男の意地
「ようやくてめえと戦える。最初に会った時と同じと思うなよ?」
「ありがとう。僕もようやく本気が出せる相手と巡り会えた」
祐とレオンは互いに刀と剣を構えると、両者は腰を深く落とした。
「ここから先はどっちが強いかなんて言葉はいらないな。それを決めるのは、俺達の剣だけだ。剣帝レオン」
「気があいますね。同じ事を考えていました。剣聖ユウ」
言葉は不要。その意思疎通が出来た途端、二人は同時に地面を強く蹴って飛び出した。
まだ試合開始の合図は為されていない。だが、そんなものは二人には必要無かった。
突然の消滅でも無い限り、鎖から解き放たれた飢えた獣を止められる物はもう何もない。
「うおおおおおお!」
「はああああああ!」
雄叫びを上げた二人が同時に剣を振り下ろし、お互いの剣をぶつけあった。
耳をつんざくような高音と、服がはためくような強風と衝撃波が発生する。
「ヒビを入らなくなったか。腕をあげたなレオン」
「ユウ君こそ、その細身の剣を折られずに僕の剣を止めたね。ベム爺の剣は全然違うでしょ?」
「あぁ、お互いに良い武器を鍛えて貰ったもんだ。さぁ、この前の続きだレオン!」
つばぜり合いを止めて、祐が後ろへバックステップで距離をとると、刀から左手を離して前に突き出した。
「我が手に宿る魔の力! 赤き牙を大地に突き立て、全てを飲み込め!」
祐の詠唱で突き出した五本の指先から赤い炎が現れ、手の平に集まって螺旋を描く火球へと変わる。
「喰らえっ! サイクルフレア!」
祐の叫び声とともに螺旋の火球が放たれると、レオンは剛剣を縦に構えて、火球に向けて思い切り振り下ろした。
「素晴らしい魔力です! ですが、届かせません!」
レオンの剛剣が火球を捉え、真っ二つに火球が割れる。
魔法カウンターが使えない遠距離でも、目視出来ればレオンはあらゆる魔法を斬って止められる。
そんなレオンの強さに祐は嬉しそうにニヤリと笑った。
その様子を見ていたベム爺とルイスが叫んでいた。
「レオ坊があの魔力密度を叩き斬った!」
「違う! 祐はわざと斬らせたんだ!」
ルイスの言葉通り、レオンはわざと分かりやすいように撃ち込んだ。
真っ二つに割れた火球がレオンを挟んだ瞬間、炎の渦をレオンに向けて吐き出したのだ。
魔力を練る際に、螺旋運動を与えていた液性の魔力を内側に、外殻で魔力を逃さないようにした固性の魔力を外側に作っていたのだ。
そして、レオンが魔力の外殻を斬ったせいで、内側の魔力の渦が飛び出した。
魔法カウンターを使わせた上に両手の自由を奪う、対レオン用に編み出した魔法がサイクルフレアだった。
「初めて会った時から、僕は可能性を感じていた」
炎に囲まれる中、レオンはニヤリと笑いながら呟いた。
両手を横に広げ、祐と同等の炎を螺旋状に放射して、サイクルフレアを受け止めている。
まるで地獄にでもいるかのような光景に、ベム爺が驚きの声をあげる。
「あの炎を無詠唱で受け止めた!?」
「だけど、足が止まってるわ! ユウが見逃す訳がない!」
ルイスの言葉通り、祐は追撃のために刀を構えてレオンに向かって飛び込んでいる。
「聖杯に祈った僕の願いが叶ったという、そんな確かな予感!」
防ぐので全力といった様子のレオンだったが、祐から逃げるように後ろへ飛び退くと、両手を前に突き出して、祐のサイクルフレアごと相殺用に放射していた炎を前に押し出した。
「魔法の指向性を変えた!? それに自分じゃなくて、相手の魔法まで一緒に!? ユウ!?」
二人分の強力な魔力の込められた炎が祐の目の前に迫る。
やったことをやり返される。まさに倍返しの展開に、祐は凶悪な笑みを浮かべた。
「しゃらくせえ!」
楽しそうな声をあげながら、祐が刀で炎を一閃すると、目の前を覆っていた炎が一瞬で消え去った。
代わりに映るのは、これまた嬉しそうな表情を見せながら剣を振りかぶるレオンの姿だった。
炎の目くらましで、バックステップから一転、レオンが前に飛び出したのだ。
「その予感は今確信に変わった! 僕は今最強の剣士と戦っている!」
「俺はずっと試したかったんだ! 俺の力がどれだけ届くのかって!」
レオンと祐が言葉のドッチボールを交わしながら、剣が瞬間的に五回ほど交わった。
刃が弾かれた瞬間に軌道を変え、撃ち込んだり撃ち込まれたり、攻守が目まぐるしく変わりながら、二人は剣を打ち合っている。
「僕は欲しかったんだ! 僕と対等に戦える相手が! 近づけば妬みや憧れで僕から離れて、孤独にしてくる相手ではなく、純粋に僕と強さを競い合ってくれる相手が!」
「俺は欲しかったんだ。俺の力を本気でぶつけられる相手が! 俺の妄想を受け止めて、孤独という退屈から連れ出してくれる相手と世界が!」
さらに速度をあげた一進一退の攻防を続けながら、レオンと祐は思いの丈をぶつけあっていた。
祐はレオンの剛剣を捌き、躱し、作った隙に向かって刀だけでなく、拳や蹴りを使って相手を突き崩す動きを見せる。一方、レオンは祐の刀を強烈な一撃で弾き飛ばして出来た隙に、無詠唱で魔法を撃ち込んで、均衡を崩そうとした。
「でも、もうそんな過去はどうでもいい! 今、君とせりあえているのなら、それで良い!」
「俺もだレオン! てめえと剣を打ち合える今が一番人生でおもしれえ!」
「僕はっ!」
「俺はっ!」
「「この日のために強くなった!」」
祐がレオンの剣を弾き飛ばし、お互いに防御がとけた瞬間、祐とレオンは互いの左手を前に押し出した。
次の瞬間、まばゆい爆発が発生し、爆風に吹き飛ばされた二人の距離が一気に離れた。
ただ、あくまでも相殺された魔法の衝撃波で吹き飛ばされただけであって、お互いに傷は一つついていない。
勝負はこれでまた振り出しに戻ってしまったのだ。
「そういえば聞いておきたいことがありました。最初あなたが闘技結界の説明を受けた時、死人が出ない所か、怪我もしないことに対して、つまらないとか、遊びみたいなものかと思いませんでしたか?」
「……良く分かったな。始めはそうだった」
「えぇ、反応が今一でしたから。聞くまででもないですけれど、今はどうですか?」
「今でも遊びみたいなものだと思ってる。死にもしないし怪我もしない。ある意味、VRMMOのゲームのようなバトルだ。でも、だからこそ、本気になれる」
「VRMMOというのは分かりませんが、その通りです。誰一人死にもしない。怪我もしない。恨みも悲しみもない。だからこそ、僕達は純粋に己の強さを死ぬまで競い合える! 死力を尽くして!」
レオンがそう言って剛剣を構えると、淡い光に包まれた彼の足下から砂埃が舞い上がり始めた。
死力を尽くすという言葉の通り、レオンが今使っている魔法は己を死の淵に立たせる技だ。
人体の稼働を超える動きを魔力の流れで無理矢理再現し、人智を越えた動きを見せる。いわば自分自身の肉体を操り人形にして、普段なら制限されている動きを無理矢理操作して出来るようにするのだ。
そんなことをすれば、人体の関節や筋肉は耐えきれずに悲鳴を上げる。
その悲鳴を回復魔法で無理矢理押さえ込み、戦い続けられるようにしている。一瞬でも体内を巡らせる回復用の魔力の流れに淀みや、歪みが現れれば、全身が行動不能になるほどのダメージを負う。
遊びだからこそ出来る人間の限界を超える挑戦、最高の無茶だ。
その境地に祐も既に立っていた。
「お前のその死力。俺が死ぬ気でへし折るから、全部出しきって死んでろ!」
レオンの本気に応えた祐の足下からも、魔力によって浮かされた砂煙が舞い上がり始めた。
周りの環境ではなく、自分自身を操ることから、祐は勝手に操身術と名付けた。
「んでもって、俺にその剛剣で一撃でも入れてみろ。俺はお前と違って操身術は付け焼き刃なんでね。俺が立て直す間に俺を余裕で倒せるさ! だけどな。そう簡単に一撃を入れられると思うなよ!?」
祐が雄叫びをあげた瞬間、祐とレオンの両者ともに砂煙を残してその場から消えた。
かわりに両者の中央で火花が散り、突風が吹き荒れた。
「ユウ! 君のその自信ごと、この剛剣で叩き伏せる!」
「レオン! てめえをその余裕な表情のまま、眠らせてやる!」
初撃はお互いに剣をぶつけ合って勢いを止めあった。
一瞬止まったように見えた攻防だったが、次の一秒間の間に五回ほどの銀閃がちらついた後、鈍い音とともに祐とレオンは互いに距離を離して剣を構え直していた。
○
魔法によって限界以上の動きをしていても、両者の力は互角といって良い物だった。
そんな戦いにルイスとベム爺は瞬きすら忘れて見入っていた。
「なっ、何いまの!?」
「何が起きたか分からぬまま、ミヤ坊が吹き飛んだし、レオ坊の頬が切れたぞ!? 嬢ちゃん何が起きたか解説してくれ!」
「わ、私だってあんまりよく見えてないわよ。でも、見えた限りだと」
二度目までの攻撃は互角だった。
差が生まれたのは三度目の攻撃で、レオンの剣の振り下ろしが先だったが、祐は身体をそらしてレオンの攻撃をかわした。
祐はわざと隙を見せ、レオンの攻撃を誘ったようにも見えた。
そうやって作ったレオンの振り下ろしの隙を祐が逃さずに、レオンの首に向かって突きを放った。すると、レオンは上半身を横に傾けて祐の突きを皮一枚で回避したのだ。
その瞬間、祐も突きの軌道を変えて、袈裟切りを放ってレオンの首を追いかけた。しかし、最後には、祐の刀よりも速くレオンの蹴りが祐の腹に当たっていた。
その蹴りの衝撃を祐は自分から後ろへ飛び退くことで威力を殺すと、再度刀を構え直したようだ。
レオンの方も祐の連続攻撃で崩された体勢を立て直すと、避けたと思っていた突きで出来た傷のせいで、頬から赤い液体がにじみでているようだった。
これがわずか一秒の間に起きた出来事だ。
ルイス自身も戸惑いながらした解説に、ベム爺は息を飲んでいた。
「嘘だと思っても眼は誤魔化せなかったわ……」
「なんという使い手達だ……」
「でも、ユウはまだ抜刀術を見せてない」
「いや、見せられないのではないか? あの技はお嬢ちゃんが休憩時間に説明した話しだと、鞘に入れた状態にせなばならんのだろう? 今は華麗な刀捌きで攻めているが、あのレオ坊の猛攻を刀無し抑えられるとは思えんぞ」
「大丈夫。距離は離せたし、ユウが剣を鞘にしまえば、ユウの剣は三本になる。ユウ! がんばれ!」
例え祐の耳に観客席からの声は届かなくても、気持ちが伝われば良い。
観客達の応援はレオンに向けられたものにせよ、祐に向けられたものにせよ、ルイスと似た願いを込めてしているものだっただろう。
○
レオンの身体は回復魔法で無理矢理つなぎ止めていても悲鳴を上げ始めていた。
心臓の鼓動が速くなり、祐と打ち合ったせいで手足に痺れが走っている。
(参りましたね……胸が痛い……。呼吸が苦しい……。手足の感覚が消えかけてる。ユウ君の方は余裕そうな顔してるのに……)
原因は目の前にいるずっと戦いたくて仕方が無かった宮永祐のせいだとハッキリ分かっていた。
祐の動きはレオンの動きよりも、コンマ数秒程度の誤差みたいなものだが、僅かに速い時が多かった。突きを回避しきれずに頬を斬られたのもそのせいだろう。
そんな祐の動きについていくために、さらに速度を上げようと小さな無理を重ねた結果、身体の負担に回復が追いつかなくなり始めていたのだ。
(乱暴なように見えて、とても繊細。どの技もムダのない綺麗な動きだ)
血と痛みで熱くなっている頬の止血をする余裕すらない状態に、レオンは自嘲気味に小さく笑った。
ルイスの時は血を止めるために魔力を割り振っても、身体能力の差があった。だが、祐相手には少しでも気を抜くと、一瞬で切り伏せられる力を持っている。そのせいで、回復に回せる余裕が一切無かった。
(すごいなユウ君は。二週間前にこの世界に着たばかりなのに、僕よりも強くなり始めている。魔法も戦いもない世界だって聞いたのに。だからこそ負けたくない!)
祐は強い。そんな相手を求めていたとは言え、実際目の当たりにして、対戦をしてみると、彼の強さが羨ましくて仕方なくなっていた。
今自分を追い詰めている彼よりももっと強くなりたい。一度頂点に立ち、追いかける目標が消えたレオンにとって、祐の存在は新しい目標になっていた。
今のレオンでは祐に速度で追いつけない。だが、パワーなら勝っている。レオンが勝つためには、今ある全ての技術を力に賭けるしかない。
(祐君が剣を鞘にしまった。今の僕の速度なら、あの抜刀術の速度には敵わない。ならば、僕の全てをかけて、剣ごと祐君を止めるまで!)
一撃に込める力を溜めたレオンは剛剣を横に構えて思いっきり跳躍すると、空中で己の身体に回転を与えながら落下し始めた。
「受け取れエエエエ!」
高さをとったことで得た位置エネルギーと、回転によって生み出された遠心力で、レオンの剛剣が獣の咆哮のような音を発していた。
○
腹部を思いっきり蹴られた祐は顔を歪ませないように、必死にやせ我慢をしていた。
(いてぇ! マジいてえ! 超いってえ! なんだこれ!? 身体が内側に腕でもつっこまれて、えぐられているみたいな感覚だ! こっちは頬を少し斬っただけだってのに!)
衝撃を反射的に殺したおかげで致命傷は避けたとは言え、ダメージはしっかり通っていた。
あそこで逃げて時間を稼がなければ、レオンの攻撃に反応出来ず間違い無く次の一撃を貰っていた。
(あの野郎、初めて斬り合った時も思ったけど、とんでもねぇ馬鹿力だ。操身術を使っていなくても普通に一撃貰ったら意識が飛ぶ威力だな。最強の名前を授かる訳だぜ……)
涼しい顔をして巨大な剣を構えるレオンを見て、祐は集中し直すために短く息を吐いた。
(でも、今ので距離も開いた。抜刀術を仕込めるのはここしかないか。レオンの奴は俺の抜刀術に警戒しているのは分かっているけど、俺はその先を行かなければ勝ちじゃねぇ!)
祐は刀を一度鞘にしまうと、足に力を入れて力強く大地を蹴った。
それと同時にレオンが空中に大きく跳躍して回転を始める。
「受け取れエエエエ!」
「焦ったなレオン! そんな大技簡単に見切って――っ!?」
祐が横に飛んで避けようとした瞬間足が地面から浮いた。
強烈な回転速度で吸い込まれているのだ。
ただの回転ではない。剣帝として魔法を編み込んだレオンだけの剣技に祐はフッと小さく笑った。
(なるほど。俺を吸い寄せて、逃げられなくして、この一撃で確実に仕留めるつもりか。俺達は正反対だけど、考える事はどこまでもそっくりなんだな。俺も全く同じことを考えていたからさっ!)
逃げることを止めた祐は刀の柄と鞘に手を添えると、その場に踏ん張って剣に全ての意識を集中させた。
(なめるなよレオン。ルイスに抜刀術を教えたのは俺だぜ。その剣ごとお前を斬る!)
そして、身体の隅々に酸素を送り込むために大きく短く息を吸うと、祐は奥歯を噛み締めて回転しながら落ちてくるレオンを睨み付けた。
「これで終わりだあああああ!」
祐が天に向けて刀を振り抜き、レオンが地に向けて剛剣を振り下ろす。
衝突した二つの力は見えない力場へと変化し、二人のいた場所を中心に地面に亀裂が入った。
その衝撃で二人の剣が弾け飛ぶ。
両者ともに身体は無傷だが、力の爆発の中心点にいたためかお互いの剣は無傷では済まなかった。
「僕の勝ちだユウ!」
「くそっ! また届かなかったってのか!」
レオンの剛剣には大きなヒビが入ったが、祐の刀は根元からぽっきり折れていた。
祐が片手で振っていたのに対して、レオンは両手だった上に落下の力も加わっていた。そうして出来た力の込め具合が差となって現れたのだ。
銀の刀身が二人の上に吹き飛び、武器を無くした祐の頭上に向けて、もう一度レオンの剛剣が振り下ろされる。
あまりの威力に祐は片目を瞑りながら、腕に受けた衝撃を我慢しつつ、レオンを睨み付けた。
勝負はこれで決した。観客席にいる人達は皆一様に席から立ち上がり結末を見逃すまいと、目を見開いている。
二人のことを良く知るベム爺もルイスも例外ではなかった。
「レオ坊が打ち勝ちおったか!」
「ユウ負けないで! あの技はあなたが教えてくれたんでしょ!?」
悲痛な声でルイスが祐の名を叫ぶ。
そんな応援は祐の耳には届いたのか、祐が閉じていた目を開く。
「なんてな! 一刀目は捨て石だ!」
「なっ!?」
祐の身体が突然回転し始めると、黒い長物がレオンに向かって襲いかかっていた。
魔力を帯びた刀の鞘だ。ルイスが見せた二段階の抜刀術も祐のこの二段階目の鞘を使った奇襲からヒントを得た物だった。
まるで二本目の刀のように、祐の振るった鞘がレオンのこめかみに向かう。
「ぐあっ!?」
こめかみを思いっきり強打されたレオンは地面を二度ほど跳ねて、吹き飛んでいく。
だが、同時に祐もその場に膝をついた。
「ゲホッ。くそっ……あの野郎……離れ際に顎に蹴りを入れて吹き飛んでいきやがった……」
頭を上下に揺らされた祐は酷い頭痛と吐き気、そして目眩に襲われて、なかなか立ち上がろうにも立ち上がることが出来なかった。
その体調の酷さは俯いた頭を上げることすら出来ないほどだ。
「でも……俺の勝ちだ。手応えはあった……。もうお前も立ち上がれないだろ……」
倒れた相手を見ようと祐が無理矢理頭を手で支えながら起こそうとした。
「レオン……俺の」
勝者として試合の健闘をたたえようと声を出すが、祐の声は途中で止められてしまった。
「まだ……。まだです……。まだ終わっていません……。終わらせる訳にはいかないんです……」
剛剣を杖代わりにフルフルと震えながらレオンが立ち上がっている。
驚くべき事は、そんな状態でもレオンは笑っていた。
「レオン……てめえはやっぱすげぇな」
その姿を見せつけられて、祐も小さくフッと笑うと、鞘を杖代わりにゆっくり立ち上がった。
「何を言っているんですかユウ君……。身体を操っていた全ての魔力を盾にしてこめかみの攻撃を防いだのに、僕の意識が断ち切れそうなんですよ……? 君こそ称賛に値します」
「良く言うぜ……あのギリギリのタイミングで操身術を解いて、防御したあげく、俺の顎に蹴りを入れやがって……メチャクチャ効いてるぞこの野郎」
互いにフラフラになって、ろれつも上手く回っていないものの、二人はお互いの攻撃を褒め称え合った。
「本当に……君は面白い」
「マジで……たまらねえ相手だ」
そして、眼を合わせて互いに鼻で笑うと、両者の目が殺気に満ちた。
「でも、君がまだ立ち上がるというのなら」
「そうだ。てめえがまだ戦えるのなら」
「僕はあなたを……倒すっ!」
「俺が……今度こそてめえを叩き斬る!」
同時に飛び出した二人の足下には魔法で生み出された風がまとわりついていた。
もはや走る力もない二人は残り少ない体力を温存するために、魔法で自分自身を吹き飛ばして飛び込んだのだ。
お互いの死力を賭けて飛び込む中、祐は淡く輝くルイスの右腕に気がついた。
(あの野郎っ!? この状態で右腕だけに操身術を使ってやがる!? どんなけ器用だってんだよ! 今の状況で喰らったら間違い無く死ぬ。でも、やられるわけにはいかねえ!)
今のレオンを倒すだけなら、鞘でも一撃当てれば勝てる。
祐にはもう操身術を使えるほどの余裕は無かった。だから、その代わりに全ての力も魔力も刃のなくなった鞘に押し込んだ。
「ユウ!」
「レオン!」
二人が叫んだのは、次の一撃で全てが生死を分けることを理解しているからだ。
次に言葉を発した物が勝者であるという最終確認。
気合いを入れるための雄叫びすらも封じ、全ての力を攻撃に捧げる。
ひびの入った剛剣と刀のない鞘がぶつかりあい、銀の欠片と黒の欠片が同時に宙を舞った。
レオンの剛剣も祐の鞘も、同時真ん中からポッキリと二つにへし折れてしまったのだ。
「引き分けたか!?」
「違うっ! ユウが三本目を抜いたわ!」
お互いに武器が砕けたことで、剣による試合なら引き分けとなっている。だが、審判は止めることをしなかった。
砕けた鞘を振り抜いた祐の手の中から、新しい氷の魔刀が抜かれていたからだ。
瞬間的に勢いを切り返した祐の魔刀がレオンに向かって放たれる。
突如現れた魔刀は向こう側が透き通るほど薄く、心許ない印象を受ける作りだったが、辺りの水蒸気が霧になるほどの極低温の刃で、当たった所から凍り付くだろう。
(刀の形はハッキリ覚えている! 鞘に魔力を固めていたのはこいつが本命だ!)
魔剣抜刀。
ルイスとの修行で身につけた異世界だからこそ使えるようになった三つ目の抜刀術。
魔法の刀を突如生成して奇襲をかける剣技だ。
「俺の勝ちだレオン!」
「くっ!」
武器を無くしたレオンは為す術も無く、悪あがきのように腕でガードのポーズを取っている。
そんなレオンの腕ごと切り落とすつもりで、祐はただ力任せに剣をレオンに向けて振り抜いた。
そして、手に訪れる固い確かな手応え。
砕ける氷とともに祐の腕に滴る赤い血液。
氷の牙は確かにレオンに届き、レオンの右腕が力を無くしてぶらりと下がる。
「君はっ……本当に強い人だ……。美しくも鋭い剣です……」
降参ともとれるようなレオンの言葉に、祐はニヤリと笑った。
しかし、次に祐を襲ってきたのは意識が飛びそうになるほどの衝撃だった。
「マジかよ……。ここで……魔法カウンターか……」
祐が右腕の違和感に気がつき、たまらず後ずさりすると、レオンが左腕だけをファイティングポーズの位置に持ってきた。
「はい。ですが、僕の防御魔法を砕かれました。……おかげで右腕はもう使い物になりません」
「てめぇも人の右腕をお釈迦にしておいて……良く言うぜ……」
祐の右腕には氷の破片が深々と何カ所も突き刺さり、血行が悪くなっているせいか酷く青白くなっていた。
あまりの低温に腫れた違和感はあるが、痛みの感覚は消えているのが幸いだと思えるくらいに酷い状況に陥っている。
「……お互い様です。ユウ」
「そうだな……。お互いに武器はない。腕も一本やられてる」
「でも、拳が一つ……残っています」
「あぁ……今度こそ最後だ。俺の拳が終わらせる! レオン!」
祐が左腕を渾身の勢いで振り抜くと、レオンのこめかみ目がけて左フック撃ち抜いた。その威力でレオンは足下をふらふらとおぼつかせると、突然ふんばって祐の顎に向かって左アッパーを振り抜いた。
「終わらせるのは僕の拳だ……」
「……やるじゃねぇか! レオン!」
顎を打ち上げられた祐が、頭を振り戻すついでに、レオンの額にむけて頭突きをぶつける。
「ぐあっ!? なんて石頭! それでもっ!」
頭突きをして頭を下げている祐の顔に向かって、レオンの膝がぶつけられる。
思いっきり膝蹴りを食らった祐の鼻から血が吹き出た。
「剣帝の名前の割に足癖が悪いんだよてめえ!」
身体を後ろへ反らされた勢いを使って思いっきり足を上げた祐が、かかと落としをレオンの後頭部に打ち付けた。
さすがのレオンもこれには耐えきれず、地面に頭を打ち付けたが、すぐさま立ち上がり、回し蹴りを祐の胸元にぶつけた。
「ぐおっ!? かはっ……。くそ……いい加減倒れろよ……」
祐は肺の中から空気を全て奪われたかのような息苦しさに襲われ、たまらず膝をつく。
「こちらの台詞です……。何で今のを喰らって意識があるんですか……?」
連続攻撃を喰らえば防ぎようがない絶体絶命の状況だったが、レオンも同じように膝をついていた。
「レオン、てめぇ、想像以上に頑固じゃねぇか」
「ユウ君こそ、想定以上に意地っ張りです」
お互いをたたえる言葉を口にしながら、祐とレオンはもう一度立ち上がった。
(絶対に負けたくねえ)
(少しでも気持ちを折られたら負ける)
((だから))
身体は傷だらけで、呼吸も乱れに乱れている。
もはやどちらが強いかなど比べる必要が無いほど、二人は消耗していた。
それでも、二人は身体に鞭を打ち、拳を振るために飛び出した。
「意地の強さで負ける訳にいくかよ!」
「この意地折られる訳にはいきません!」
「レオン! てめえは強い! だからさああああっ!」
「ユウ! 君は誰よりも強い! それだからこそっ!」
「お前に勝ちてえっ!」
「君に勝ちたいっ!」
○
剣を失い、ボロボロの傷だらけになっても戦い続ける二人の姿を見て、会場は異様な熱気が包んでいた。
真夏の熱帯夜のような蒸し暑く暗い息苦しい空気だ。
誰もが呼吸を忘れ、思い出したように弱く息を吸う。応援の言葉すら出せないほど、試合に飲み込まれていた。
そんな空気に耐えきれず、ルイスが沈黙を破る。
「ベム爺……なんであの二人はまだ戦ってるの?」
「どちらも頑固なんだ」
「……意地だけで戦ってるってこと?」
「あぁ……」
「……バカみたい」
「あぁ、だが、男っていうのは時にあんな馬鹿なことをしたがるんだ」
「そうね。私もそのバカがいる所に追いつこうとしてたんだ。いけえ! ユウ! 負けるなぁああああああ!」
○
最後に放った二人の拳は互いの頬を捉えた。
恐ろしいほど綺麗に交差した拳は二人の頭を吹き飛ばし、前のめりに突っ走った二人の身体が後ろへと倒れ込むほどの威力を持っていた。
誰の声もない。何も音のない世界で祐は全身に感じる疲労感で今にも意識が飛びそうになっていた。
(あー……楽しいなぁ……俺、あんな強いやつと戦ったの始めた……。俺の夢は叶った……)
そんな消え入りそうになる意識の中、祐は強い奴のことが思い出せなかった。
(強い奴……? 誰だっけ? ってか、俺何やってたんだっけ? 道場で修行して疲れて寝てたんだろ?)
試合が始まる前の現実世界での記憶が蘇り、妙に納得しかけてたところで、心臓がどくんと鼓動を打った気がした。
(違う! 俺はあいつと! レオンと戦っていたんだ! まだ、まだだ! まだ俺は勝ってない!)
その言葉でレオンは意識を取り戻して立ち上がると、目の前には祐よりも先に立ち上がって構えをとっていたレオンがいた。
まだまだ戦う意志があるのか、レオンの口元は嬉しそうに微笑んでいた。
「……本当にお前は強いよ……レオン」
もはや立っているのがやっとだった祐が呟くが、レオンからの返事は返ってこなかった。
一歩も踏み出すことが出来ないほど疲れている。だが、祐は最後の力を振り絞って腹の底から叫んだ。
「聞こえてるか? 剣帝レオン……。俺のっ……俺の勝ちだっ!」
祐が左腕を天にかかげると、レオンはそのまま前のめりに倒れた。
気を失いながらもレオンは戦う意志を見せていたのだ。
まさに不屈、剣帝に相応しい壮絶な負け様だった。敗北すらも帝王は美しい。
そんなレオンらしい結末に祐は呆れて笑うと、その場に倒れ込んだ。
○
闘技結界が解除されると場内は割れんばかりの大歓声が鳴り響いていた。
だが、主役である祐もレオンも闘技台の上で崩れ落ち、剣を杖にして身体を支えるので精一杯になるほど疲れていた。
祐にはルイスが、レオンにはベム爺が駆け寄って肩を貸す。
「ユウ! あんたすごいじゃない! 勝ったのよ! 剣帝に勝ったのよ! おめでとう!」
「あぁ……。ありがとう。勝てたぜ……本当にギリギリで。レオンのところまでちょっと肩貸して貰えるか?」
「もちろんっ」
ルイスに肩を借りながら祐がレオンに近づこうとすると、レオンもベム爺に支えてもらながら闘技結界の中央へとやってきた。
そして、お互いに手が届く距離まで近づくと、祐とレオンが右手を差し出して、手を握り合った。
「今回は俺の勝ちだ。レオン」
「えぇ、そうですね。今回はあなたの勝ちですユウ」
「次も負けないぜ」
「次は勝ちます」
「ふっ、ははは。あははは」
「ふふ、あはは。あははは」
どこまでも晴れやかな気持ちで二人は息が切れるまで笑い合った。
エピローグ
修練場では三人の若者が闘技結界を起動して、結界の中で暴れ回っていた。
単なる遊び。何の生産性もない異空間の殴り合いでしかない戦いでも、三人は全力で遊んでいた。
「楽しいなぁっ! レオン! ルイス!」
「えぇ、だからこそバトルは止められないんです!」
「えぇ、いつだって全力全開よ!」
退屈だった三人は清々しい笑顔で戦い続けていた。