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スノー・シャンテ  作者: ごま塩
7/17

抱く母の調べ3

                   ∮


秋が終わるとすぐに冬はやってくる。

南の小高い山の麓に広がる高原にあるアウィスはそれほど雪が降らない。それこそ冬が深まらなければ本格的に積もることもない。

この国は北にある街に行けばいくほど寒さが増すらしい。

もうこの町にも雪が降る季節がやってきた。

ネージュはアウィスの町に気づいたら座り込んでいた。

新年を迎えたばかりの日。

雪が降り積もる中、路地で倒れていたのを発見されたとリニスから聞いた。

この町に来て一年も経っていない。

今まで自分がどう生きていたのか記憶がなくて家族すらないから、孤児として修道院に引き取られた。

自分でも不思議だと思ってしまう。自分はどこから来てどこへ帰るべきなんだろうか?

記憶がないのは仕方ないけどいつかは思いだすかもしれない。そう、ネージュは希望を抱いていた。

もしも思い出したらその時は家族を探しにいってもいいかもしれない。もっとも、そんな人が自分にもいるのかはわからないけれど。

天涯孤独でもいいと思うけれどちょっとだけ寂しいとは思う。町で親に手を引かれる子供を見ると切なくなることもある。

できることなら自分を生んでくれた親に会いたい。そう思うようになったのはつい最近。

冬が訪れた時を境にネージュはひとつの夢を見るようになっていた。

誰かのぬくもりに包まれているあたたかい夢。

視界はぼやけているからはっきりとどこかはわからない。でも遠い場所で、だれかが眠るネージュにやさしく声をかけてくれるのだ。

はっきりとは聞こえないけれど、ネージュはあんなにもやさしく声をかけられたことがない。

あれが親というものなのだろうか。人のぬくもりにじかに触れることがないから、よくわからない。

――そんな思いを抱えて、今は日々をすごしていた。




「んー……」

 暗がりの路地の石畳はいつにも増して冷たい。

耳には朝を知らせる小鳥の囀りが届いていた。もう起きないといけない。

上着を寄せて、ネージュは冷え切った体を丸めていたがそっと立ち上がる。このごろ寒さが増した気がする。

「……さむいなぁ…」

ぶるっと震える肩を抱いてぬくもりをもとめる。

いつも外で眠っているから寒さがこたえて辛いと感じるようになっていた。

こうなってしまえば無理を通してでも路地で眠ることはしたくない。それにこの小さな町で生活するようになって、あとちょっとで一年が経つ。

リニスに心配しているとまた言われてしまう前に孤児院に戻ろうか。

この寒さのもとではいくらネージュでも凍死しかねない。

冬になれば日が短くなるからか、前なら目を覚ませば見通せるくらいには明るかったのに未だに真夜中のような暗闇がネージュを包む。

「うー……。でも朝市だし、マグノリアのところにいこうかな」

かじかむ手をさすってなんとかぬくもりを取り戻そうと試みる。

今日は定期的に開かれる朝市の日。

 揃う食材も豊富だから、宿の女主人であるマグノリアは好んで朝市で食材を仕入れる。

 宿に泊る人数によっても変わるが、忙しくて人手が足りないとぼやいているから、彼女の好意に甘えてネージュは手伝いをしている。

冬になってアウィスを訪れる人は少なくなったが、それでも途絶えることはない。

ひそかに森にある湖が美しいと評判で足をのばしてくる人もいるくらいだ。

どれくらい駆けまわることになるだろうと考えながら、やっと温まった身体で広場へと走る。

平坦な石畳の路地を軽快に進み、広場に面した木造の宿屋へと向かう。やっぱり宿の前でマグノリアはエプロンを着けた腰に手をあてて待っていた。

「マグノリア、お早う」

「おはよう、ネージュ。かなり寒くなったねえ」

吐く息が白い。暗い中だとより際立つ。

手をさすりながら寒いと暖をとるマグノリアは、ネージュを戸惑うように見てくる。

「ネージュ、ちょっと話があるんだ」

「なに?」

「あー、昨夜ね、お前を尋ねて遠くから人がきたんだよ」

「僕、を……?」

いったいどうしたんだか。どこか疲れたように頬に手を当てる女主人は呆れている。

「たった一人で、夜更けにここまで来たんだよ。このあたしでもおったまげたね」

「ひとりで?」

「そう。しかもねぇ……」

 ふとマグノリアが目を後ろに向けた。ネージュはいつのまにか宿から出て来た小柄な影を見上げる。

ネージュよりも何歳か年上だろうか。暗い中でも浮かびあがるその赤い長髪は鮮やかに映る。髪と同じ色の瞳は、きれいだと思う。とても意志が強そうな顔立ちがネージュを見ている。

 質素な服を着た少女は頬をゆるめて笑った。

その笑顔は安堵したような、どこか悲しげなものだった。

「初めまして。私はヴァールハイトというの。……あなたが、ネージュ?」

「うん。どうして僕を知っているの?」

 よろしくねと手を差しのべられて、ネージュはその手を握り返しながら首を傾げる。

 遠い場所で知られるような人間ではないのに、なんでこの人は自分を尋ねて来たのだろうか。いくら考えてもわからない。

素直なネージュの反応にヴァールハイトと名乗った少女は…今にも、泣きそうな笑みを浮かべる。

「……ねえ。あなたは本当に、話を聞いた人の歌を……歌えるの?」

「それが、どうかした?」

 なにかを期待するような瞳で、声を震わせている。ヴァールハイトは縋るようにあまりにも思いつめた表情でネージュをその瞳に映していた。

「なにか……誰かの歌が、聞きたいの?」

「…………お願いが、あるの」

とっても、大切なお願いが。ずっとずっとあの時から抱いていた、たった一つの願い。

少女は一筋の涙を流しながらネージュに一心に願う。

「お願い。亡くなった母の歌を……聴かせて……っ」

悲痛な少女の叫びが、暗い朝の町に寂しげに木霊した。

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