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レオンVSルイス

 試合を終えたルイスは裕のいた席に向かって右手を上げた。

 剣を見せずに勝った。ということを誇るように、鞘にしまった剣に左手をかけてニヤリと笑っている。

 剣をほとんど使わずに勝ったのは、ルイスが考えついた作戦だった。


 本業は魔法使いであって剣士ではない。

 そうレオンに思わせるには徹底的に魔法で戦わないといけなかった。

 ルイスの力は剣帝レオンに敵うはずもなく、唯一追いつけるのは足の速さと手数くらいだ。


 ただ、手数が多いと言うことはそれだけ攻撃を見せる機会が多いということにもなり、剣帝レオンならば数回攻撃を見れば攻撃を見切る。

 そして、魔法に関しては以前に一度試合で見せているせいで、ほとんどの魔法は見切られている。


 つまり、二週間で身につけた付け焼き刃で心許ない接近戦が、唯一剣帝レオンに届きうる戦闘技術だった。

 一回限りの必殺の戦技は剣帝レオンと戦うまで、誰にも見せる訳にはいかない。その片鱗さえ感じさせてはいけない。

 剣帝に剣で勝つために、裕に教えて貰った剣を封印する。


 そうして、裕を悔しがらせて、私を真っ直ぐ見て貰おう。真っ正面からもう一度彼と本気で戦いたい。

 売り言葉に買い言葉で始めてしまった喧嘩みたいな勝負じゃなくて、正々堂々自分の全てをかけて戦いたい相手だ。

 そう思わせるほど彼の剣は美しく、ひたむきに強くなろうとする彼の姿はまぶしかった。


「あいつが師匠面出来なくなるようにしてやるんだから。教えたのは私が先だしね」


 と言いつつもレオンとの対戦が始まるまで、ルイスは頭の中で裕が教えた技をイメージし続けていた。

 そうしてルイスは一度も剣を使わぬまま勝ち進んだ。

 裕の方も危なげなく順当に勝ち進み、少し退屈そうにしている顔を見て、ルイスは小さく笑った。

 本当にどこまでもバトルマニアな奴だと思って呆れてしまう。

 ただひたすらに自分より強い奴と戦いたいという欲の塊だ。

 異世界に来て不安は感じないのかと尋ねた時も、自分の力を試すことが出来て嬉しいと言っていたり、もっと俺は強くなれると言って喜んでいた。まるで夢が叶った子供のような喜びようだった。

 そんなやつと一緒に戦って技を磨いてしまったからこそ、彼の前でみっともない戦い方は出来ない。


 裕には弱いと思われたくない。


 そんな気持ちはルイスにとって、感じたことのない変な気負いだった。

 エルフ領の代表として、発言権をかけた試合の重圧とは違う。

 もっと個人的な嫉妬めいたものを感じていた。


「ないない。確かに可愛らしい見た目してるけど、私が恋とかないない」


 レオンじゃなくて、自分に眼を向けさせたいって思うなんて、どうかしているとルイスは首を横にブンブンと振った。


「私は勝つんだ。七賢者としてエルフ領のみんなの誇りになれるように」


 そして、頬をぱちんと両手ではたいて気合いを入れたルイスは、剣帝レオンの待つ闘技台の上に向かった。


「グループ4予選決勝戦、不敗の剣帝レオンに挑戦するのは、七色の魔法を操る天才魔法使い七賢者のルイス! 今回は増幅器である杖を捨て、剣で挑戦だ!」


 司会による選手紹介が入った途端、会場が大歓声をあげて一気にわき上がった。

 鳴り止まない剣帝コールにレオンが巨大な剣を掲げて応えると、より大きな拍手が鳴り響いた。


(完全アウェーだなぁ。ま、剣技を見せずに魔法だけで戦ってればこうもなるか)


 会場の空気は魔法で勝ち進むルイスを邪道とし、剣で王道的に勝ち進むレオンの味方になっていた。

 ただ、そんな大歓声の中でもエルフの耳は便利な物で、聞きたい声は聞こえていた。


「ルイス! 負けるな!」

(そのつもりよ。せいぜい私が勝つのを見て、後で悔しがりなさい)


 裕の応援にひねくれた言葉を思い浮かべながら、ルイスは赤い髪をかき上げた。


「久しぶりね。剣帝レオン。前回の雪辱を果たしに来たわ」

「ありがとう。そして、すまない」

「あら? なんで感謝と謝罪をされたのかしら?」

「僕に挑戦してくれたことに対する感謝と、剣で武勇を決める大会に七賢者を参加させてしまったことに対する謝罪です」


 気遣いのつもりだろうか。剣帝レオンという男は丁寧な対応を勘違いしているのかもしれない。

 ルイスはそう思うと、小さくフッと笑って剣を闘技台の上に突き刺した。


「面白いことを言うのね。あなたの土俵で戦うからこそ、勝った時に箔がつくと思わない?」

「なるほど。ならば、気遣いは不要と言うことでよろしいですね?」


 ルイスの挑発にレオンは鋭い視線を返した。

 柔和な優男。世間知らずのお坊ちゃまといったゆるくて優しげな表情から一転、背筋を震わせるような殺気に満ちた戦士の顔に変わった。


「えぇ。負けたときに言い訳されたくないからね」

「分かりました。剣帝レオン。推して参ります!」


 剣帝として受けて立つと応えたレオンが剣を闘技台に突き立てると、景色が変わった。



 戦闘フィールドは城の中だ。広い広間だけでなく、小部屋や机と椅子が並んだ会議室など多種多様な環境が揃っている。

 城の高さとしては三階建て相当で、特徴としては一階の大広間が三階まで吹き抜けになっていて、大広間からの階段で動けるのは二階までだ。三階にあがるには二階の両翼にある階段から上がらなければならない。

 隠れんぼの要素もあるフィールドでは潜伏による不意打ちや、トラップも立派な戦術だ。

 トリッキーな戦いを得意とするルイスにとっては一見有利な戦闘フィールドだと誰もが思っていた。

 ベム爺と裕は観客席で合流し、早速お互いの感想を交わし始めた。


「こりゃルイスのお嬢さんが有利か?」

「いや、逆にルイスの方が不利だな」

「なんでだ? 扉や柱で死角が多いんだぞ?」

「だからだよ。レオンのやつは魔法の気配を探れる。つまり、魔法のトラップが仕掛けられていれば、そこがルイスのいた場所。トラップを一つ一つ潰していけば、それは必然的にルイスを追いかけ、追い詰めることになる。ようは、トラップがルイスの足跡みたいなもんだ」

「なるほど。せっかくの隠れる場所を自分から潰すという訳か。道理で嬢ちゃんがあんまり魔法を仕掛けずに、城内を走り回っている訳か」

「そういうこと。それとあいつの機動力を活かすには建物の中は単純過ぎるし、上に狭すぎる」


 それでも分かりにくい曲がり角の柱の裏や、床の隅に魔法を撃ち込んでいくルイスは確実に城の二階をトラップゾーンへと作り替えていた。

 二階にいますと伝えているような物だったが、逆に誘い込んでいるようにも見えた。


「だが、何でそれなら二階を重点的に仕掛けてるんだ? さっきのミヤ坊の話しなら、色々な部屋にランダムにばらまいたほうが良いだろう? それに一階の大広間は三階まで吹き抜けになっている。広い場所で戦うのなら、そこが一番良いだろう? 現にほれ、レオ坊が二階左翼の階段に隠れておる嬢ちゃんに近づいておるぞ」

「しかも、レオンの奴は普通に罠に気付いて、しっかりトラップ地帯から発射される魔法を防いでいる……。罠だとしてもあまりにも単純」


 突然床から生える氷の槍をレオンは的確に剣で防ぎ、ルイスのいる階段へと近づいていく。

 部屋内部に設置した数十個の地雷型のトラップも、スルーされてムダになっている物も多い。

 頭脳派でトリッキーな戦いをするルイスにしては、ムダが多すぎるように裕にも見えていた。

 だからこそ妙な違和感を覚えてしまう。その違和感を解くために裕は頭の中にある記憶を呼び出すと、とある作品のワンシーンを思い出した。


「あっ、あいつまさかっ!」

「どうしたミヤ坊?」

「二階の足場を崩すつもりだ」

「なんと!?」


 裕の予想通り、レオンが廊下の半分を超えた瞬間ルイスは三階に駆け上がり、二階中にしかけた魔法トラップを起動して、爆発を連鎖させた。

 二階の柱や床が砕け、一気に崩落が始まる。

 そして、その瞬間二階の天井までもが崩落を始めた。


「ルイスのやつ三階の床も魔法でぶっ壊しやがった!」

「何と派手な戦い方だ!? 剣など一切関係ない!」


 会場がルイスの戦い方にブーイングを浴びせる中、ルイスは城の中央一階にある大広間へと無傷で飛び込んだ。

 レオンは床と天井の崩落によって埋められている。

 常識的に考えれば死亡判定が下されてもおかしくはない状況だ。

 だが、ルイスは小さく舌打ちを打って細剣を抜いて、腰を低く落として構えた。

 一点突破の超速の刺突の構え。

 風魔法を自分にぶつけることによって生じる超加速によって、剣帝すらも凌ぐ速度を作り出すつもりだろう。

 そして、次の瞬間、会場が一気に歓声でわき上がった。


「レオン! レオン!」


 瓦礫の山を剣の一振りで弾き飛ばし、怪我一つ負っていないレオンが悠然と現れたのだ。

 そのレオンに向けて、弾丸となったルイスが突撃する。


「その余裕が命取りなのよ剣帝!」

「余裕じゃないさ。僕は全力でこの戦いを楽しんでいるよ!」


 剛健の刀身を盾にして、レオンはルイスの攻撃を受け止めた。

 ベム爺は瞬間移動したように見えたルイスを見て、口をあんぐりと開けて驚いている。


「今のはなんだ!?」

「あの速度も反応するのかレオンのやつ。しかも、笑ってやがる」


 今すぐにでもあの戦いに飛び込みたい裕は、椅子から立ち上がって目を輝かせながら二人の姿に食いついた。

 ルイスは瓦礫の山を蹴り、残った壁をジグザグに飛び跳ね、レオンを翻弄しようと複雑な軌道を描くが、そのことごとくを剣帝レオンは剣で捌いていた。


「嬢ちゃんの剣が全く届いておらん! それに顔色がかなり苦しくなっとる」

「あぁ、ただ、剣はあくまで目くらましだ」

「どういうことだ? って、そうか。あの壁蹴りはさっき嬢ちゃんが見せた技か!」

「そうだ。ルイスは森で見せたあの技を使おうとしている。比較的狭い廊下の上に、瓦礫が散乱している場所なら動きが制限されて避けにくい。つまり剣で弾くしか防ぐ方法はない。同じタイミングで二方向に剣は振れないからな」


 ルイスの狙いは一秒にも満たない一瞬の隙を作り出すことだ。

 剣帝に魔法を届かせるためには、拙い剣技でも当たれば致命傷だということを見せつけなければならない。


「蹴られた壁が輝き出したぞ」

「くるかっ!」


 三階の天井にあるシャンデリアにルイスが掴まると、壁に刻んだ魔力が膨れあがり、一階から三階までの壁が真っ白に染め上がった。


「来る者を拒み、永遠の凍土に飲み込め! 白き巨獣の顎! アヴァランチ!」


 そして、彼女の詠唱で壁から無数のツララが刃のようにせり出し、レオンのいる場所に向かって連続で発射される。

 そのようすはまさに雪崩といった感じで、上からレオンを飲み込むような勢いになっている。


「決まったか!? 何故避けようとしないのだレオ坊!?」


 ベム爺が立ち上がり檄を飛ばす。いや、ベム爺だけではない。観客のほとんどが席から立ち上がっていた。

 だが、ベム爺や観客達の心配をよそに、その雪崩をレオンは剛剣のたったの一振りで全てはじき返した。


「素晴らしい魔法だ。でも、僕を押さえ込むには軽すぎる」


 涼しい顔をしてつまらなそうにレオンが呟いた。だが、そのレオンの顔を見て笑う人影が一階にいる。


「でしょうね!」

「いつの間に目の前に!?」

「全てはこのための布石よ!」


 雪崩に紛れてルイスが一階に飛び降りていたのだ。

 そして、レオンに腕を向けるのではなく、瓦礫の山に細剣を突き刺した。

 その瞬間、青い雷が瓦礫に走り、レオンに襲いかかった。

 地を走った雷はレオンのいたところで爆発を起こし、氷が蒸発したのか白い煙で包まれる。


「お嬢ちゃんのやつやりやがった!」

「二階の使わなかったトラップはこの時のためにとっておいたんだ。三階の床を崩落させたのも、瓦礫の中にトラップを隠すため。壁に魔法を設置していったアヴァランチも、足下から注意を反らすための布石。最初からそこまで計算してやがったんだな」


 そして、氷魔法を使ったのも電撃を通しやすくするための一手だったはずだ。

 ルイスは七賢者と言われるとおり、単純な大火力だけでなく、魔法の相性を考えた連携技やトラップを巧みに操っている。


「だけど……あいつの言っていたことが本当なら」

「ん? どうしたミヤ坊?」

「やっぱりか! レオンのやつ無傷だっ!」

「なんだと!?」


 白煙はまだ晴れていない。それでもルイスは構わず白煙の中に飛び込んでいた。

 その姿を見て、裕はまだ決着がついていないことを誰よりも速く理解した。

 そして、両者が白煙につつまれたまま、赤い炎の光とともに爆発音が連続した。観客が何が起きているか理解出来ないまま、口を開けて突っ立っていると、一拍おいてから白煙が吹き飛ばされた。

 その中にいるのは苦しそうに肩で息をしているルイスと、傷一つついておらず、優しい笑みを見せているレオンだった。


「ちぇっ、完璧に決まったと思ったんだけどな。魔法感知と魔法カウンターは連続で使えないと思ったのに……」

「誇って下さい七賢者。あなたは僕の魔法カウンターを封じて、防御一辺倒にさせた。普通の魔法使いなら、最初に魔法カウンターを撃ち込んで終わらせていました。それが出来なかったのはあなたの剣技が思ったよりも鋭かったためです。確実に死角から回り込もうとする観察力。あなどれませんでした」

「褒められている気がしないわね。捨て身の詠唱破棄による連続爆破まで防がれたのだから。雷撃に対して、石の盾を作り出し、そのまま盾で防ぎ続けるなんて、剣帝らしくもない」

「剣帝らしくないことをさせた。それだけで誇れる理由です。終わらせましょう」


 レオンの魔法感知とカウンターをルイスはしっかり封じられていた。

 魔力を身体の周りに漂わせ、相手の攻撃が届く前に感知し、漂わせた魔力を固めたり、魔法に転換することでカウンターをぶつける剣帝の魔法カウンター。

 その魔法カウンターの弱点は一度浮遊した魔力を変換したら、次の察知領域を作り出すために魔力場を作り直す必要がある一瞬のタイムラグだ。

 そのタイムラグを作るために、剣帝の剣を防御に使わせ、足下からの不可避攻撃を魔法で防がせた。そして、さらに視界まで白煙で潰した。

 そこまでやって、ようやく剣帝の魔法カウンターを止めることしか出来ず、普通の防御を突き崩すことは出来なかった。


「ただ、惜しむべくは杖を持つ全力のあなたと競い合いたかったということです。そうすれば、あなたは僕の本気をぶつけるに値する相手だった」


 そう言った途端、優しい笑みが消え、冷酷な表情でレオンが剛剣をルイスに向かって振るった。

 その一振りをルイスはギリギリ剣と鞘で受け止めると、後ろへ十メートルは吹き飛ばされてしまった。


「ったく……なんつう重さよ。武器が武器だけにユウより重いか……」


 ルイスの腕が映像を見ても分かるぐらいに痺れている。

 魔力もトラップに注ぎ込みすぎて、身体に力が入らなくなり始めていた。

 もう反撃をする体力も魔力もほとんど残っていない。

 それに対して、レオンはまさに帝王とでも言おうか。ゆっくりしっかりとした足取りで絶望を運んできている。



 誰が見てもルイスの敗北は決定的なように見えた。

 ルイスがピンチに陥っている時、試合を見守っていた裕は暴れるベム爺を取り押さえていた。


「嬢ちゃん! 立て! 立つんだ!」

「ベム爺落ち着け。あいつの眼はまだ死んでない。あいつはまだ見せてない技がある」

「なに?」

「あいつは魔法使い。魔法に頼り切っていると思われている。それこそがあいつの仕掛けた最大の罠」


 試合前にルイス自身が言っていた言葉だ。

 二週間の間、裕は彼女にたった一つの技を覚えて貰っていた。

 荒削りではあるけれど、形になった一回限りの奇襲技。

 抜刀術とも言われる居合い切りは剣を抜くというよりも、鞘を抜くことで実際以上に早く抜刀し、斬りかかるように見せかける技術だ。

 本来遠距離攻撃が得意な魔法使いが懐まで飛び込むことは想定しない。

 だからこそ、魔法使いが懐に飛び込んだら、誰もが零距離の魔法を警戒する。

 その心理を逆手に取った一発形勢逆転の秘策。だが、種が明かされれば二度と通用しない技でもある。

 そんな裕の考え通り、ルイスは細剣を鞘にしまうと、右手を前に突きだし左手で鞘を握りしめた。


「次が最後の斬り合いだ」


 裕がそう呟いた途端、ルイスが火球を詠唱無しで発射し、同時にレオンに向かって飛び込んだ。


「そうだ。そのまま臆せず飛び込め!」


 火球を目くらましにルイスが右手を細剣の柄にかける。



 咄嗟に放った火球の影に隠れたルイスは、自分の演技に最大限の拍手を送っていた。ギリギリまで魔法使いとして戦い、剣は使わないと思わせるためには、届かないと分かっていても届くと思っているように見せかけて、魔法を使わないといけない。

 そのルイスの演技にレオンはまんまと引っかかってくれたのだ。


「至近距離で魔法を放とうと、僕には届かない!」


 レオンが火球を剛剣で弾き飛ばし、魔法カウンターをするために腕を突き出した。

 だが、次の瞬間、レオンの表情は驚愕の色に変わった。


「なっ!?」


 レオンの懐に飛び込んで、ルイスは剣を抜いていた。

 その速度はレオンの思っていた物よりも何倍も速く、気付いた頃にはもう躱すことの出来ない速度の攻撃だった。

 レオンの魔法カウンターも発生し、氷の槍が射出されているものの、既にルイスは氷の槍の内側にいた。

 ルイスの抜いた剣は氷で補強されていて、氷の刀のようになっている。

 ルイスの演技に騙され、レオンは強化魔法に対して間違った魔法カウンターを発動させてしまったのだ。


「貰ったわ剣帝! 私の力を見誤ったのなら、そのまま私も自分自身も見失ったまま倒れちゃえ!」

「くっ!」


 魔法カウンターに頼っているレオンの裏をついた戦法に、ルイスはほくそ笑んだ。

 ルイスが祐から学んだ、ただ一つの技がレオンに通じる。そのしてやった感が楽しくて仕方がなかったのだ。

 その喜びとともに、ルイスは氷の刀をレオンの胴体に向けて振った。


「やりますね……。七賢者」


 少し弱ったレオンの声とともに、二人の間で鮮血がほとばしる。その赤い色はルイスの刃がレオンの胴を捉えていた証拠でもあった。


「えっ!?」


 だが、驚きの声をあげたのはルイスだった。

 振り抜けるはずの刃が止められている。レオンに届いた刃は脇腹を少し切った所で止まっていたのだ。そして、レオンは申し訳無さそうに声を漏らした。


「だが、すまない」

「謝るぐらいなら、素直に攻撃を喰らって倒れて欲しかったわ」


 レオンの剛剣がルイスの氷刃を止めている。そして、レオン自身は淡い緑色の魔力を帯びていた。

 魔法カウンターではない何かをされた。剣帝たらしめる彼の技をルイスはこの時初めて見た。そして、背筋が凍るような寒気で本能的に危険を察知した。

 次で決めなければ、逆にやられる。

 そうルイスが思った時にはレオンの脇腹に食い込んでいた剣が弾かれた。


「そして、訂正しよう! さっきのあなたは間違い無く剣士だった! 剣で競い合える相手だ! 全力で挑んでくれたのに、手加減しないと誓ったのに、無意識的に僕が手を抜いてしまった……。その無礼のお詫びに、ここからは剣帝としてあなたと戦おう!」


 ルイスから距離をとったレオンが静かにそう告げると、淡い光はさらに輝きを増し、小さな塵や瓦礫の欠片が宙に浮き始めた。

 それだけではない。先ほどルイスが与えた傷からの出血が止まっている。

 せっかく与えたダメージを回復されては敵わない。そう判断したルイスは慌てて飛び出した。


「回復魔法の闘気!? させないっ!」

「君の剣で受け止めてくれ。剣帝の一撃を」


 レオンが剛剣を斜めに構えて腰を落とした瞬間、彼の姿がルイスの目の前に肉薄した。


「えっ?」


 一瞬消えたとも表現出来るほどの速度だった。裕と戦っていなかったら眼が確実に追いついていなかった。

 だが、ルイスがギリギリ間に合ったのは防御だけで、とてもカウンターを打ち込めるほどの余裕は無かった。

 細剣を纏っていた氷が半分砕け、細身で心許ない刀身の一部が露出している。魔法で補強していなければ、細剣自体が砕け散ったであろう衝撃に、ルイスの手が酷く痺れた。


「ありがとう。やはり、君は僕の本気の一撃を受け止めてくれた」

「そうやって余裕ぶるから!」


 絶望的な状況だが、ルイスは諦めていなかった。

 砕けた氷の刀に左手をつけて、もう一度氷を細剣にまとわせて、氷刀を再生させた。


「今更魔法を纏わせてどうする!? 嬢ちゃん!」


 観客席からのベム爺の叫びはルイスには届かない。

 けど、何となくだったが、必死になっている頭の中に裕の応援が届いた気がしたのだ。


「ルイス見せてやれ! お前だけの抜刀術!」

「剣帝レオン! これが私の編み出した私だけの戦技よ!」


 ルイスが絶望に負けないように己を鼓舞する叫びをあげる。

 その瞬間、白銀の光がきらめき、氷の刀身が二倍以上に伸びたように誰もが錯覚した。

 氷の魔刀から実体剣である細剣を抜いたのだ。

 抜刀術が鞘から剣を抜く技術ならば、彼女の見せた攻撃は魔剣から剣を抜くという魔法使いならではの魔剣抜刀術だ。

 抜いた刀に魔力を纏わせる余裕はルイスには無い。後は全身全霊の力でレオンの身体を貫くだけだ。


「届けええええ!」

「見事だ。七賢者っ!」


 ルイスの放った剣はレオンの脇腹に深々と突き刺さった。確かな感触も彼女の右手に残っている。

 そして、強敵を相手にして嬉しそうな剣帝レオンの声もあった。


「剣帝として、最大の敬意を以て、この戦いに終止符を打つ」


 だが、彼は普通に立っていた。脇腹に剣が突き刺さろうが全く意に介していないかのように、楽しそうに笑っている。

 片手で人一人ありそうなほど巨大な剣を振り上げ、もう片方の手でルイスの腕を掴んで逃がさないようにしている。

 ルイスも必死に逃げようとはしたが、人間とは思えない馬鹿力に彼女は逃げることが出来なかった。


「次、また戦いましょう」


 避けようのない一撃に勝利の確信を見せる剣帝レオンに、ルイスは呆れたように笑いかける。


「そうね。次も私の勝ちだけどね! 身体の中に撃ち込む魔法は魔法カウンターも防御も出来ないでしょ! 私は魔法使いよ!」


 ルイスが零距離で細剣を通じて雷撃を発生させ、最大化力を炸裂させる。

 防ぎようのない体内からの雷撃に、レオンの身体がビクッと大きく震えた。


「どうよ……私の最大魔力の味は?」


 ありったけの魔力を流し込んだせいか、ルイスの意識はもうろうとしていて、言葉もろれつが回っていなかった。

 痙攣が止まったレオンの身体は静かに動かなかったが、ルイスも動くことが出来なかった。

 つかの間の静寂の後、先に膝をついたのはルイスの方だ。魔力切れによる負担で、身体を支えきれなくなっている。

 そんなルイスをレオンは微笑みながら見下ろした。


「再度訂正します。君は素晴らしい剣士であり、最高の魔法使いです。剣帝に傷をつけたのはあなたが初めてだ」


 そんなルイスに剛剣の黒い影がせまると、彼女は意識を断ち切られた。

 勝者剣帝レオン。その声がルイスの耳には随分と遠くに聞こえていた。



 劇的な幕切れに裕もベム爺も言葉を失っていた。

 それは会場にいた観客達も同じようで、誰も歓声をあげていない。

 突然訪れた静寂の中、誰かが拍手をし始めると、場内は拍手でいっぱいになった。


「ルイス。惜しかったな」

「嬢ちゃんは良くやったよ。あの剣帝に深手を負わせたのはあの子が初めてだ」

「あぁ、良い試合だった。すごい気迫だった」


 裕も拍手をして二人の戦いをたたえた。そして、熱くなる胸の中でレオンともルイスとも戦いたいという欲がふつふつとわき上がっているのを感じた。

 そんな興奮冷めやらぬ中、ルイスの声が裕の耳に届いた。


「あー! 負けた! もうどうしようもないくらいに負けた! くっやしい!」

「良い試合だったな。負けたのは残念だったけど」

「本当にねー。ま、手を抜かれて負けた訳じゃないし、私も全力出せたし、スッキリはしたよ。でも、ごめんね。せっかく剣を教えて貰ったのに負けちゃった」

「気にするな。あいつにちゃんと技が届いていた。それだけでも意味があったよ。それよりもルイス。俺と一戦やらないか? お前の戦いっぷりを見てたらうずうずしちゃってさ!」

「勘弁してよ。今、魔力切れでフラフラなんだから……。お礼を言いたくて戻っただけだから、またね。ちょっと休んでくるわ。明日の決勝トーナメントがんばってね」


 興奮気味な裕の誘いにルイスは疲れ気味な笑顔を見せると、身を翻して小走りで逃げるように去って行った。


「なんだよ……?」

「坊主もまだまだだな」

「え?」

「追いかけてみれば分かる。くれぐれも見つからんようにな」


 ベム爺の言葉の意味を理解出来ぬまま、裕がルイスの後を追いかけると、彼女は会場の外にある建物の影でうずくまっていた。

 その姿を見て、裕がとっさに身を隠して聞き耳を立てていると、彼女が嗚咽を漏らしているのが聞こえてきた。


(そっか……。見られたくないよな。格好良かったぞルイス)


 今見たことはそっと胸にしまっておこう。

 その代わり、ルイスが引き出したレオンの本気に対して、しっかり対策を考えなくてはならない。

 ベム爺に録画されたものが無いか裕が聞きに戻ろうとすると、闘技場の廊下でばったりレオンと遭遇した。


「決勝トーナメント進出おめでとうユウ君」

「お前もな。レオン」


 裕は素直にレオンを褒め称えた。ルイスが負けてしまったのは残念だったが、レオンと戦えることに喜びを感じていたのも、また事実だ。


「ルイスさんに剣を教えたのはあなたですか?」

「あぁ、魔法を教えてくれたお礼にな」

「なるほど。彼女の剣もまた美しかった。君の片鱗が見えた気がしたけど、気のせいではなかったようですね。とても楽しい戦いでした」


 ほんの少し見ただけで人の癖を掴むレオンの洞察力に、裕は思わず感心した。

 裕も驚くほど同じ事を考えていたからだ。

 同じようにレオンの技の意味も裕は掴んでいた。


「最後に見せたお前の本気。無茶な回復魔法の使い方だろ? 魔法カウンターは恐らくあの魔法と体術を合わせた技の副産物だ」

「たった一度で気付きましたか」

「まぁな」

「明日の決勝戦が楽しみです」


 レオンは明るい笑顔でそう言ったが、裕はその言葉で首を捻った。

 決勝トーナメントではなく、レオンは決勝戦と言い切ったのだ。


「もしかして……また違うグループだったのか?」

「はい。今回は二グループ。それぞれで準決勝戦をやった後に決勝戦です」

「最初に戦えなくて残念だと思ったけど、後のことを考えなくて済む決勝戦ならお互いに全力で戦えるな」

「はい。僕も剣帝の名に賭けて負けません。では」


 レオンは涼しい顔をしてそう言うと、裕の横を通り抜けていった。

 静かで穏やかな二人の会話だったが、お互いに闘気をぶつけあっていた。

 ピリピリと空気が震えるような感覚に、裕の頬が緩む。

 互いの手の内は見せ合った。

 攻略法を考えている裕と同じように、レオンも対抗策を考えているであろう。

 恨みも憎しみもない。ただ純粋な気持ちが場と心を支配している。


(俺があいつを倒す)

(僕が彼を倒す)


 まるで準決勝など眼に入っていない二人の顔は子供のように楽しそうに笑っていた。


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