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闘技大会初戦

 二週間後、予定通り闘技大会が開催された。会場は一万人が収容出来る円形のドームのような施設で、中央には闘技結界用の白い台が置かれ、天井からは白い布がぶら下がっている。

 白い布は闘技結界内の様子を大画面で見るためのスクリーンで、中で二人の剣士が戦っていた。

 レオンはその戦いを少し困ったような表情で見つめていた。


「おかしいな……。ユウ君が来てない。トーナメントでは次が彼の初戦なんだけど……」


 逃げたとは思えない。

 いや、自分が見込んだ男が逃げ出したと、レオンは思いたくなかったのだ。


「マティーニが送り出してくれたはずなんだけど。あ、勝負が決まった」


 試合開始時間に間に合わなければ、裕は自動的に不戦敗となる。

 トーナメント形式であるせいで、一度でも負ければ裕と戦うことは叶わない。実力を見ること無く消えてしまうなど、あってはならないことだし、悲しみで後の戦いをまともに戦えなくなるかも知れない。それぐらいレオンは不安になっていた。


「対戦者である宮永裕が会場に登場していないため、この勝負は不戦勝で――」

 審判が無慈悲に試合放棄を告げようとした瞬間、ホールの一角から大声が響き渡った。

「ちょっーーーっと待ったああああああ!」

「ユウ君!」


 会場に飛び込んできた裕は、刀を片手に猛ダッシュで中央の闘技結界に駆け込んだ。

 ベム爺の作った新しい刀だろう。遠くから見ても美しい黒色の鞘だった。

 その色にレオンが見とれていると、背後からベム爺の声が聞こえた。


「いやー……間に合って良かった」

「ベム爺!? 何故あなたも息を切らせているのですか?」

「いやいや、刀を渡しに行ったんだがな、ミヤ坊から鍛冶屋に来てたみたいで入れ違ってな。余計に時間を食ったという訳だ。面目ない」

「刀の方は間に合ったんですね?」

「あぁ、ばっちりだ。俺っちは武器屋だぜ? 魂を込めた一品をしっかり用意したさ」

「ならば、問題ありません。後は見るだけです。彼の力を」

「あの坊主、強くなったぞ。この二週間で」

「決勝戦で戦うのが楽しみですね」


 レオンとベム爺が話をしていると、裕が闘技結界の中に入り刀を闘技台に突き立てた。

 その音を合図にスクリーンには切り立った荒野が映され、その中に白銀の刀を構える裕の姿が映された。

 敵は狼の耳が生えた獣人の剣士で、紐がついた二本の曲刀を曲芸師のようにくるくると回しながら裕に近づいていた。


「ミヤ坊は動かないな? 狼男の威圧感に怖じ気づいたか?」

「いや、違う。あの眼は見ているんだ。とても楽しそうに」

「楽しそう?」

「うん。初めて見る戦術、戦法を最後まで見たい。そんなワクワクを感じている眼だよ。ほら、楽しそうに笑いながら攻撃を避けている」


 狼男は目にも止まらない連撃を裕は紙一重でかわし続けている。

 最低限の動きで笑顔を見せる余裕さえもある一方で、狼男の方は表情がどんどん不機嫌に変わっていった。


「ほら、狼君の方は攻撃に苛立ちが現れてきた。紐を使って投げたりして距離感やタイミングをずらしていっても、裕君はその尽くを見切っている。でも、そろそろ飽きたみたいですね」

「ほぉ。言われてみれば、ミヤ坊の表情が変わった」


 レオンが狼男の動きを解説していると、いつのまにか裕の表情から笑顔が消えていて、眼に力がこもるようになっていた。

 そして、次の瞬間、裕が一歩後ろへ飛び退くと狼男の足下で火球が破裂し、狼男が大きく体勢を崩した。


「詠唱破棄! それも出来るようになったんだね! ユウ君!」

「ほぉ、あの坊主。二週間前は魔法の素人だったはずだ」


 キラキラと顔を輝かせながらレオンが立ち上がって驚くと、隣にいたベム爺も感心したように息を吐いた。

 そうやって二人が驚いている間に、裕は狼男に一太刀を入れて試合を終わらせてしまった。


「ハハハ。ギリギリまで遅刻したくせに、試合は一分も立たずに終わらせてしまうなんて、君という男はどこまでも僕をワクワクさせてくれる」


 裕の勝利を告げる審判の声にレオンは拳を握って腕を震わせた。

 今すぐにでも戦いたい。だが、その時が来るのは最後の最後だ。

 トーナメントの予選は四つのグループに分かれており、裕とレオンは正反対のグループにいた。

 そのせいで、直接戦えるのはお互いが一敗もせずに勝ち進み、決勝トーナメントでおこなわれる決勝戦で出会う以外無かったのだ。

 最初にそのことに気がついた時は少し落ち込んだレオンだったが、もうそんな心配はする必要がなくなった。


「僕は君と戦える。君は必ず決勝戦まで上がってくる」


 そう興奮気味に呟いたレオンは裕を見下ろすと、裕の方もレオンの方を見上げて剣を掲げた。

「面白い。君は本当に面白いよ。裕君。速くこの手で君を感じたいっ!」

 俺がお前を倒す。だから、お前も誰にも負けるな。

 言葉はなくても裕の声はレオンに届いていた。



 初戦を終わらせた裕は観客席に座ると長いため息をついた。

 彼の隣には赤い髪のエルフ、ルイスが呆れた笑みを浮かべながら声をかけてきた。


「間に合って良かったわね。ユウ」

「試合より刀を貰いに行ったり、会場に駆けつけたりする方が疲れた……」

「にしては、楽しそうに戦ってたじゃない?」

「さっきの相手より、ルイスの方が強くて楽しかったけどな。ルイスの突きに比べれば、止まって見えたし。魔法の気配もなかった」

「腕力あるし、獣人はあまり魔法が得意ではないからねー」


 ルイスとは二週間みっちり戦い続けていたおかげで、驚くほどにお互いの動きは良くなっていた。

 端から見れば汚い戦い方をした裕だったが、この戦法を考えたのは目の前にいるルイスだ。

 魔法が当たらない相手なら最初から当てなければ良い。代わりに地形を変えて体勢を崩して本命を叩き込めれば良い。

 手を目の前に向けられれば誰しも警戒するが、全く違う方向に手を向けてもなかなか注意は出来ない。

 その心理の穴をついた戦術だ。ルイスに初めてやられた時は裕でも引っかかった。


「にしても、レオンが見てるのに、あの技を使っちゃうのはどうなのよ?」

「いや、むしろこれぐらいなら、あいつはカウンターをぶつけられる隙を見つけたと喜ぶさ。これはあいつに一撃を撃ち込むための罠だ」

「その罠、私が使うけどね」

「え?」

「トーナメント表見てないなら当然でしょうけど、ほらこれ」


 意味ありげに笑うルイスが差し出した紙を裕が受け取ると、ルイスが四つ目のグループを指さした。その両端にはレオンとルイスの名前が刻まれている。


「ルイスもグループ4ってことは、最終戦でレオンとぶつかるな」

「そういうこと。私が勝っても恨まないでね?」

「その時はその時だな。決勝戦で本気の勝負しようぜ」

「あれ? 意外。てっきりレオンと戦いたいから負けろとか言うかと思ったわ」

「んなこと言う訳ないだろ。俺は強い奴と戦いたいんだ。ルイスがレオンより強いのなら、ルイスとも訓練じゃなくて本気で戦いたい。きっと良い戦いが出来るだろうからさ」


 裕が楽しそうに言うと、ルイスは頬を染めてそっぽを向いた。


「私でも勝てるかな?」

「変幻自在の魔法制御。かき乱し続ければいつか隙は見つかるはずだ」

「……うん。ありがとう。裕がそう言ってくれるのなら、私の腕も上がったってことでしょうし。次からグループ4の試合だし。行ってくるわ」

「がんばれ」


 立ち上がったルイスは手を小さくあげて、裕の応援に応えた。

 ルイスの相手は片手剣と盾を装備した騎士風の敵だった。

 それに対してルイスはかなりの軽装で、一撃貰うだけで致命傷を受けそうな格好だ。

 戦闘フィールドは暗い森の中。索敵が難しい領域だ。


「相手のスピード次第だけど、触れられずに終わるな」


 裕は敵を一目見て呟くと、腕を組んで眼をしっかり見開いた。

 森はエルフの領域だ。恐らく見つかれば最初の数秒で終わる。


(始まった!)


 開幕と同時にルイスは軽々とした身のこなしで樹の上に飛び上がると、枝から枝へと軽々と飛び移った。

 その軽業を見て、多くの人がヤマネコのような素早さに驚いて歓声をあげているが、レオンとベム爺は何が起きているかを見抜いていた。


「この身のこなし。普通の跳躍じゃない。エルフとは言え木々を飛び移るのは普通じゃない。魔法ですね」

「足下に風の魔法を発生させて、飛ぶというより飛ばされておるのに、自然な跳躍だ」


 裕もその姿を何度も見て来た。七賢者セブンスセンスという二つ名の由来通り、彼女は高度な魔法を自由自在に使える魔法使いだ。


「驚くのは単なる跳躍じゃない」


 そんな相手と二週間みっちり戦って来た裕は、ここから見せる彼女の厄介さを知っている。


「あいつは魔法使いなんだから」


 ルイスが騎士の男を見つけると、騎士の方もルイスを発見した。

 地面から樹の間を飛び回るルイスに向けて火の玉が放たれる。

 だが、すばしっこいルイスを捉えることが出来ず、火の玉が何もない所で破裂していく。


「五回飛び跳ねた。ルイスのやつ勝ったな」


 裕がルイスの跳躍を数えて五回を超えると、彼女が飛び跳ねて出来た足跡が凍結し、巨大な氷の槍が形成されていく。

 まるで、樹から氷の枝が急激に生えてきたようにも見える。

 そして、ルイスが手を振ると五箇所で生えてきた氷の枝が勢いよく樹から射出され、騎士の身体を前後左右から突き刺して動きを止めた。

 身体に刺さった氷は騎士の身体中に広がり、身体の自由を奪われた騎士の男はもう手も足も出せない。完全に動きを封じた騎士に対して、ルイスが細剣を突き立てると試合終了の判定が下された。


「初見殺しだよなぁ。相手を眼で追っていると、死角から突き刺されるんだからさ」

 裕も攻略するのに苦労したルイスの技だ。

 魔力が水なら、氷状態で一箇所に埋め込み、時間差で溶解した瞬間に魔法として射出される。形態変化をマスターした者だけが使えるトラップ型の魔法を、彼女がさらに改良した能動的な攻撃トラップだ。


「平坦な戦闘フィールドの方が大魔法をぶつけやすいから好きとか言ってたけど、本当はこういうトリッキーな戦いの方が上手な奴だよなぁ」


 裕が感心したように呟く。それと全く同じタイミングで会場の反対側にいたレオンとベム爺も同じような感想を抱いていた。


「七賢者のルイス。前回会った時も苦戦させられましたが、より腕を上げてきましたね。剣の腕はまだ未知数ですが、あの魔法は厄介です」

「ほぉ、レオ坊が不安を口にするなんてな」

「不安? そうですね。彼女も剣士であれば良かったのにと、少し不満は感じています。魔法使いなのに、増幅器となる杖が使えないのは明らかにハンデでしょうから」

「剣帝相手に付け焼き刃の剣じゃ、届かないって訳かい?」

「えぇ、まぁ」

「案外良き師を得たのかもしれんぞ?」

「そうであることを期待します。もしそうなら、彼女の中にユウ君の剣が映るはずですから」

 そう呟くレオンの口元は僅かに笑っていた。

 その良き師が誰なのかは予想がついている。

 レオンにとっても今一番戦いたい相手である裕の力を測ることが出来る相手として、ルイスは映っていた。


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