詠唱破棄
第3章
剣帝レオン。今では国中に轟く最強の男の名前だ。
だが、彼は剣帝という呼び名がつく前から強かった訳ではない。
最初は普通よりも少し強いだけの男の子だった。
逆説的だが、その周りよりも少し強いという事実が、彼を剣帝にした原因だったのかも知れない。
クランと呼ばれる戦技を磨く集団に所属し、レオンは剣帝だった父親を始めとする多くの大人に鍛えられた。
だが、お世辞にも当時のトップに育てられたとは思えないほど、レオンは普通だった。
普通であったがために勝つこともあれば、負けることもあった。しかし、結果がどちらにせよ、レオンの心は満たされることはなかった。
勝てば剣帝の息子だからという理由で勝てて当然の扱いを受け、負ければ剣帝の息子の癖にとバカにされた。
負けたときの方がより惨めで、時にはレオンは剣帝と血が繋がっていないとまで言われたこともある。
どこまでも普通だったせいで、レオンは特別だった父親の影に押しつぶされそうになった。そして、その影を超えるには普通を止めるしかなかった。
その覚悟を決めた後、彼の努力は修羅に近い物があった。
身体の傷や痛みを魔法で無理矢理抑えつつ、居残りの自主練習で常人の何倍もの戦闘経験を積んだ。
そのかいもあって、レオンは妬みや嫉妬で絡んでくる人間を一刀の下断ち切る力を手に入れることが出来た。
そして、レオンに戦いを挑む物を排除し続け、レオンを陥れようとする人間が消えた結果の代償は、孤独だった。
そんな昔話を稽古の最中に思い出したレオンは小さく笑った。
「ふふ」
足場の悪い落ち葉だらけの森の中、レオンは剣を構えて一人の男と向き合っていた。
「おや? どうなされましたか? レオン様」
「何でも無いよジークフリート。君の剣は今日も素晴らしいね。さすが竜の血を浴びただけある」
レオンが剣を打ち合っていたのは、四十を超えた大の大人だった。
長い口ひげを生やした筋骨隆々なナイスミドルな男性だ。
その名をジークフリート。龍の名を冠した竜王杯で勝利した男で、竜の力の一端を手にしている。
そんな人体を超えた強靱な肉体を持つ男が、レオンに昔から剣を教えている師匠の一人だった。
レオンにとってみても、ジークフリートはレオンの父である先代剣帝とは親友として付き合っていて、親戚の叔父を相手にするような感覚だった。
「何を言いますかレオン様。貴公の剣もお父上に負けておりませんよ。先ほどから私の攻撃を全て見切っていらっしゃる」
「そうか。それならば、父も世界樹の中で喜んでくれているだろう」
「後はレオン様と対等に打ち合える者。そう、私のような存在がいれば、レオン様の剣もより高みにいけるのでしょうがね」
「その望みはもうそろそろ叶います。きっとそれが嬉しくて僕は無意識に笑っていたのでしょう」
レオンの返答にジークフリートは、ほぉーと小さく嬉しそうに呟くと、あごひげをさすった。
そして、満足した表情を浮かべるとここに剣を撃ち込めと言わんばかりに、防御態勢を取った。
その意図をレオンもすぐにくみ取って、大剣を振り下ろし、甲高い音が鳴り響く。
「僕の退屈を全て断ち切ってくれる剣の使い手を見つけた。あの美しい剣技、魔法の素養、彼の力に僕は心奪われた!」
「剣が雄弁に語りかけてきます。勝つために強くなりたいという魂の叫び。久しぶりにレオン様の剣から聞きました」
「そう。勝ちたいんだ! 僕の全力で、彼の全力に!」
言葉を交わす間に、剣戟の音が無数に鳴り響く。
そして、その剣戟の音が合図だったかのように、レオンの身体が淡く発光し始めた。
高濃度の魔力発生現象で、触れてもいない木の葉が宙にフワフワと舞い上がっている。
レオンが本気を出した時に見せる魔法の干渉作用だ。
「だから、ジークフリート……。僕の本気を受けて貰う。僕も全力を磨かなければ、彼の全力には届かない。今からはレオンではなく、剣帝レオンとしてあなたに撃ち込む」
「良いでしょう。この竜王ジークフリート。竜王杯覇者として竜の力を以て、剣帝に抗って見せましょう」
ジークフリートの身体にも炎の模様がうっすらと浮かび上がり、戦化粧を施したかのような姿へと変わった。
碧の剣帝と朱き竜王が互いに雄叫びを上げ、木々を軽く粉砕するほどの力で戦いを始めた。
○
草原で大爆発が連続して発生している。
その中心にいたのは黒髪の少年裕と、赤髪エルフの魔法使いルイスだった。
地層が見えるほどの大穴がいくつも空いていた。
「ふぅ……。あれ? 腕がしびれてきた……」
「いや、こんなけ大魔法連続でぶっ放して、腕が痺れるだけで済むって、あんたどんなけ魔力あるのよ。五十発インターバル無しって、普通の人間なら気絶するわ」
「そうなの?」
「レオンもそうだったけど、あんたもかなり異常な人間ね」
褒められているのだろうけど、褒め言葉には聞こえないルイスの口調に、裕は閉口した。
付け焼き刃とは言え使えるようになった魔法は時折暴発するが、煙しか出ない時より遙かにマシになっている。
そうなると次の技術を手に入れたくなるのが、裕の性格だった。
「なー、ルイス。お前が言ってた詠唱破棄ってどうやるんだ?」
「はぁ!?」
「いや、だから詠唱破棄のやり方を教えて欲しい。代わりに剣を教えるから」
「いやいや。あんたどれだけ詠唱破棄が魔力の精密コントロールが必要だと思ってるの!? 失敗して自爆したらメチャクチャ痛いよ?」
「分からないけど、レオンに勝つためには絶対必要な気がするんだ。だって、あいつも出来るんだろ?」
「それはそうなんだけど……。分かった。教えてあげる。失敗しても恨まないでよ」
ルイスはそう言うと、詠唱破棄の仕方を説明し始めた。
詠唱破棄の原理自体は非常に簡単な物だった。魔法は形態変化と属性付与の二段階構成で作られ、水とインクの関係で説明された。なら、最初からインクの入った水で形を作れば良い。
それが詠唱破棄の原理だった。
「意外と簡単だな」
それが裕にとっての第一印象だった。
だが、そんな反応を何百回と見たというように、ルイスは呆れたような笑みを見せた。
「みんなそう言うのよ。まぁ、やれるものならやってみて」
その言葉の意味が分からないまま、裕は手を前に突きだし、炎をイメージした気を練ろうとした。その瞬間、腕に激痛が走る。
「くっ!?」
腕が燃えていたのだ。既に魔法が発動していて、身体の中で暴発した魔法が腕を焼いている。
慌てて鎮火はしたが、一体何が起きたのか、裕は自分の身に何が起きたのか意味が分からなかった。
「はぁはぁ……。なんだこれ?」
「だから言ったじゃない。今までは水とインクで説明していたけど、もう少しイメージしやすいように話すわ。詠唱破棄に関して言えば、油と火よ。器に入れた油に火をつけるのは誰でも出来る。でも、火のついた油を器に入れるのは、熱くて大変でしょ? あなたの手の先が器だとしたら、油注ぎ口はあなたの心臓。つまり詠唱破棄して最初から火を入れようと思ったら、あなたの心臓から腕の間を炎がはしっていくような物よ」
「でも、お前は出来てるじゃねぇか?」
「えぇ、天才ですから」
ルイスがどや顔で赤い髪の毛をかきあげる。
そして、その言葉通り彼女は呪文を口にせずに、氷の槍をその場に作り出した。
手品にしか見えないその仕草に裕は目を輝かせて詰め寄った。
「頼む! 教えてくれ!」
「方法は二種類あるわ。自分が耐えきれるほどの微弱な魔法を放射しつづけて、少しずつ溜めていって発動する場合。それと、もう一つは身体が痛みを感じるより早く魔法を心臓から腕に通す場合とね」
「あぁ、なるほど。確かに火って一瞬なら熱く感じないこともあるか」
「ふん。まぁ、それが分かっていても出来る人なんて、そういないけどね」
そうは言うルイスだったが、裕は物は試しということで早速試すことにした。
腕に気を集めるのではなく、圧縮した炎を一瞬で発射するイメージを鮮明に頭に想像する。
手の先ではなく、身体の中心から腕という銃身を通して発射する自分自身が銃になる。
「こうか!」
炎の弾丸を心臓から撃ち出し、腕を通して外に発射する。
そのイメージ通り、詠唱することなく裕の腕から火球が発射された。
「よっしゃっ! って! あっつ!? でも、何とか出来た!?」
初めての詠唱破棄は、まだまだ射出速度が遅かったせいか、腕に遅れて痛みが襲ってきた。
指先がめらめらと燃えていて、裕は慌てて水を張ったバケツに手を突っ込む。
そんな裕の様子をルイスは口をパクパクさせて、見つめていた。
「いやいやいやいや! 何で出来るのよ!?」
「え? 何でって言われてもな?」
「私がどんなけ時間かかって出来るようになったと思ってるのよ!?」
「敢えて言うのなら、予習をバッチリやってきたからかな」
「予習? 魔法もない世界なのに?」
「……男の子なら誰でも通る道があるんだ」
黒歴史という名の道をな。とは裕は言い切らなかった。
少し顔を反らして、恥ずかしそうに答えた裕に、ルイスは疑問符を浮かべ続けている。
「良く分からないわね。使えない魔法を想像するのって。目が見えない人に空を想像させるような物でしょ?」
「その例えはちょっと違うな。そうだなぁ。敢えて言うのなら、出来ないからこそ出来たらどうなるんだろう? って想像出来るから面白いし、出来る自分が特別だと思えるんだよ」
「余計良く分からなくなったわ」
いまいち裕の説明にピンと来ないのか、ルイスはジト目を裕に向けている。
裕は頭の中にある書庫から女性向け漫画の一節を思い出して、伝えることにした
「女の子向けに言うのなら、白馬の王子が現れて、私だけを見てくれて、退屈な日常からさらってくれる。的なノリかな?」
「え? 現れるのが当然でしょ? 」
「お前まだ黒歴史抜けられてなかったんだな!?」
ルイスの意外と残念な一面を見せつけられ、裕は酷く狼狽した。
だが、逆説的に言えば、当然の反応なのかもしれないとも裕は思っていた。
多少の齟齬はあれど、裕の想像する異世界。いわゆるゲームっぽい幻想の世界である。幻想の住人が抱く幻想は、その世界では常識なのかもしれない。
それでも、白馬の王子様が迎えに来るというのが、常識的に起こるとは到底信じられた物ではないものだったが。
「何よその目は?」
「いや、なんでもない」
「そう。なら、良いわ。というか、今更だけれど、あんた何でレオンと戦いたいの?」
特に何かの思惑を孕むような気配もなく、世間話のようにルイスが裕に尋ねた。
「初めてだったんだ。俺の剣を全てぶつけることが出来たの。その決着がまだついてないから、その決着をつけたいんだ」
「へ? 一応聞くけど、闘技経験は?」
「レオンの後はルイスとの戦闘で二回目。あ、いや、デスサイズとか名乗る変な鎌使いがいたから、三回だな」
「冗談でしょ!?」
よっぽどルイスは驚いたのか、エルフ特有の尖った耳がピクッと動いた。
「いや、なんでそんなに驚くんだよ……」
「全くの初心者が剣帝レオンを倒すって言ったら、驚くわよ!」
「剣帝ってそんなに凄いのか?」
裕にはそのネームバリューのすごさが分からなかった。
ベム爺もそうだったが剣帝であることに敬意を表しているような雰囲気だ。
そもそも最初に戦ったデスサイズの人も、デスサイズという二つ名を持っていたせいで、裕は二つ名と実力が結び付いているとは思っていなかったのだ。
そのことが顔に出ているのか、裕のきょとんとした表情にルイスがため息をついた。
「えっとね。闘技大会が色々あるんだけど、大会によって、武器制限があったり種族制限があったりするのよね。剣帝は無差別級の大会で剣を使って優勝した人のみが名乗れる称号。あらゆる武器と魔法、そして種族による力の格差を己の剣で切り伏せた証。それが剣帝よ」
「剣で全てを切り伏せた証……」
「そう。力で遙かに優れる三メートルの熊男も、竜の血を宿す竜人も切り伏せていった」
「魔法使いもか?」
「えぇ、悔しいけど、私も彼に負けたわ。魔法の熟練度や威力だけなら私の方が上だけど、彼の剣は私の魔法を尽く防いだ」
そう言ったルイスは悔しそうに顔をしかめて、足下に炎の球を投げつけた。
いらついた時に足下にある小石を蹴るかのような軽いノリで、魔法による八つ当たりを初めて見た裕は若干引いていた。
「レオンってそんなに強いんだな」
「強いって言葉じゃ片付けられないわよ……魔法が一切当たらないもの。近距離に飛び込んで詠唱破棄までしてるのに、発射タイミングを読まれて、未来でも見てきたみたいに防ぐわ」
「どう防がれるんだ?」
「色々よ。同時に同属性の魔法を撃って相殺してきたり、剣で斬ったり防いだり、かわしたりね」
まさにお手上げとでも言ったところかルイスが肩をすくめてため息をついている。
魔法を発射される前に先読みして、行動を合わせる。そんなでたらめにもカラクリは必ず存在するはずだ。
だが、その答えをルイスは持ち合わせていないようだった。
「全くどうやってこっちの魔法を見切っているのやら」
「心眼みたいだな」
「心眼?」
裕は頭の書庫から、レオンの技に一番近い言葉をぽつりと呟いた。
良くあるのは眼をつむった状態で、眼には見えない物を感知する特殊能力だ。
「眼は閉じてるのか?」
「へ? 普通に開いてたわよ。じゃないと見えないでしょ?」
「まぁ、そうだな」
となると、そのままの心眼という訳では無さそうだ。
だが、近い系統のはずだと思って、裕は質問を続けていく。
「魔力が見えるとか?」
「うーん……死角からの魔法も見ずに防ぐのよ? 見るとかってレベルの話しじゃないわ。つまり、魔法は一切通じない相手ってこと。せっかく魔法を覚えて、詠唱破棄の才能まであったのに残念ね。あ、もちろんレオンは魔法使いとしても普通に強いからね」
「うーん……今のままじゃ、レオンだけが魔法を有効に使える訳か」
レオンの防御技の対策をしなければ、裕の勝ち目は薄い。
魔法を使えて裕も理解したが、初めてレオンと戦った時に、彼が放った魔法は明らかに手抜きだった。
ルイスから受け取った情報で、裕は脳内でレオンとの戦いをイメージした。
ルイスの魔法が切れることから、レオンの魔法も切って防げる。とは言え、魔法を目くらましにした剣の連係攻撃もある。魔法を防ぐだけでは、一方的に押し込められてしまう。
つまり、裕も魔法を切る意外にレオンの魔法を防ぐ技能が必要になる。
「魔法は水とインクか。俺が魔法を切れるのは、魔力を高密度で固めて、固体にしているからだよな?」
「えぇ、そうね」
「ちょっと試したいことがある。魔法を俺に向かって撃ち込んでくれ」
裕はそう言ってルイスから離れると、剣を構えずに眼をつむったまま、右手を突き出した。
「眼をつむってどうするのよ?」
「良いから良いから。適当に氷の槍みたいな奴を撃ち込んでくれ」
「当たっても恨まないでよ?」
ルイスは当たり前のように詠唱せずに氷の槍を宙に召喚すると、勢いよく裕に向かって射出する。
裕の視界は真っ暗ではあったが、指先に意識を集中させている。
(魔力が水だって言うのなら……。殺気はそこかっ!)
真っ暗な視界で指先にピリッと冷気が触れた感覚が走る。そして、反射的に氷の壁をイメージして一気に魔力を固めた。
「えっ!?」
ルイスが驚きの声をあげると同時に、裕の頬を冷たい刃が切り裂いた。
「さすがに一発でそんな上手くいかないか」
眼をあけた裕は頬をさすりながら、砕けた氷の欠片が草原に転がっているのを見下ろした。
氷の槍はわずかに裕からそれたらしく、裕の後ろで原型を残して転がっている。
頬を切った氷の欠片は裕の盾が砕けた物だったようだ。
失敗をしたことで裕が頭をぽりぽりとかいていると、ルイスが手をわなわなさせながら大声をあげて裕へと近づいた。
「あんた何したのよ!?」
「へ? 氷の盾を詠唱破棄で作っただけだけど?」
「そうじゃなくて! 眼を開けてたの?」
「いや、つむってた」
「なら、どうやって!?」
「魔力が水っていうから、目の前に霧状に放っておいたんだ。そうしたら、ルイスの放った魔法の冷気が指先に伝わってきたから、同時に壁を作った。水とインクで言うのなら、相手のインク入りの水が自分の水にくっついた瞬間、インクを入れる感じか」
相手が放つ魔法が自分の魔力の膜に触れた瞬間固める。
この技の特徴は視覚ではなく、手の感覚で敵の魔法発動を知覚できることだ。
視覚に頼らないからこそ、死角が無い。殺気を感じる第六感のようなものだ。
一見すれば万能の盾。だが、思った以上に身体への負担が大きかった。
裕の腕が急に痙攣し、上がらなくなってしまった。
「あれ……?」
「あれだけ魔法を撃った後に、こんな無茶な魔力の使い方をすれば、魔力切れで動けなくなるわ。むしろ、よく今まで動けていたわね。驚くのを通り越して呆れるわ」
「無茶な使い方なのかこれ?」
「えぇ、だって、魔力っていうのは水みたいな物って言ったけど、コップもないところに水を流し続けても、地面に落ちてどっか行っちゃうでしょ? 蛇口を開きっぱなしにしていたら、どれだけ魔力量が多くても枯渇もするわ」
「なるほど」
「でも、おかげで分かったわ。少し休んだら、また見せて貰って良いかしら?」
「あぁ、こっちからお願いするよ。一発で成功しなかったし、かなり練習が必要になりそうだから」
「それじゃ、闘技結界解除」
ルイスが指をパチンと鳴らすと、裕の視界は草原から修練場へと戻った。
同時に足の力が抜けてその場に倒れ込んでしまい、きょとんとした表情を浮かべた。
「ありゃ?」
「魔力切れの後遺症よ。普通に倒されるよりきついから、そこまでする人はほとんどいなくて、久しぶりに見たかも。何か身体がフワフワして、手足の感覚消えちゃってるでしょ?」
苦笑いするルイスの言葉を聞いて、裕は力の入らない腕を見つめて問いかけた。
「これって、すぐ治るの?」
「うん。まぁ、一時間くらい座って休憩してれば治るよ」
「そうか……。ふー。悪くない気分だな」
裕は床に身体を投げ出して、横になると大きく息を吐き出した。
心地よい疲れが穏やかな眠りを誘おうとしている。
「へー、あなた珍しいことを言うのね」
「そうなの?」
「えぇ、だって、普通の闘技結界の戦いって怪我をしない遊びみたいなものだしさ。遊びに本気を出しすぎて倒れちゃうって、ちょっと恥ずかしいじゃない」
「そういうもんなのか」
「えぇ、そういうものよ」
あくまでも遊びだと言われているが、裕の決意は変わらなかった。
遊びと言われようと、レオンと剣を打ち合って感じた手の痺れと、高揚感は彼の心を掴んで離さなかったのだ。
「でも、本気になれることを俺は求めていたんだ。例えそれが遊びって言われようと、俺はレオンと本気で戦いたい」
「あ、あのさ。私にも後で剣の使い方教えてよ」
「え? なんで?」
「私も……レオンに負けっぱなしじゃ悔しいから。それにエルフ領の代表選手だし」
「へぇー。地区代表みたいなのもあるんだな。良いぜ。魔法対策にもなるしな」
勝ちたい理由は負けて悔しかったから。それだけで十分だ。
不完全燃焼に終わった裕でも、ルイスの気持ちは何となく理解出来ていた。
休憩後、そうして二人はまた結界内で武器と魔法を倒れるまでぶつけあった。
○
夕暮れ時、ルイスはへとへとになった身体で帰路についていた。
裕と何連戦したのかは十を超えてから数えるのは止めていたせいで、どれだけの数戦ったのかは覚えていない。
戦う中で目に見えて裕の反応が良くなっていくことに驚きを感じながらも、その成長に対応することがレオン攻略の鍵にもなっていた。
「何とか対抗策のコツは掴めたけど……魔法の利点がこれじゃゼロなのよねー……。レオン以上に厄介なのが人間に現れたかも……。って、あ、剣の注文しとかないと……」
心の中の愚痴が言葉になってしまっていることにも気付かないほど疲れていたが、彼女はベム爺の鍛冶屋に寄っていた。
「ベム爺。細剣を一本お願い」
「ありゃ? ルイスの嬢ちゃんじゃねぇか? どうしたんだい? へろへろじゃないか?」
「あはは……ちょっとはしゃいで魔法を撃ちすぎてね。あのユウってやつ、強いわ」
「ハハハ。だろ? 俺っちもあいつには驚いたぜ。魔法の基礎が全く無いのに応用が出来ていやがったからな」
ベム爺が豪快に笑うと、ルイスも自然と顔をほころばせて頷いていた。
「えぇ、だからこそ、戦っていて面白かった」
「ハハ。嬢ちゃんもすっかり魅入られたって訳か」
「そうね。だからこそ、私も彼とも戦ってみたくなったわ」
「ほぉ、それでか? 確か次の大会の得物は剣だったもんな」
「そういうことよ。剣帝レオン、それにユウ。私が倒したい人が二人もいるんですもの。参加しない訳にいかないでしょ?」
そう言って微笑むルイスの顔は、狩りの最中に大物を見つけた狩人のような笑みだった。
「森の狩人エルフ。良い顔をするもんだなルイスの嬢ちゃん。その顔に免じて一級品を売ってやる」
「強いと思える相手がいる。超える壁が高いほど燃えちゃうのは、女の子だからかしら?」
「それが恋なら女の子と言っても差し支えないだろうが、嬢ちゃんの場合、恋じゃなさそうだからな。高い壁を見つけて、壊すことを楽しむのが嬢ちゃんだろ」
「ベム爺それは失礼じゃないかなー?」
「何を言っとる。飢え具合なら、お前さんもレオンの坊主と大して変わらないだろうが。まぁ、そういう客だからこそ、武器をうつ甲斐があるっていうもんだ。玩具になった武器でも、そこに本気があるのなら、武器も武器としての本分を全うできるというもんだ」
ベム爺は苦笑いしながらそう言うと、店の奥から銀の細剣を取り出してルイスに手渡した。
「言うまでも無かろうが、この細身の剣ではレオンの剛剣も受け止められぬし、裕の刀も受け止められんぞ?」
「ふふ、そんなのは百も承知よ。でも、私は魔法使いよ? 七賢者と言われるね」
そう答えたルイスの表情は自信に満ちあふれ、手元の細剣の刃は七色に輝いていた。