネージュに、ヴァールハイトはなにを思ったのかその腕を伸ばしてくる。どうしたのだろうか。

じっと少女を見つめるネージュだったが腕を取られていきなり引っ張られた。

――一瞬、なにをされたのかわからなかった。

ふわりと香った少女の匂いにようやく抱きしめられているのだと理解する。

ネージュはこうやって抱き締められたこともない。

どうしてこんなことをするんだろうかと戸惑いながらも…その胸に、ためらいながらも顔を寄せてみる。

「ヴァール、ハイト……?」

「…………ネージュは、こうやって意味もなく抱きしめられるぬくもりも、知らないんだよね」 

「ヴァールハイト?」

 くぐもって聞こえる声が震えているような気がした。

 そう思ったのも束の間。

より強く引き寄せられて、ヴァールハイトの体温をずっと身近に感じる。

 包まれている。

 そう感じるほどに強く抱きしめられてしまう。

「小さい頃に、よく母様がこうして抱きしめてくれたの。……寂しくないように」

「……そっか」

「うん。それに、ひとりで寝ると寂しくて泣きたくなるの。ひとりは、いやよ」

「そう、なんだ」

 弱々しく呟くヴァールハイトの刻む、確かな鼓動を聴きながらネージュは瞳を閉じる。

 いつかに見た夢のようなあたたかなぬくもり。

 親を知らないから初めて感じたあたたかさに無性に泣きたくなってしまう。

 とても安心する。泣きたいくらいにあたたかい。

 夜ひとりで寒い路地に丸まって眠ることに慣れていた。

でも、それがとても孤独なことだとヴァールハイトは言いたいのかもしれない。

「……あたたかい、ね」

「そうね。ネージュはあたたかいわ」

「そうなの?」

「ええ、そうなの」

 顔を見合わせて、同時に声をひそめて笑う。

「ふふ……っ。こんなに笑ったの、久しぶりだわ」

「ヴァールハイトは笑ってたほうが、いいよ」

その方が素敵だな。

 てらいもなく純粋に言うネージュにヴァールハイトも頬を緩める。

「ありがとう」

「なにもしてないよ」

「ううん。たくさん、ネージュが知らなくても私は救われたの」

 ……ありがとう。

 やさしく(ささや)いたヴァールハイトをネージュは見つめるだけ。

 そんなことを言われたのも初めてだったから。なにもしていないのに。そう思ってしまうけれど。

 体はもう眠りに落ちる寸前で(まぶた)が重かった。

ゆるゆると、ヴァールハイトのぬくもりと同じようにやさしく引き込まれるまどろみに素直に身を委ねてネージュは瞳を閉じた。

やがて、静かな部屋に穏やかな寝息が二つ聞こえる。

 月明りが、お互いに寄り添いあうように抱きあって眠る少年と少女のおもてをやさしく照らしていた。

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