剣帝との出会い
戦争が終わり、平和が訪れた世界でも人々は戦いを望んでいた。
大義のためでも政治的な要因でもない。
誇りや名誉や金のため、戦う人は力をぶつけあい。見ている側は興奮出来るショーとして金を払った。
一種の興行と化した戦いに、二人の少年がリングで対峙する。
「ようやくてめえと戦える。最初に会った時と同じと思うなよ?」
「ありがとう。僕もようやく本気が出せる相手と巡り会えた」
互いに刀と剣を構えると、両者は腰を深く落とした。
「ここから先はどっちが強いかなんて言葉はいらないな。それを決めるのは、俺達の剣だけだ。剣帝レオン」
「気があいますね。同じ事を考えていました。剣聖ユウ」
言葉は不要。お互いの認識が一致した途端、二人は同時に剣を振った。
より強く、より高く。少年達は最強の座を賭けてぶつかりあった。
第1章
宮永裕は学校で悩んでいた。
「退屈だ……」
身長は百七十センチほど、髪の毛も黒く、瞳の色も琥珀色と、特に際立った特徴のない少年だ。
だが、そんな彼には一つだけ皆に隠した特技がある。祖父に仕込まれた剣の腕だけは誰にも負けない自信があったのだ。
ただ、問題だったのが剣の腕を披露する機会も無ければ、使う機会もない。
何故なら通っている高校には剣道部が存在しなかったのだ。いや、剣道部があったとしても祐の欲球は満たされなかっただろう。
何せ彼の教わった剣はスポーツの剣道ではなく、人を倒すための剣術だったのだ。
その剣術を活かそうにも日本は平和だし、そもそも本物の剣なんて持っていた日には警察に逮捕される。木刀を持って歩いていても職質されるか、不良に絡まれて結局警察行きかだ。
ようは私生活のどこにも剣が入り込む余地は残っていない。
ただ、それ以外特に特技も無かった裕にとって、普段の学校生活は退屈そのものだった
頭も大して良くは無いし、球技もそこまで得意ではない。柔道や空手の格闘技も授業では当分先まで無い。
そんな訳で、彼の生活の中で剣や武術が搭乗するのはゲームや漫画などの創作物の中ぐらいだった。そんな登場人物達を羨ましく想いながら毎日を過ごしてきたせいか、学力でもスポーツでも裕はろくな成績を取れていなかった。
そして、今日も思春期特有な妄想を頭の中で繰り返している。
「はー……。異世界行きたいなぁ。チートとかいらんから、思いっきり戦ってみたい」
そんな願いが叶うとは一切思っていなかったけど、あっさりとその願いは叶った。
ある日の夜、眠って目が覚めたら裕は目の前で繰り広げられる剣戟に目を奪われていた。
さながらそこはボクシング会場とでも形容できそうな闘技場だった。
階段状の観客席の中央には、砂地のリングがある。
そのリングの上で全身真っ黒な衣装で鎌を持った男と、槍を持った男が互いの武器を打ち合っている。
その様子を周りの人達がはやし立て、ものすごく盛り上がっていた。
「ゲームや小説の闘技場みたいだ……。どっちが勝つかに金をかけたりする賭け闘技場の夢?」
俺も戦いたい。夢でも良い。俺の力を試したい。
裕は身体の奥底からわき上がる全身の震えを抑えきれず、隣のおっさんに声をかけた。
見知らぬ屈強なおっさんでも、夢の中なら怖い物無しだ。誰にも遠慮する必要などない。
「なぁ、おっさん! 俺も戦いたい! どうすりゃ良い!?」
「おっ! なんだ坊主。お前も参加したいのか? あっちで登録出来るぜ」
「ありがとうおっさん!」
裕はおっさんが指さした方向に全力で走ると、受付と書かれた看板の前で立ち止まった。
見たことの無い文字だったが、何故か意味は分かっている。異世界召喚のお約束か夢のおかげか。原因は分からなかったが、裕にとっては些細なことだった。
受付嬢はスーツのような服装をしていて、闘技場というよりはホテルの受付嬢のような雰囲気をしていた。
「俺も参加させてくれ!」
「はい。では、こちらに名前をお願いします」
「ありがとう!」
「得物は所持しておりますか?」
「無い! 貸してくれ!」
「はい。では、あちらからどうぞ」
裕のような飛び入り参加者もしょっちゅういるのだろうか。はたまた夢だからだろうか。受付嬢は慣れた様子で隣の部屋を指さした。
その部屋の扉を開けると、中はまさに武器屋という感じで、剣だけでなく槍や斧、盾や防具など様々な武具が並べられていた。
時間があればじっくり眺めていたいと思う裕だったが、それ以上にこの夢が終わるより早く戦いたくて、刀を見つけた瞬間に外に飛び出していた。
「ユウ様。順番が来たらアナウンスするので、リング横の選手控え席でお待ち下さい」
「あ、はい!」
受付の案内で裕は会場に戻ると、席から立って応援する男達の間をすり抜けて、選手の控え席に辿り着いた。
ちょうどその時、槍を持った男が真っ二つに切られてリングの上から消えた。
「勝者! 死神の鎌! ヴァン=ライザー!」
勝者を告げるアナウンスが流れると、リングの中から消えたはずの槍の男が外に出てきた。
男は大変不満げな表情で大声を出している。
「あー! くそっ、負けた! 大会三位のヴァンがいるとか聞いてねぇぞ!」
「あれ? あんたど派手に斬られたはずじゃ!? 傷一つないぞ!?」
「ん? 何言ってんだ? 霊体闘技なんだから肉体は傷つかないに決まってるだろ? って、あぁ、なるほど。初心者か。まぁ、身の程を知ってこい」
夢だとは言え、斬られても怪我一つない男の様子に裕は驚いたが、男は怪訝な顔をするだけだった。
祐の武器に気がついた瞬間男は何かに気がついたようだが、裕にはその謎を聞く時間を貰えなかった。
「次の挑戦者はミヤナガ=ユウ! リング内へどうぞ!」
実況者のアナウンスで裕はリングに飛び込んだのだ。
あくまで夢の世界。何が起きても不思議では無い。
裕はそう自分に言い聞かせて、ひとまず槍の男のことを忘れて納得しておいた。
そして、何よりもそれ以上に驚いたことで、傷がつかない疑問も吹き飛んだのだ。
リングの中には鎌を構えて挑戦者を待ち構える男も、砂のリングもない。
プラネタリウムのように真ん中に丸い水晶の玉があって、そこから天井や壁に向かって光の線を描いている。
そんなプラネタリウムのようなテントの中で、全身真っ黒な男が白い台の上に立ち、鎌の柄を台に突き刺しているだけだ。
しかも、男はピクリとも動く様子が無い。まるで、立ったまま寝ているようだ。
全身真っ黒な衣装だけでなく、その立ち姿もわざわざ額に手をあてている、ほとばしる厨二病感に裕は面食らっていた。
「ミヤナガ=ユウ。早く霊体転写台に立って、得物を突き刺して下さい!」
「これのことか?」
裕の前にも鎌男と同じ白い台がある。
その台の上にユウも乗り、借りてきた刀を鞘に入ったまま突き刺した。
すると、裕の周りが急に輝き出し、目の前に荒れ果てた闘技場のような光景が広がった。
全く別の場所に転移したような光景の変化に、ユウは慌てて周りを確認した。
「夢が終わった!?」
「何を言ってるんだお前は?」
「あっ、さっきの鎌男? ってことは夢は続いている?」
鎌男を見つけて夢が続いていることにユウはホッとして息を吐いた。
「鎌男だと? ふっ、都市大会ベスト3であるデスサイズの僕をそんな適当な呼び名で呼ぶなど」
「うん。見た目だけじゃなくて、二つ名も厨二っぽい。俺の黒歴史ノートにもある名前だ」
「何を言ってるか知らないけど、バカにされたことだけは分かった! 一瞬で終わらしてやる!」
「ハッ! おもしれえ! 俺も全力でやらせてもらうぜ!」
裕と鎌男は試合開始の合図も無く、飛び出して互いの武器をぶつけあった。
「初撃を防ぐとはやるじゃないか。その力を祝して僕の名前を脳裏に刻む権利をやろう! 君の名前を言いたまえ!」
上から目線な鎌男の態度に裕の中で何かが切れた。
初めての戦いに興奮しているせいか、裕は鬼のような笑みを浮かべて叫ぶ。
「宮永裕。お前を倒す男の名前だ!」
「僕の名前はヴァン――ひぎゃっ!?」
鎌男がヴァンと名乗りかけた瞬間に、裕はヴァンの額に頭突きをかまして、ひるんだ瞬間に刀を思いっきり振り下ろした。
カエルが潰れたような声を出して、ヴァンの姿が目の前から消えていく。
「勝者! ミヤナガ=ユウ!」
ヴァンを瞬殺したことを伝えるアナウンスを、裕はポカンと口をあけて聞いていた。
そして、数秒の遅れがあって、ようやく勝利したことに気がついた。
「あ……終わっちまった!? もっと楽しもうとしたのに!? たった一撃で終わった!?」
せっかくの夢なのに全く楽しめずに終わってしまった。
そのことがショックで裕はその場に崩れ落ちて、頭を抱えながら叫んだ。
「えー!? 都市大会ベスト3とか、あんな俺は強い的な空気を出して! 一撃かよ!?」
あっけない結末に裕は不満をぶちまけていた。
夢の中だからこそ、もっと熱いギリギリの戦いを望んでいたのに、これでは不完全燃焼だ。
そんな風に本気で悔しがる裕に突然声がかけられた。
「すまない」
「へ?」
突然の声に裕が顔を上げると、目の前には灰色の髪の毛の少年が立っていた。
歳は裕と同じくらいの十七歳くらいだろう。身長も同じくらいで百七十といったところだ。
灰色のローブに隠されているが、身体付きは割と細い方だ。
だが、その細い身体付きに似合わない巨大な剣を片手にぶら下げている。
灰色の少年は百五十センチくらいありそうな剣を軽々と持ち上げ、切っ先を裕に向けた。
「そして、ありがとう」
「えっと、何言ってんだお前?」
感謝の言葉を告げる灰色の少年は嬉しそうに笑っていた。
その感謝の言葉の意味を裕は理解出来なかったが、少年の翡翠のような緑色をした目を見て、裕の身体が武者震いした。
(こいつ……出来る!)
大剣を担ぐ灰色の少年の目は、純粋で、我慢が出来ずにうずうずしている子供のような目だった。
「先ほどの挨拶は勝利に酔う君を醒ました僕の無礼に対する謝罪と、君と戦えることに対する感謝の言葉です! そして、次の一撃に言葉は不要!」
「会話がなりたってねぇぞ! 灰色! だけど、その喧嘩は二割増しで買った! 夢とは言えあんな幕切れじゃつまんねぇからな! てめえもあっけなくやられんなよ!?」
言葉のドッジボールにうんざりしつつ、裕も灰色の少年と全く同じ目をしていた。
(こいつと戦いたい!)
日本の現実では絶対に見ることが出来ない身の丈ほどの大剣使い。そんな相手に自分の力がどこまで通用するのか試してみたくて仕方が無かった。
灰色の少年が大地を蹴って近づいてくるのを見て、裕は笑いが止まらなかった。
口が裂けそうになるほど口端を吊り上げ、裕も灰色の少年に向かって跳躍する。
言葉はいらない。語りかけてくる力を力で受け止めれば良い。
そして、言葉も無く二人の刃は交わされた。
空間を巻き込むような豪快な風の音と、鋭く短い風の音が鳴り、轟音とともに火花が散る。
あまりの衝撃に裕の手がしびれていたが、祐は面白くて仕方が無いように笑いだした。
「ハハ……ハハハ! あっはっはっは! すげえな! 力をいなすのだけで精一杯で、反撃出来なかったぜ灰色! すげえぞお前! 喧嘩の料金上乗せだ! 来いよ! 全て捌ききってみせる!」
「この一撃を止めてくれた! なら、これはどうですか!?」
灰色の青年はそういうと、一度バックステップで裕から離れて手を前に構えた。
「我が手に集いし魔の力! 赤き炎の竜となり、敵を追え! ドラグ・レア!」
その叫びとともに赤い炎の龍が灰色の少年の手から、裕に向かって飛び出してくる。
詠唱によって魔法が発動した様子を見て、裕は眼を輝かせた。
「すっげえ! 魔法だ! かっけえじゃねえか灰色!」
裕は魔法に感動しつつ、火の龍を回避するために横にステップして飛んだが、火炎の竜はしっかり祐を追いかけて来ていた。
「さすが魔法だな! しゃらくせえ!」
切れる保証は無かったが、裕は気合いを入れて刀を炎に向かって振り抜いた。
裕は夢の出来事だと思っているおかげか、魔法ですら単純に切れば消えると思い込んでいた。
そして、その考えはあっさり現実の物となり、炎竜は霧散した。
「僕の魔法を斬った!? はは、アハハ、アハハハ! この日を待ち焦がれていた……。君という存在が、僕の前に立ちはだかる日をずっと待っていました!」
「なんなんだてめえは!?」
「僕の名前はレオン=マグナル! 君に出会えたこの運命の日に感謝を! ミヤナガ=ユウ!」
レオンと名乗った灰色の少年は、とにかく嬉しそうに笑っていた。初めて出来た友達と遊んでいるかのような無邪気さ、そして、喜びが表情から溢れ出ている。
「俺の名前をいつのまに!?」
「剣帝の一撃! その身で止めてみせろっ! ユウ!」
大きく剣を振りかぶったレオンの身体は淡く緑色に輝いている。
その輝きが何なのか裕は分からなかったが、魔法で力を強化していると判断した。
いわゆるオーラのような物をまとい、レオンが本気を出して攻撃してくる。
それが分かれば十分だった。
「面白ぇ! そのでかい剣ごと、てめぇをぶった切る!」
裕も両手で刀を握りしめると、力の限り剣を振った。
耳鳴りのような高音と、身体を震わせる重低音が鳴り響き、白銀の刃片が宙を舞う。
「……まさか僕の剛剣タイタンにヒビを入れるとは」
「何を言ってやがる灰色……。俺の刀を折った癖に」
からんと乾いた音を立てて落ちたのは、裕の使っていた刀の刃だった。
ヒビの入った大剣が裕の肩の上で止められ、折れた裕の刀がレオンの首の前に突きつけられている。
どちらも後一歩。全く同じ距離で剣が止まった引き分けだ。
お互いに決着を確認したため、裕とレオンは同時に剣を引いた。
結果の割にはレオンの嬉しそうな笑顔が妙に印象的だった。
「お互いに寸止め。引き分けですね」
「灰色。お前の名前をもう一度聞かせろ」
「レオン=マグナル。君の名前も君の口から聞きたい」
「宮永裕。次にてめぇを負かす名前だ」
「大切に覚えよう。剣帝の剣にヒビとともに名を刻んだ男の名を」
勝負が終わったら後腐れ無し。というところだろうか、レオンはスッと右手を差し出してきた。
「今度は対等な立場で君と戦いたい」
「あん? ハンデなんかつけてたか?」
「うん。僕は僕のための武器を使っているけど、君は借り物だ。君が君用の得物を手に入れた時、もう一度君と戦いたい」
「次は俺が勝つ」
「いえ、次は剣帝としての技を全て賭けて、僕が勝ちにいきます」
レオンはそう言い残すと、闘技場から姿を消した。
一人残された祐はレオンがいた場所を見つめながら、腹の底からわき上がる笑いを我慢出来ずに、思いっきり笑った。
「はははは! 最高に面白かった! すげーよ! あんなでっかくて重い剣をあんな軽々振り回しやがって! それに魔法!? 最高な夢じゃねえか!」
裕は地面に思いっきり倒れて、大の字になりならが空を見上げていた。
もう満足だ。十分に楽しめた。そう思っていても、なかなか景色は変わらなかった。
「いい加減終わってくれても良いんだけどな」
「ユウさん対戦を終了しますか?」
「あぁ、終わってくれ。俺は満足だ」
「かしこまりましたっ! 次の参戦を心よりお待ちしております!」
裕のつぶやきに実況者が応えると、裕の目の前が再度暗転した。
光が戻ると、青白い光を発する暗幕の中で、目の前には巨大な剣を鞘に入れて担いでいるレオンがいた。
裕はまさかと思いつつ、恐る恐る声をかけてみた。
「……なぁ、レオン」
「どうしました?」
「お前は俺の夢の住人か?」
「あえて言おう! 否であると!」
裕の問いかけに、レオンは大剣の鞘をぐるりと回して背中にかけながら、大声をはった。
体格に合わない大音量に、裕はたまらず耳を塞ぐ。
「何故わざわざ格好付けた!?」
「いや、あなたの顔を見ていたら、普通にいいえ。と答えても信じてくれそうになかったので」
「より夢っぽくなったわ!」
「あれ? おかしいですね。幻惑魔法にかかっているのなら、もっと衝撃を与えれば良いと思ったのですが」
「お前のせいで幻惑にかかった気がするぜ……」
本気で困っているレオンの様子に、裕は嘆息した。
そして、同時に現実を受け入れなければならないことに気がついた。
何度も行ってみたいと望んでいた世界に、本当にまぎれこんでしまった。
「あー……まさか本当に叶うなんて思って無かったなぁ」
「何が叶ったのですか?」
「ん、あー、異世界で自分の力を試したかったんだ」
それがあっさり叶った。やはり違う世界だと自分よりも強い人間がいる。そのことを知れて、異世界に転移したことに関しては悲しんでいなかった。むしろ、喜んでいる自分がいる。
そう思った裕だったが、何の準備もせずに来たせいで困った事がたくさんあった。
「家も金もないから、どうすっかなぁ。小説とかだと、ギルドでもいって登録して、魔物でも倒して金儲けして、とかなんだろうけど。日が暮れる前にパパッと稼ぐか。じゃーな。レオン」
その身一つで放り出されても、裕には知識があった。日頃の妄想が役に立つこともあるということに、苦笑いしながらレオンの隣を通り過ぎていく。
ことさら前向きだった裕だが、レオンの言葉は予測していなかった。
「そういうことでしたら、僕の別邸をお貸ししましょう。修練場も併設しているので、好きに訓練が出来ますよ」
「は?」
レオンの言葉に意味が分からず、裕は足を止めて素っ頓狂な声を出した。
その声に対して、レオンは不思議そうに首を傾けている。
「父が残した物で、僕は使わないので」
「いや、そうじゃねぇよ。初めて会った奴に家を貸そうなんて、何を企んでやがる?」
「贖罪と感謝。そして、僕の願いのためです。君を呼び寄せたのは僕なんですから」
レオンの言葉を理解出来ず、裕はその場に数秒間石像のように固まった。
「僕は君のような人間と戦いたかった」
○
レオンの衝撃的な懺悔の告白から立ち直った裕は、レオンの後をついていくように街を歩いていた。
街並はまさにファンタジー小説のような物で、西洋を思わせる色調だ。
街を歩く人達の中には獣人やエルフといった他種族もいるようで、耳や背丈が大きく異なっている人が多くいた。
そして、何よりも目を引いたのは山よりも巨大な樹が、街から離れた所に生えていたことだ。
その光景に思わず裕は口を開いた。
「凄い樹だな。まさに世界樹って感じだ。生で見ると迫力あるなぁ」
「えぇ、この世界の守護神ですからね。そして、世界樹から集められる蜜には高濃度な魔力が溜められています。その蜜を世界樹の新枝で作った杯に入れた物を聖杯と言い、人一人の願いを叶えることが出来ます」
「願い? そう言えば、さっきお前の願いがどうこう……」
「はい。僕は強い人に出会いたいという願いを祈りました。そして、現れたのが君です。ユウ君。世界樹は外の世界にも繋がっていると言われるので、世界樹が君を連れてきたのだと思います」
なるほどと、裕は納得して遠くにそびえ立つ樹を眺めた。
裕が異世界に来た理由は、この隣を歩く灰色の少年レオンが強い人間を求めていたためだ。そう言われた裕は、異世界の神様に強い人間だと認められたようで、気分も悪くないと感じていた。
そして、どうせなら色々な疑問を晴らしておこうと考えた。
「んじゃ、ついでに聞いちまうが、さっきのリングって何なんだよ? 外と中じゃ随分違ったし、斬られても傷一つ無いし」
「あぁ、闘技結界のことですね。あれは精神体を肉体から分離して、結界内で戦うための魔法装置ですね。外では結界内に出来た異空間を映してあります。なので、いくら傷つけられても肉体は傷一つつかないという訳です。戦っている最中は霊体とは言え、痛みは感じますし、精神的にも疲れはするんですけどね」
レオンの言葉を裕なりに解釈すると、意識だけで殴り合うということになった。
そう解釈したからこそ、裕はより困惑した。レオンの剣を受けた時の痺れや、地面を蹴った感触などは本物そのものだった。
何故彼らはわざわざそんな物を作って、戦おうとしているのかが分からない。
「結界無しで戦うことはないのか?」
「結界外での戦いは禁止させられています。というか、無意味なんですよね」
「へ?」
「試しにちょっと斬ってみますね」
レオンが小さなナイフを取り出して、自分の人差し指を切ったが、指はしっかり繋がっているし、血も一切出ていない。
小さな傷の一つすら出来なくて、まるで手品を見せられているようだと裕は目を丸くした。
「とまぁ、こんな感じに人間同士で殺そうとしても傷一つつかない肉体になってしまいました。世界樹の呪いです」
「呪い?」
「はい。昔はこの世界樹の聖杯を巡って戦争が起きていたそうですけど、それが世界樹の怒りを買ってしまって、争っていた国の人間達を傷つけられない身体に変えてしまいました。いくら戦おうが決着つかないので、お互いにバカらしくなって戦争は終わったと言い伝えられています。お互いに剣で斬り合っても、傷一つ負わないのですから」
「戦っても勝負に決着がつかないから、無意味なのか」
「そういうことです。そして、争いは無くなりましたけど、無気力者が蔓延しました。己の技や経験を磨き、ぶつけ合えない。お互いの主張でどうしても妥協点が得られない。分かり合えない相手と決着をつけない。色々と不自由だったんです」
レオンの説明は裕にも理解出来る話だった。祖父に剣を習っても使う場がなかった。強さを確かめることも、技を高め合うことが出来る相手もいなかった。
自分の持っている力が無意味な物だと思わされながら生きていた。この世界では力というのはそういう物だった。
そんな裕の気持ちを悟ったのか、単なる演技なのかは分からなかったが、レオンは嬉しそうに顔をほころばせながら言葉を続けた。
「だからこそ、闘技結界を作ったんです。あの中ならば力と力をぶつけ合い、どっちが強いかを確かめることが出来る。今、この世界に残された唯一戦うことの出来る空間なんですよ! これが出来たおかげで、交渉事に闘技結界が追加されたほどです!」
結界というリングの中でのみ認められる戦いと聞いた裕は、それで色々なことに納得がいった。
日本でも公に人を殴れば非難されるし、逮捕されることもありうる。
だが、リングの上ならばルールに則って殴ることが許されている。
「ボクシングとか格闘技みたいなものか。スポーツとか遊びみたいな感じだな」
「ボクシングとは何ですか?」
「俺の世界の格闘技だよ。リングの上で殴り合うんだ。闘技結界の拳版みたいなもんかな」
「なるほど。そういう意味で言えば、闘技結界は得物は何でもあり。魔法もありです。事前にルールを決めることもありますけどね」
レオンはナイフをポシェットにしまうと、背中にかけてある剣を指さしながら闘技結界の説明をしている。
「そして、闘技結界の中にあった白い台は霊体転写台と言うのですが、刺した武器もちゃんと性能に合わせて霊体化されるので、良い武器を持つことが重要です」
「なるほどな。貸し出し用の武器の中にはそんなでかい剣がなかったと思ったけど、そのでかい剣はレオンの物だったか」
裕は武器の差で勝てなかったとは言い訳したくなかったため、言葉を選びながら返事をした。
ただ、言い訳をしないとは言え、武器も勝敗に関わると言うことを知ったら、弱い武器を使い続ける方が言い訳をつくる切っ掛けになってしまう。
何としてもレオンと同等の強さはある武器を手に入れなければ、と裕はレオンの大剣を見ながらぼんやり考えていた。
「あなたの剣を打って貰いましょう。僕の剛剣タイタンを打ってくれた鍛冶士を紹介します」
「良く俺が剣を欲しいって分かったな」
「何のことですか? 僕はただあなたと対等に戦いたいだけですよ」
レオンと同じ事を考えていた裕は、彼の言葉を聞けて思わず鼻で笑ってしまった。
大人しい見た目をしているが、この灰色の少年は裕と同等か、それ以上に飢えた獣を感じさせる。
「負けたときの言い訳にするなよ?」
「当然です。あなたが負けた時に、武器の差だと言い訳にされたくないので」
「ハッ! おもしれえ!」
挑発を返されたことすらも、裕の心を躍らせた。
目の前にいる飢えた獣を、自分の力でねじ伏せたい。
そう思う自分自身もレオンと同じ飢えた獣であることを裕は気がついていなかった。
○
裕が煙突のある大きな店の前に連れて行かれると、レオンは馴染みのお店に入るように遠慮無く入っていった。
店の中には、鍛冶士が打ったであろう剣や槍や鎚が置かれている。
「ベム爺。頼みがあるんだ」
「あん? レオ坊じゃねぇか。今日は何の用だ」
「ははは……。もうレオ坊は止めて欲しいんだけどな」
椅子に座りながら赤熱した鉄を打つベム爺と呼ばれた男は、熊のようにでかい中年の男だった。いかつい目付きをした顔には無数のシワが刻まれ、手足は丸太のように太い。
声もしゃがれていて、いかにもベテランの職人というような人物だ。
そんなベテランにレオンは怖じ気ずくことなく、新しい玩具でもねだるかのように、裕の刀を要求した。
「彼に刀を打ってやって欲しい。質は僕のタイタンと同等の物をお願いしたいんだ」
「はぁ!? バカいってんじゃねぇよ! お前のタイタンにはどれだけ手間暇と材料を注ぎ込んだと思っていやがる!?」
「彼が賭博闘技場にある借り物の刀で、このタイタンにヒビを入れたと言ったら?」
「あぁん!? タイタンにヒビを入れた!?」
ベム爺は鉄を打つのを止めて、ズカズカと裕に詰め寄ってくると、裕の目の前に立って思いっきりがんを飛ばしてきた。
「レオンのやつに俺の借りた刀は折られたけどな。あいつに比べればヒビくらい大した話しじゃねぇよ」
「ヒビぐらい大したことねぇだと馬鹿野郎!? オリハルコンにミノタウロスの角、龍の牙、鞘にだって世界樹の木片を固めて作った俺っちの特注品だぞ! 剣帝に捧げた俺の魂の一作だ。それにヒビを入れただと!?」
「ん? それってそんなすごいのか?」
「凄いもクソもねぇ! おい坊主! 名前は!?」
ベム爺はかなり頭に血が上っているのか裕の目の前で大声を張り上げ続けている。
そんなベム爺の様子に裕は少しうんざりしながら、自分の名前を告げた。
「……宮永裕」
「よし覚えたぞミヤ坊。てめえの身体を測ってやるから動くなよ!」
「全然覚える気ねぇだろ!?」
「男が細けぇことを気にすんな! ケツの穴が小さくなるぞ!」
こうして、やたら騒がしい熊のような鍛冶士に刀を作って貰う約束を結び終えた裕は、レオンに連れられて店を出ることになった。
○
鍛冶屋を出た頃には日も暮れていて、レオンが別邸に案内するころには、夕食時だったようで、家から色々な料理の香りが漂っていた。
その匂いをかいで、裕はたまらず言葉を漏らしてしまった。
「腹減ったな」
「管理人に用意させますよ」
「今更だが、お前何者だ?」
「レオン=マグナル。それ以上でもそれ以下でもないですよ」
「女みたいな名前の奴に修正されないように気を付けることだな……」
「ん? 修正ですか?」
「いや、なんでもない」
そもそも、レオンは大人でもないし。あれは大人を修正しようと殴っただけだ。
あまりにも疲れて、変なことを口走ってしまった。日が暮れた瞬間、深夜テンションとかかなり不味い状況だ。
「良く分かりませんが、つきました」
「豪邸じゃねぇか」
「大きいだけですよ。この先、門下生の下宿寮として使う予定だったので、ちょうど良かったんですけどね」
広大な敷地には二つの建物が建っていた。
三階建てのお城のような家と、一階建ての四角形な建物。一階建ての建物には修練場と書かれた看板が掲げられている。
レオンは慣れ親しんだ我が家のように敷地に入っていき、真っ直ぐお城のような家の中へと入った。
「マティーニ。元気そうで何よりです」
「レオン様? こんな時間にどうなされました?」
マティーニと呼ばれた老年の執事は、突然の来客にも動揺することなく、穏やかに対応をしている。
「僕の客人に部屋を貸そうと思ってね。晩餐と部屋の準備をよろしく頼む」
「なるほど。承りました。では、お客様、しばしお待ち下さい」
何の疑いもなく準備を始めてしまった執事を見て、裕は数秒間呆けていた。
そんな裕を見て、レオンがまた不思議そうな顔をする。
「どうしました?」
「やっぱ、お前何者だ? いや、そうじゃねぇか。お前の地位はなんなんだ?」
「剣帝の名を継いだだけですよ」
「剣帝?」
「最強の剣士である称号の一つです」
最強の剣士という言葉を聞いて、裕の身体に電流が走った。
面白い。今すぐにでももう一度手合わせがしたい。
ただ、手合わせするには武器がないし、身体が鉛のように重くなっている。
「ユウさん。二週間後に剣を主武器にした闘技大会が開かれます。そこで決着をつけましょう」
「その勝負乗ったぜ」
「ありがとうございます。では、僕は館に戻って準備をしてきますね。身の回りの世話はマティーニに色々言ってください」
こうして、裕とレオンは次の戦いの約束をして別れた。
異世界転移に最強の剣士《剣帝》との出会いと戦い。自分専用の刀の鋳造依頼と盛りだくさんだったせいか、食事をとった裕はベッドに倒れ込んだ。
ベッドに横になりがら裕は手を見つめると、レオンと剣を交わした際の痺れが蘇った。
「最強の剣士、剣帝レオンか。あいつに届くためには、俺も魔法を使えるようにならないとな」
レオンの放った火の熱も裕は鮮明に覚えている。
初めて現れた倒したい男の存在に、裕は握り拳を握った。